第9話:うっかり蹴られて

「ダンジョンを最下層まで攻略したらどうなるんですかね?」


「別に素材が取れなくなるわけじゃないし、そのまま暮らすんじゃないのか? 最下層攻略組は、別のダンジョンに移るかもしれないが」


「それなら、さっき言っていた魔界に、世界征服をたくらむ魔王がいたりしますか?」


「魔王は何人もいるが。世界征服なんてガキみたいなことを言っている王がいたらとんだ笑い者だろ。せいぜい隣国同士で領土を巡って争ってるくらいだ」


「魔王ってそんなに沢山いるんですか」


「そりゃあ、いるに決まってる。現界にだって王は何人もいるだろう。そういうもんだ」


「その、ダンジョンに潜るだけじゃなくて、冒険者は魔王を討伐するために戦ったりもするんですか?」


「なんで他国の王様を討伐するんだよ? 物騒なことを言うもんだな。まあ悪い魔王がいたとしても、それは国同士のごたごたになる話だから、戦いは冒険者よりも軍の役目だな」


「軍もいるんですね……」


「軍がいないと国を守れないだろう。まあギルドへの依頼で冒険者が戦争に参加することもあるけどな。私はそういうのは好きじゃない」


 エリルに説明してもらって、少しずつこの世界の形が見えてくる。


 ダンジョンを攻略しても終わりではなく、世界の共通の敵となるような魔王もいない。それはそうだ。この世界で生きる人々は、ただこの世界で生きている。ゲームクリアなんてものを目指してはいない。


「俺の、この世界での役割はなんなんでしょうか」

 ロールプレイングゲームのような世界。言葉の通りなら、皆それぞれ、なにかの役割を持っているように思えた。自分に与えられた役割はなんだろうか。


「どうした急に。バカが哲学者みたいなこと言いやがって。難しいことは考えずに、生きたいように生きればいいんだよ」

 エリルは僕の疑問を一蹴した。


「そんな単純な……」


「人生ってのは単純なもんだ。バカが難しいことを考えたら、もっとバカになっちまうぞ」

 エルフというのは知的な生き物であると思っていたが、エリルは豪快に物事を割り切っていた。


 それが普通なのかもしれない。僕も、転生する前までは、自分の役割なんてものを考えたことはなかった。職業が管理人なんてものでなかったら、前世のことも忘れて、この世界の住人として普通に暮らしていたのだろう。


 急に世界の管理人なんてものを押し付けられて、戸惑っていたが、エリルの言う通り難しく考える必要はないのかもしれない。


 あれこれと思案をしているうちに、二人は城門の前へたどり着いた。その時にはもう、日が暮れて夕暮れに時になっていた。街が遠かったというよりも、どうやら僕がこの世界についた時にはもう、すでに昼を過ぎていたようだった。


 衛兵が立っているが、人々は自由に行き来してる。


「ずいぶんと警備がゆるいんですね」


「今は戦時中でもないし、ダンジョン街ってのは他の街との交易で成り立っているからな。人も物も、出入りは激しいのが普通だ」


 僕はほっとする。出自を証明するものは持っておらず、過去のことを聞かれてもどう答えればいいかわからない。検問があったらどう切り抜けようかと悩んでいたが、心配は無用のようだ。


 人の流れに乗って、リルの街へと足を踏み入れた。


 写真でしか見たことがないが、中世の雰囲気の残る、西洋の街並みに近いものがある。しかし、街の中は、写真ですら見たことの無いものであふれていた。


 最も数が多いのは人間だった。しかしそれ以外にも、毛皮や鱗で肌がおおわれた者、牙や角を持つ者など、明らかに僕の前世には存在していなかった種族が、街を普通に闊歩している。


 街の外へ出る人たち向けに商売をしているのだろうか、城門の周辺はひときわ賑わっていた。多くの出店が、なにやら記号のようなものが書かれた看板を掲げて、軒を連ねている。


 馬車もよく通るが、大きな黄色い鳥のような動物が、荷車をひいていくことも多い。物珍しそうに眺めていると、その鳥のぎょろりとした目がこっちを向いて、僕は慌てて視線をそらした。レベル一の自分は、運搬用の家畜にすら殺されかねない。


「くっつくな」

 ビクビクあたりを見回しながら、エリルに寄り添っていると、うっとうしそうにエリルが僕を払った。


「そんなぁ……そのへんの動物に蹴られてうっかり死んじゃったらどうするんですか」


「埋葬ぐらいはしてやる、安心しろ」

 そう言い捨てると、エリルは僕を置いて歩き出した。しぶしぶ、周囲を警戒しながら付いていく。


 街のいたるところに街灯があった。まだ使われていないようだが、もう少し日が沈んだら灯されるのだろうか。


「電気は通ってるんですね?」

 街灯を指し示す。


「あんなとこに電気が通ってたらみんなシビれて大変だろ。電気なんて、魔物相手にしか使わないさ。街灯は、魔力で灯るんだ。お前の街にはなかっただろ?」

 どこか誇らしそうにエリルは言う。


 街灯は、大きな街にだけ整備され、魔力を動力として光るようだ。街灯ひとつとってそうなのであれば、きっと僕の世界で電力を使って動いていたものの多くは、魔力で動いているに違いなかった。

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