第4話:残業反対

「あ、そう言えば、管理人権限であれば記憶や肉体を引き継いで転生することもできますね」

 思い出したように女が言う。


「そんな無茶苦茶な……。実は管理人ってものすごい職業なんじゃ……」


「だからさっきからそう言ってるじゃないですか」

 女は呆れ顔をする。


「どうします? 記憶と肉体、そのままにしますか?」


「当たり前だろ」

 僕は即答する。


「いや、待て。記憶は間違いなく引き継ぐとして。肉体だけ変えられるってことか?」


「そうなりますね。一度ログインしてしまったら、もう一度変えるのは難しいですが」

 転生をまるでゲームのように女は言う。


 正直、悩む。これは、女に生まれ変わることもできるってことじゃないのか。


「なんかいやらしいこと考えてます?」

 僕の顔を女がのぞき込む。


「ばっ、そんな、そんなわけないだろ!」

 自分の頬を両手で押さえて否定する。


 女になるのは、さすがにいろいろと支障がでそうなのでやめるとして。男であったとしても、これはイケメンとして生まれ変わる事もできるんじゃないのか。自分の容姿にいままで不満を抱いたことはないが、それでも僕をイケメンと称したのは母親だけだった。それもただの親バカだということはよく理解している。


「どうします? 決まりましたー?」

 女が急かしてくる。


「記憶も容姿もこのままでいい」

 僕は決断した。イケメン人生も名残惜しい気がするが、十数年共に過ごした自身の肉体への愛着がまさった。


「あ、でも身長をあと少しだけ……」

 ちょうど平均身長ほどの僕は、少し欲を見せる。


「そんな微調整はむしろ面倒なのでやりません」


「管理人権限で、僕の力で変えられるんだろ」


「あなたの適正がないとできないことは確かですけど。ログインさせるまでは転生課のお仕事ですからね。スムーズに転生させるために、こっちにもいろいろとやることがあるんですよ」

 面倒くさそうに女は言う。


「ケチ……」

 自分の決断を、少しだけ後悔する。


「これで説明の義務も全て果たしましたし、転生の仕方も全部決まりました。今度こそ、説明は以上になります。質問もこれ以上は受け付けません」


「待て、記憶を引き継げるとなれば、もっと聞きたいことが」


「ダメですー。時間切れです。このペースだと、今日残業になっちゃうじゃないですか」


「しろよ、残業!」


「残業なんて野蛮で非効率なことを許す世界がどこにあるって言うんですか」


「僕の世界では普通だったよ!」

 強い口調で言い返す。社畜をバカにするんじゃない。


「私の世界ではしないんです。それでは、転生課のご利用ありがとうございました」

 女が強引に話を打ち切る。


「それではよい転生先ライフをー」

 ひらひらと女が手を振る。その手を目で追ううちに、僕の意識は遠のいていった。



* * * * *



 目を覚ますと、そこは森の中だった。強い日差しが、木漏れ日となって降り注いでいる。


 起き上がり、体の無事を確かめた。部屋の中にいた時と同じ、絹製の半袖のシャツを着ている。手足を見る限り、変わりなく自分のもののようだった。


 長ズボンのポケットには、何も入っていない。所持品も何もなく、ここがどこかもわからず、行くあてもない。これはもしかして、実は結構な危機なのでは。


 必死に考えを巡らす。そもそも自分は本当に転生したのだろうか。壮大なドッキリが続いているだけなのではないだろうか。


 自分が死んだという実感もない。現実離れしたことばかりが続いていて、冷静にそれを受け止めるだけの余裕がなかった。


 簡単に忘れ去れるほど、元の世界を愛していなかったわけではない。ゲームの管理人としての仕事はそれなりに気に入っていた。両親とも仲が良かったし、仕事仲間もそれなりにいた。それに可愛い彼女も……いや、それはいなかった。


 とにかく、今はただ、状況を受け止めきれずにいるだけだった。


「まずはいろいろと確かめないとな」

 立ち上がり、手足についた砂をはたく。


 生きるためにも、情報を集めるためにも、街を見つけることが必要だろう。


 ここはRPGの世界だと女は言っていた。そのわりには、魔物もいなければ、ステータスウィンドウのようなものも見えない。ここだって、いたって普通の森の中だ。


 ここは地球のどこかで、一般人向けのドッキリ番組のカメラがこちらを向いている可能性だってある。あながち、自分の推測は間違っていないのかもれない。ここまで起こったことは全て現実に起こり得る範囲内のことばかりだ。


 そんなことを考えながら歩いていると、普段目にすることのない大きな赤いキノコが生えているのを見つけた。


 ありふれた森の中にある異質なそれを見て、目を奪われる。やはり普通ではない、なにかがはじまっている気がする。そんな、嫌な予感を覚えた。

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