第3話:世のため人のため

「話を戻します。ええと、あなたの次の転生先は、RPGの世界です。ちゃんと人型に転生させますからご安心ください」


「ちょっと待て、いま、人型って言ったか? 人じゃなくて?」


 ちっとも話が前に進まない。


「それがなにか?」


「RPGの人型って言ったら、ゴブリンとかオークとか、そんなやつもいるんじゃないのか」


「いますね」


「ちょっと待て!」


 つい立ち上がって机を叩く。


「つまり僕は、転生して、記憶もなくして、ゴブリンとして生きてくこともあり得るってことか」


「ええ、お察しの通りです。ご理解できたら座ってください」


 女が僕をなだめる。


「大丈夫です。人間だった時の記憶は無くしているんですから。ちゃんとゴブリンとして、ゴブリンらしい人生を送ることができますよ」


「それが問題なんだって。なんだ、ゴブリンらしい人生って! 何の慰めにもなってないわ」


「それで、転生して、当然ですが生まれるところからはじめてもらいますね。種族はランダムです。人間だった場合でも職業は選ぶことはできないですし、レベルは一からはじまります」

 もう僕の相手をすることに疲れたのか、淡々と女は話を進める。


「あ、人間だった場合、すごく努力すれば、転職も可能みたいです。お気に入りの職業の適性で生まれることができなかったら、がんばってみてくださいね」


「もう人間ならなんでもいいよ……。ゴブリンより人間になれる確率の方が高いんだろうな?」


「あ、転職する場合も前の職業のスキルは引き継げるみたいですね。これは安心ですね」


「無視するなよ!」


「いやー、職業ステータス保有型の世界は珍しいですからね。これはラッキーですね」


「そうなのか? 他の世界ってどんななんだ?」


「でも計画的に職業ランク上げていかないと、結局どっちつかずになっちゃいますから、気をつけてくださいね。専門職の方が稼げますよ」


「だから無視するなよ!」


 もう会話にすらならない。


「説明はここまでですが、何か質問はございますか?」


「いや、だから質問はさっきから……」


「何か、時間の無駄にならない、有意義な質問はございますか?」


「無駄っていうな、無駄って!」


 この女、少しふざけはじめている気がする。いちいち大げさに驚く僕の反応を楽しんでいるのか。


「もう、いいよ。質問はない。何かもっと教えてもらえることはないのか?」


「そうですねー、クレームあげないって約束してくれるなら、特別に職業の適性を調べてあげてもいいですよ」


「わかったよ。どうせそんなことしたって僕の得にはならないしな」


 交渉成立ですねっ、と勢いよく言って、女は机の下からファイルを取り出した。引き出しもないように見えるが、どこから出てきたのか。


「ええと、職業の欄は……あ、その前に確認です。人間以外だったらそれも正直にお伝えした方がいいですか?」


「もうこの際だ、なんでも教えてくれ。なんでも受け入れる」

 なげやりに僕は言った。女は頷き、再びファイルに目を落とす。


「職業は……あっ」

 女は驚いて手で口をおさえる。


「なんだ? 職業なしか? ゴブリンか? ゴブリンなのか?」


「職業は、管理人です」

 女はゆっくりと自分を落ち着けるように言った。


「管理人って、なんの?」


「枕詞なしのただの管理人ってことは、そりゃあ、世界の管理人ですよ」


「世界!? なにかの間違いじゃないか。ほら、アパートの管理人とか、いろいろあるだろう」


「そうならそうと出ますよ。いやー、これはビックリしました」

 心底驚いた様子で、女が僕をしげしげと眺める。


「職業の適正には、前世が大きく影響することもありますが、何をされてたんですか?」

 にわかに僕に興味を抱いたのか、女が質問を続ける。


「ゲームの……管理人だな。人手不足で、システム管理からサービス運営まで、なんでもやらされてたが」


「そうでしたか。それがたまたま、転生先の世界とマッチして、こんなことが……。ああそれに、あなたは亡くなる時にまで管理人稼業に励まれてたんですね。それが深く魂に響いたのか」

 納得したように女の顔が明るくなる。


「そんな都合のいいことがあるのか」


「なにを言ってるんですかー。これは、ご褒美ですよ、ご褒美。これまでがんばって来たことへの」


「まあ、転生のプロが言うなら、そういうことにしておくか」

 女に褒められているようで、悪い気はしない。さっきまでバカにしていた女を、プロ扱いする。


「でも、具体的に管理人ってなにをするんだ?」


「それはあなたの方が詳しいんじゃないですか? これまでの世界では、管理人はどんなことされてたんですか?」


「システムの不具合があったら頑張って改修したり、ユーザーが困っていたらサポートしたり、まぁ、いろいろだな。管理人は忙しいんだ」


「そらならきっと、同じことをすればいいんですよ」


「簡単に言うなよ。ゲームと世界とでは全く別物だ」


「難しく考えないでください。根本は同じですよ」


「不具合があったら調査して直し、ユーザーが困っていたらかけつけて助け……。つまり事件や災害があったら解決して、住民が困ってたら人助けして、ってそういうことか?」


「そうなんじゃないですかね、たぶん」

 女もよく分かっていないようだった。さっきプロと呼んだのは取り消そう。


「それって今の社畜生活と変わらないんじゃ……」


「世のため人のため、がんばってください!」

 女にとっては完全に他人事だ。

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