第2話:転生課の女
「夢か、現実か、ドッキリか、よくわからんがとにかく話を聞こうじゃないか」
覚悟を決めて、僕は椅子に深く腰掛ける。
「はい、ご説明しますね。でもどうせ覚えていられないですから、なんとなく聞き流して頂いてもけっこうですよ」
「どういうことだ?」
「転生後は、前世の記憶を無くしますから。あたりまえでしょう。みんなが前世の記憶を持ってたら、大変じゃないですか」
混乱してくる。何かがおかしい。
「いやいや、記憶を無くしたら転生の意味がないだろう?」
「いやいや、だから、記憶を持ってたら大変じゃないですか」
押し問答が続く。
「僕が知ってる転生ってのは、たまたま選ばれたラッキーな奴が、凄い能力をもらって他の世界に転生して、おもしろおかしく暮らすっていう」
「ああー、何か都合のいい転生ですね。あなたの世界ではそんなことになってるんですね」
女が興味深そうに、なるほどなるほど、と相づちを打つ。僕は呆れて、言葉を失う。
「ちょっと勘違いされているみたいですけど、あなたを特別扱いしているわけじゃありませんからね。亡くなった方はみんな転生されますし、その方々を相手にするのが我々、転生課なわけでして」
「そうなの!?」
「転生される方に何か特別な力を授けたりはしませんし」
「そうなの!?」
驚きの連続で、語彙が失われる。
「本日の私の担当は二十人もいらっしゃるので、さっさと次に進めたいんですよね。もう少しスムーズに受け入れて頂いていいですか?」
「そんな事務的な……。こっちは人生がかかってるんだぞ」
「だからこうやって誠実に対応しているんじゃないですかぁ。どうせ忘れるんだから意味ないって私は上司に言っているんですけど、なかなかマニュアル変えてくれなくて」
「マニュアル……」
僕の知っている転生とは色々と大きく異なっているようだった。
「転生の事実をお伝えして、次の世界のご紹介をして、希望を持って気持ちよく次の人生を歩んでいただこうと。我々ができるのはただそれだけでして」
「そんな中途半端なことされるくらいなら、何も知らず転生させてもらった方がましだよ」
「そうでもありませんよ。あなたのようによく分からないうちに亡くなってしまって、それで終わりだというのも、さびしいじゃないですか。だからこそ、次に繋がるんですよ、ってのをちゃんとお知らせしてるんです」
「記憶が残らないんだったら、ただ自分の死を自覚させられて終わるだけなんじゃ」
「文句の多い方ですね。お話はおしまいです。時間もないので次に進みましょう」
女は強引に話を打ち切る。
「あ、お願いですから、これでクレームあげるとかやめてくださいね。私はやるべきことはやっているんですから。これ問題にされちゃうようじゃ、あなたのこと、モンスタークレイマーとして同僚に言いふらしますからね」
そもそもクレームのあげる先もよく分からないし、扉もないこの部屋で何ができるのかも分からない。憮然として、僕は再び押し黙った。
「あなたの次の世界はRPGの世界ですね、ええとつまり、VRMMO……RPGってやつになりますかね。なんですかこのアルファベットの羅列は。読みづらい」
女が眉をしかめる。
「いや、ツッコミどころが多くて追いつかないんだが……。ロールプレイングゲームって、ゲームだろ。世界としてあるものじゃないだろ」
「そうは言われましても、あなたの世界の言葉で説明しようとすると、これ以上の説明のしようが無いんですが」
「それに、現実世界でバーチャルリアリティーってのも矛盾してるし。オンラインってのも、世界の説明としてはおかしいだろ!」
「うーん、困った方ですね。どうすれば納得してもらえるのか」
「納得できるか! 分かるように説明しないと、クレームあげるぞ!」
女を脅し、駄々をこねる。
「ええとですね。次の世界では職業やレベルって概念がありますから、RPGと言うのが分かりやすいですよね。それに魂はここにあって、その世界に接続しにいくわけですから、その世界はバーチャルとも、オンラインとも言えるわけでして」
「お前は何を言っているんだ?」
「ですから、皆さんの魂は我々が管理していて……あ、いや、別の課に引き継がれますけどね……そこから色々な世界に繋がって人生を送ってもらうってことでして……」
「ちょっと待て。それは、僕がもともといた世界もそうなのか?」
何かの悪い冗談だろうか。これまでの人生も、何かバーチャルなものの上に成り立っていたということなのか?
「それは解釈次第ですねー。何をもってバーチャルと言えるのも難しいですからね。あなたの世界は、間違いなく実体を伴ったものですよ」
慰めるように女は言う。
「つまり元の世界はバーチャルでは無いと?」
「うーん。あなたたちの世界が、ややこしい概念を作り出すのが悪いんですよ。魂が接続した先の肉体で、さらにバーチャルな世界なんて作り上げてそっちに入り込もうとするんですから」
女は困って眉を下げる。
「この魂の世界から見ると、あなたのたちの世界がバーチャルとも言えますし、でもあなたたちにとってはそこがリアルですし」
「……わかったわかった。僕が悪かった。もういいよ」
どうやら、本当にゲームの世界に入る、というのとは少し違うようだ。女は、僕の世界の言葉や概念に合わせて説明をしているようで、話がややこしくなっているのかもしれない。VRMMORPGというのは、ただの例えか。
それ以上の理解を諦めて、仕方なく女の話を素直に聞くことに決めた。
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