底辺からはじまるRPG異世界運営〜最弱転生者の職業は最強の管理人でした〜【改題】

梅木学

プロローグ

第1話:キノコに殺される!

 このままではキノコに殺される。


 自分でも何を言っているのか分からないが、それが現実だ。

 

 森の中を必死に走ってキノコから逃げるが、目の前がかすんでよろける。振り向くと、真っ赤な毒々しいカサを揺らしながら、キノコが弾んで追いかけてくる。


 こどもの歩みほどの速度で、キノコは進む。それでも僕との距離は確実に縮まっていく。


 キノコの柄にはまん丸な可愛らしい二つの目が、大きく見開いている。ぼてっとした体と愛らしい目つきは、凶暴なモンスターにはとても見えない。しかし僕は、そのキノコに殺されかけている。


 誰か助けてくれ!


 再び前を向いて駆け出し、必死に願うが、周囲に人影はない。


 このままわけの分からない場所で、わけの分からないものに殺されてしまうのか。


 さきほどキノコに浴びせられた謎の胞子のせいだろうか。めまいがどんどんひどくなる。やがて歩くのもままならなくなり、ついにその場に倒れ込んだ。


 なんとか上半身を起こして背後を見ると、ボヨンボヨンと弾むキノコが迫ってくる。

 終わった。父さん母さん、こんな死因で先立つ息子をどうかお許しください。あ、いや、もう既に一度、死んでるんだっけ……。


 僕の脳裏を、この森に来るまでの日々が、走馬灯のように駆け巡った。


* * * * *


 桂木悠斗は、一年ほど前から高校にも通わず、家に引きこもることが増えていた。


 高校の成績が良いわけでもなく、運動神経が特別いいわけでもない。コンピュータ以外に、趣味を持たない悠斗は、同級生たちと話が合わなかった。


 高校に入学してからはコンピュータ部に所属していたが、先輩たちが卒業すると部員は悠斗だけになり、廃部同然になった。


 登校を続けていた頃も、イジメられることはなかった。しかし、休み時間中は一人で寝たふりをして過ごすことが多かった。賑やかなクラスメイトたちの話し声を聞きながら、ただ時間が過ぎるのを待つ。


 数分が、うんざりとするほど長く感じられる。一人でいる時よりも、人に囲まれている時の方が、孤独は深まった。


 転機は、コンピュータ部を卒業した先輩に誘われて、オンラインゲームの立ち上げに関わったことだった。


 悠斗が高校二年生の時に、自身も開発に携わったMMORPG、通称ユグドラシルはリリースされた。それはすぐに、コアなゲーマー達からの人気を集めた。細部まで作り込まれた世界観と自由度の高さが支持される理由だった。


 ユグドラシルが売れはじめ、その先輩の設立した会社が大きくなるにつれて、悠斗の生活も変わって行く。趣味からアルバイトへ、アルバイトから仕事へと変遷して行ったそれは、悠斗から学生生活を奪った。


 それから一年が経ち、仕事にのめり込んだ悠斗は高校を留年した。両親のはからいで退学はせず、籍だけは高校に置くことになった。


 ゲームの利用ユーザが増えるにつれて、トラブルも増えていく。想定を大幅に上回る成長に、システムの拡張が追いつかない。ユグドラシルはそこまでの需要を考慮して設計されてはいなかった。


 特に五日前から、大規模なシステム障害が発生していた。日々、熱烈なユーザーからの、怒りのメールが悠斗に届く。職場兼自室で、その全てに、目を通した。


 そのうち同僚の一人が体調不良で倒れ、事態は悪化した。悠斗はその同僚の仕事まで引き受け、昼も夜もなく不眠不休で障害対応に当たった。


「どうしてあなたがそんなに頑張らないといけないの」と、涙を流したのは悠斗の母親だった。髪は脂ぎって、目の隈も深くし、一心不乱にパソコンに向き合う息子の姿を見るのが、つらかったようだ。


 自分にしかできないことがある。だから、やらなければならない。当然、悠斗よりスキルのある技術者など、いくらでもいる。しかし、そういった人を探し、ユグドラシルのことを教えるだけでも、数日はかかる。


 いまここにいる、自分たちで問題を解決するしかないのだ。


 しかしそこまでしても、障害の原因特定には至らない。一日停止が長引くごとに、損害も広がっていき、どこにも光明は見えなかった。


 責任感から焦りを覚え、もうろうとする頭でパソコンと向き合い続けた六日目の朝、悠斗はついに意識を失った。



* * * * *



 目を覚ますと、そこは会議室の中だった。机も、椅子も真っ白だ。壁も天井も真っ白で、窓もない。何より、扉もない。


 これは夢だろうか。


 あたりを見回すが、やはり見覚えのない場所だった。そして前方に視線を戻し、驚いて飛び上がった。


「誰だ!?」

 視線の先には、一人の金髪の女が座っていた。腰まで伸びた長髪が、うっすらと人のもので無いような輝きを放っている。


「お目覚めですか。私は転生課のアイルです。はじめまして」

 女は名乗って、優しくほほ笑む。


「転生課? なんの話ですか」


「あれ、転生をご存知ないですか。あなたの世界ではいま大流行していると聞いていますが」

 不思議そうに女は首をかしげた。


「転生って、あの、生まれ変わりの転生?」


「そうです」


「いやいやいや」

 僕は激しく首を振る。


「転生って、死んだ人がするものでしょう」


「ようやく気づかれましたか。その通りですよ。だからあなたはここにいるんです」

 当然のように女は言う。


「死んだ? 僕が? どうして?」

 疑問符ばかりが頭に浮かぶ。


 自分の体を確かめるが、怪我はないように見える。半袖のシャツと長ズボンという、自室で着ていた服装のままで、破れているところもない。


「過労ですかね」


「僕、まだ高校生ですよ? 高校生が過労死なんて聞いたこともない。若いし、体力には自信があるんです。だからこそ頼りにされて、他の人の仕事まで巻き取って僕がやってるくらいで」


「あなたは限界を超えて頑張られたようですね。これまでも無理を重ねてこられたのでしょう」

 同情するような、寂しそうな表情を女は浮かべた。


「でも、ご安心ください! これでおしまいじゃありませんから。そのための転生課です!」

 急に明るく言って、女は誇らしげに胸を張る。


「転生課ってことは、何かの組織か。お前は何者だ?」


「それは企業秘密ですぅー」

 女は腕で大きなバツ印を作る。


 その仕草にイラっとしたが、それ以上何を聞けば良いのかわからず、僕は押し黙った。

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