第105話 戦いの終わり

エルザスがニタリと笑った。


「前は逃がしたくせに。

 俺は用意周到でな、秘蔵の転移の魔道具で…」


エルザスは鎧の内側から魔道具を取り出した。

が、焦ったように魔道具をいじりだした。


「あれ?動かねぇ」


ヒロがそれを見て言い放つ。


「あなたもつ魔道具は私が無効化しましたから」


「なにぃ!?

 そんな技、聞いたことないぞ!」


ヒロは指をパチンとはじいた。

エルザスを除く、全てのゾームが光の粉になって宙に舞い、消滅した。


「さて、これであなただけです。

 言い残すことは?」


ヒロがエルザスに冷たく言う。

エルザスの額に玉のような汗が光る。

魔物になっても冷や汗はかくらしい。


そして、しばらくの静寂。


「い、いや…

 悪かった。

 悪かったよ」


その言葉を聞き、メグがさらにエルザスを睨みつける。

視線に耐えかねて、エルザスが続けた。


「もう人は食わねぇよ。

 お兄さんの件も、悪かったな。

 本当、もう反省してるから。

 許してくれよ」


エルザスは手を目の前に合わせて、ごめんなさいのポーズをとった。

ヒロはメグに聞いた。


「メグさん、どうします?」


「言うまでもない」


メグはエルザスを睨みつけたままだ。

険しく、侮蔑に満ちたまなざしで。


「そうですか。

 では、一緒に魔法、唱えましょう」


エルザスはやり取りを見て、焦って早口で言う。


「いや、ほんとごめんなさい!

 もうしません!

 許して!

 許してください!」


ヒロは初めて、魔物とは言え人間の思考を持つものを手にかける。

だが、そこにためらいは感じなかった。


「カラミティレイン」


ヒロとメグが、二人で唱えた。

前回もエルザスに放った、メグの持つ最強の魔法。

それをヒロの莫大な魔力で威力を増幅する。


「ちょっと、ごめんって!

 おい!」


「地獄へ、落ちろ!」


メグの叫びとともに、エルザスの頭上に鋭い光の槍が現れる。

何本も何本も現れ、エルザスに降り注ぐ。

何千、何万本。

光の輝きに埋もれ、エルザスが見えなくなる。

ただただ、エルザスの悲鳴のみが聞こえる。


数秒で、エルザスの声は止まった。

それでも、光の雨は止まらない。

完膚なきまで、何もかもなくなるまで。


ヒロが手を前にかざすと、光の槍はすべて消えた。

後には、耕された地面とエルザスの血の跡だけが残っていた。


「終わりましたね」


ヒロはメグに対して言った。


「兄さん…兄さん…!」


メグは、その場に座り込み、泣いた。

ずっとメグは戦ってきたのだ。

ようやく宿敵を倒したが、きっと喜びなど感じない。

復讐しても殺された人は戻らない。

ただ、もう戻らない兄を思い、メグは泣いた。


ヒロは座り込むメグを辛い気持ちで眺める。

そのまま視線を周りに向けた。

見える限り、全てのゾームは討伐されている。


戦いは、終わったのだ。


ヒロに、ファシュファルから言葉にならない信号が頭に届く。

直接的な意味としての信号。

言葉に直すと、こうだ。


『元の世界に帰りたいですか?』


ヒロには、まだまだ魔力が残っている。

それほどの充実感を得たのだ。


ファシュファルからすれば、十分な知識をこの世界に与えたということなのかもしれない。


プロジェクトはまだ終わっていない。

とは言え、エルザスが消えた今、エルザスがこれまで生み出し、まだ残るゾームを倒していくだけだろう。

これから先の満月で、ゾームが出たとしても兵器で安定して討伐できる。

ゾームによる被害はもうないように思える。

プロジェクトは、時間の問題であって、成功と言ってよいだろう。


この有り余る魔力を使って、元の世界に戻る。


その選択肢をとることは、今のヒロには合理的だ。


ヒロは、メグを見た。

そして、戦いを終えた他の仲間たちを見た。

その後、手を空に掲げた。


そして、一面が光に包まれた。


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