第2話 冒険者

「よく逃げ切った。もう、ライニャスは倒したから安心しな」


鎧の男が言った。

男のそばを見ると、化け物の首と胴体が離れて横たわっていた。

生臭い匂いが漂ってきた。


「うわっ!気持ち悪っ!」


廣田はそう言いつつも、助けてもらったことに気が付いた。

礼を言わねば。


「あ、ありがとうございます。もうダメかと思いました…」


「例には及ばないさ。ライニャスを倒すなんて俺にとっては簡単だからな」


ライニャス…さっきの猛獣か。

えらく可愛い名前だな。


いや、それよりあれを倒すのが簡単って、この男すごすぎない?

そんなことを考える廣田に、鎧の男が続けて言った。


「見たことない恰好だな。

 冒険者ってわけでも無さそうだが、こんなところで何をしていたんだ?

 ライニャスも倒せないのに、この森に独りで入るなんて自殺行為だぞ」


声をかけられ、廣田は落ち着いてきた。

良く見ると、男はとても整った顔だちだ。

堀が深い。そして青みがかった髪の色。

180センチは明らかに超えていそうな身長。

屈強な体格のモデルのようだ。

年齢は二十代半ばといったところか。


男でも惚れるぜ、これは。

廣田はそんなことを思いつつ言葉を返した。


「いや、それが…。

 ファシュファルという神様に無理やりこの森に飛ばされたみたいで…」


「ファシュファル!?

 女神ファシュファルか?

 君は神からの使いなのか!?」


「まぁ、そういうことになるのかもしれません…

 ここ、どこですか?東京…ですかね?」


「トーキョー?聞いたことないな。

 ここはシュテリア王国領内の、シュテリア森林だ」


シュテリア王国?なんだその国。

見たことない生き物、時代錯誤な格好の男。

本当のあのファシュファルという女神の世界に飛ばされたようだ。


「おい、女神ファシュファルからの使いのようだ!」


ジュドーが後ろを向いて話した。

すると、後ろから他の男の声が聞こえた。


「ジュドーさん、人助けも良いですが、早く依頼をこなして街に戻りましょう。

 森に独りで、そんな見たことない恰好でうろついてる神の使いなんて、怪しすぎますよ。

 放って行きましょう」


そう言い放った男は、年齢的には三十代か四十代と思われる、細身な外見だった。

丈夫そうな革の服を着て、たくさん荷物が入っていそうなリュックサックを背負っていた。


狐目で廣田を見るその目は、明らかに警戒の眼差しだ。


その狐目の男の隣に、もう一人小柄のマントを羽織った女の子がいる。

金髪のショートカットで、ゲームの魔道士のような服装だ。これまた整った顔立ち。

年齢的には十代の後半だろうか。幼い雰囲気が残る。


その子は無表情で周りを見ている。廣田のことなど眼中になさそうだ。


ジュドーと呼ばれた鎧の男が答える。


「マーテル、そうは言ってもほっとけない。

 本当に神の使いだったらどうする?

 それに、今朝の光のことも知ってるかもしれないだろ?

 光の調査は、依頼内容じゃないか」


狐目の男、マーテルが返した。


「…流石に人助け大好きジュドーさんですね。

 ですが、ここはモンスターも多いのですから、さっさと切り上げたいのですよ。

 もしあなた方が怪我をしようなら、回復アイテムの出費が重なります。

 出費は抑えたいのです」


廣田は焦った。

マーテルは廣田を怪しい奴、として放置して行こうとしている。

彼らが何者かは分からないが、こんなところで独りのままにされては、死ぬのは目に見えている。

廣田は会話に割って入った。


「光って、金色の光ですか?それなら、心当たりが!」


ジュドーが反応する。


「お、その通り!金色の光だ!知っているのか?

 俺たちは、明け方、森に金色の光が強く輝いたという情報が入って、ギルドから調査に急遽派遣されたんだ」


「それ、多分私のことです。

 ファシュファルが私を転移させたときに、私の体が金色に光っていたんです。

 きっとその時の光です」


廣田は助かる糸口と思い、早口で答えた。

だが、我ながら信じてもらえるかは怪しいとは思った。

証拠がない。


「ファシュファルがあなたを転移?ありえないでしょう。

 女神ファシュファルなんて、本当にいるのかすら…。

 一人では危ないから、我々に同行したくてでまかせを言ってるんじゃないですか?」


案の定、マーテルがそんな反応をした。


「いや、違うんですよ、ファシュファルが私にこの世界でプロジェクトをしろって言って!

 本当に体が金色にこう、ふぁーっと光ってですね?

 気がついたら森の中だったんです。いや、本当に」


廣田は必死で食らいつく。


「ぷろじぇくと…?

 良く分かりませんが、なんだか必死ですね…。メグさん、どう思いますか?」


マーテルが隣の魔道士風の女の子に話を振った。

魔道士風のメグが、無感情に淡々と答える。


「とても上位の魔法を使う時は、体が金色に輝くと聞いたことがある。

 例えば、転移の魔法。

 遠くから一瞬で移動できる魔法。

 でも、王国一の魔道士ケルンでもそんなすごい魔法使えない。

 そのおっさんが大魔道士にも見えない」


「なるほど。もしこの男が魔道士なら、言ってることは正しいかも、ということですが…」


マーテルが訝しむ。

ジュドーが次いで話す。


「本当に転移の魔法を使ったかもしれないじゃないか。

 まだ何の手掛かりも無いし、重要な情報だろう。

 どちらにしろ、このままほっていけば死体にしてしまう。

 君、名前は?」


「廣田 準乃介です。」


「ヒロタジュンノスケ…長いな、ヒロでいいか。ヒロも街を目指してるなら、俺達と一緒に来ればいい。一人でいるよりは安全だ」


廣田は心から喜んだ。ジュドー様ありがとう、と。


「是非、ご一緒させて下さい!」


「まったく…。私は助けませんからね。ヒロとやらには回復アイテムも回しませんので」


マーテルが冷たく廣田を睨んだ。

メグは無表情で、廣田を無視している。

居づらい。だが、一人残されて死ぬよりはマシだ。

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