第1話 プロマネ、異世界に飛ぶ

と言うわけで、異世界で廣田は化け物に追われていた。


「知識だけでこんな化け物は倒せないって!

 無茶振り女神のバカー!」


森の中。

額から一本の角が生えたネコ科の化け物に追われている。

ネコ科といっても、大型。

形状はヒョウに角が生えたような生き物。

体に模様はなく、赤い体毛に覆われている。


見たことがない生き物だ。


ただの会社員で、システムエンジニアだったはずの廣田 準之介は必死に森の中を逃げていた。

明らかに、この猛獣に捕まれば命はない。


***


仕事ではプロジェクトをまとめる役割、プロジェクトマネージャーを担うことが多い廣田。

昨日も、大きなプロジェクトが終わり、打ち上げの飲み会をし、そして家に帰り、寝た。


次の日に会社へ向かうため玄関に立った際、昨日のプロジェクト完遂を思い出して達成感に浸っていたところ、なぜか体が金色に輝きだした。


あまりの出来事に驚いていると、周りの景色が消え、真っ白い空間にいた。


「あれ?何?拉致?」


廣田は混乱した。

最中、女の人の声がした。

目の前にいきなり女の人が立っていた。

ギリシャ神話にでも出てくる女神っぽい服装をしている。


「私は、女神ファシュファル。

 廣田よ。あなたは選ばれたのです」


「ファシュふぁふ」


廣田は噛んだ。

言いにくい名前だな、と廣田は思った。


「今、言いにくい名前だと思いましたね?」


女神ファシュファルは自分の名前が呼びにくいことを気にしている。

少し苛立ちつつも女神の威厳と笑顔を保ちながら言った。

廣田が驚く。


「え?考えてることがわかるんですか!?」


「ええ、私は女神ファシュファル。

 ファ・シュ・ファ・ルです。

 神ですから、考えていることも分かります」


「おお!

 それはすごい。

 私が選ばれたって言いましたが、まさか私の願いをかなえてくれるんですか!?」


「いや、そうではありません。

 あなたにお願いがあるのです」


「え?私の願いじゃなくて、お願いされるんですか…?

 いや、私、もう新しいプロジェクトが決まってて忙しいので。

 追加の依頼はちょっと…」


ファシュファルは無視して話す。


「私の世界を、あなたに救って欲しいのです。

 あなたの知識を使って…」


「私の知識…?

 プロジェクトマネジメントの知識ぐらいしかありませんが…」


「そう、その知識!

 それで私の世界を豊かにして!」


「あなたの世界を豊かにする、というプロジェクトということですか?」


「え?うん…そうよ」


「なら、プロジェクトの目的は何ですか?

 プロジェクトなら、まずは目的を明確にしないと。

 あ、その前に企画書あります?

 体制表は?」


ファシュファルは無視して続けた。


「その知識を活かし、私の世界を豊かにしなさい。

 特殊能力として、大魔法を使えるようにして差し上げましょう」


「ファシュファルさん、プロジェクトならちゃんと背景の説明を…」


さらにファシュファルは無視し続けた。


「ただし、大魔法はあなたがその”プロジェクトマネジメント”の知識を発揮した時にしか使えません。

 逆を言えば、あなたはその知識を私の世界で使ってくれれば、大魔法使いになれるのです!」


「いや、おい!人の話を聞け!」


「じゃあ、行ってらっしゃい!

 早速、自分で転移の大魔法を使って移動するといいわよ☆」


廣田がファシュファルをさらに咎めようとしたとき、再び廣田の体が輝きだした。

勝手に、体からエネルギーがあふれ出し、再びあたりが光に包まれた。


そして、気が付けば森の中だった。


魔法を無理やり使わされた廣田は、慣れない魔法のせいで街から距離のある森の中に転移してしまった。

ファシュファルは廣田に少し苛ついたので、当てつけにそのまま森に放置することにした。



そんなこんなで森に落とされた廣田。


「あの女神、一方的すぎるだろ…」


スマホは圏外。


どうしようもなく、しばらく森の中をスーツ姿で歩いていた。

半日ほど歩き、少し疲れて休憩していたところ、巨大ネコの化け物に襲われたのだ。


必死で走る廣田。

35歳。独身。

彼女が欲しいので、スタイル維持のために普段から運動はしている。

とは言え、化け物に追われて全力で走り続けるなんて、慣れてなさすぎる。


「もう、体力が…どこか隠れるところは…!?」


と目で追っていると、大きな木が集まった目隠しになりそうな場所があったので、とっさに隠れた。


じっと息をひそめる。

化け物の足音や息遣いが聞こえてくる。


なんだよ、お前ネコ科だろ。

犬みたいに俺の臭いをかぎつけるとか、そんなんできないよな…?

ああ、なんだここは。死にたくない。


心臓をバクバクさせつつ、そんなことが頭をよぎる。

そうこうしているうちに、足音が、遠ざかっていった。


廣田はおそるおそる木の陰から出て、周りを見た。

その時、少し離れたところにいる化け物とばっちり目が合った。

化け物は足を止めて、待っていたのだ。


「おま、猛獣のくせに去ったフリみたいな知恵使ってんじゃねーよ!」


と、ツッコミながら、廣田は思い出した。

確か、女神ファシュファルが大魔法を使えるようにすると言っていたはず。


「よしっ!

 魔法を食らえ!」


廣田は手を化け物にかざしてみた。


が、何も起きなかった。

おい!ファシュファル!もう俺死んじゃうよ!?


死を覚悟した。

もう走れない。体力の限界。


ああ、こんな良く分からない場所で、良く分からない化け物に襲われて死ぬのか…。

廣田は固く目を閉じた。


「どうりゃー!」


その時、男の声がした。

ずべしゅ!

そんな形容しがたい音が響いた。


目を開くと、廣田の前に鎧を着た男の後ろ姿がある。

中世ヨーロッパの甲冑を、すこし軽装にしたような恰好。

大きな剣を片手に、こちらを振り向いた。


「大丈夫だったか?」


男は廣田に声をかけた。


「え?いや、え?うん、はい」


廣田は混乱しながら答えた。

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