第29話 終わりの始まり
ユメコは遂に、
エビルの元へと最後の扉を開いた。
異世界に来てから長かった様な、短かった様な……
どちらにせよ、
もう後戻りが出来ないという事だけは確かである。
ユメコはこれまでの物語に背を押される様にして、
その扉の向こう側へと進んだ……
これが終わりの始まりだ。
「……やっときたか、巫女」
「私の名前は、果支那 夢女子。そう本に書いてあったでしょう?」
「そうだったな、ユメコ」
そういうと、エビルは穏やかな笑みを浮かべた。
それを見て、本当にこの人は私を待っていたんだな、と思う。
現に、巫女たち以外はほとんど護衛もおらず、
ユメコは大して戦わずにここまで辿り着いてしまった。
他の人たちは、解放軍と戦っているのだろうか……
ユメコは少しだけツカサのことが心配になった。
けれど、エビルを倒しさえすればこの物語は終わる。
ユメコは握りしめていた双刀を、改めて構えた。
「ここまで辿りつけたのならば、その力は本物だろう。
さぁ、早く私を殺してくれ……」
助けてくれ、といわんばかりの声音に、
ユメコの敵意は削がれた。
この人は、私と戦うつもりがないのだろうか。
それはいくらなんでも後味が悪い。
「そんな風に言うなら何故、
ヒミコがいなくなった時に
自分で終わらそうとは思わなかったの?」
「もう一度、会いたかったからだ」
迷いのない、まっすぐな言葉。
同じ事をレイも言っていた。
ヒミコは彼らに、呪縛でもかけたのだろうか?
いや、それもまた神の仕業か……
「女人狩りを続けたのも予言の為だけではなく、
ヒミコが見つかるかもしれないと思ったからだ」
神の言葉に逆らった王様は、
自分の為に多くの女性を傷つけた……
宮中こそ穏やかに見えたが、
その裏には苦しんだ女性が沢山いる事に
気付かなかったとは言わせない。
本人だって、それは分かっている筈だ。
それなのに、
罪に染まった彼の瞳が何故こんなにも純粋なのだろう……
「彼女がこの世に存在しないと分かった今、
もはや永遠の国など不要だ。
この国が滅びても、私は構わない」
「そんな自分勝手な……!!!
この国を守る為に、
どれだけの人が苦しんだか分かってるの?!」
最初から女人狩りなんて存在しなければ、
本当は傷付かずに済んだものが沢山ある。
もっと選べる道はあった筈だ。
「分かっている。
だからこそ、この国を滅ぼして新しい歴史を創るがいい」
「だったらもっと早くそうしなさいよ!
いくら好きな相手の為だって、
人を傷付けて良い訳ないじゃない!!」
「ならお前は、神が決めた事ならば諦めるのか?」
「……!!!」
私はレイを失った。
オキタくんを失った。
それは神の定めだったのか?
もしも神にそう書かれなければ、
私は二人を失わずに済んだのだろうか……
「君の愛する人も、何もかも。
そう書かれたら、それをただ受け止めるのか?」
たとえ二人が愛し合っていただけだとしても。
世界はそれを、許しはしなかった……
エビルはそれでも、
いつ崩れるとも知れぬこの国を繋ぎ止めながら、
ヒミコの帰りを待っていたのか。
それはどれだけ孤独な戦いだったのだろう……
愛する人の為に他の誰かを故意に傷つける、
エビルの選んだ道は間違っているとユメコは思う。
犯した罪は拭えない。
けれど、本当に悪いのはエビルなのだろうか?
もっと根本的な問題を、
私たちは見て見ぬフリをしているのではないだろうか……
そう思った瞬間。
頭上が突如輝きだし、ユメコは眩しさに目を細めた。
この光には、見覚えがある……
ユメコはその正体を見極めようと、
視界に手を添えながら天を仰いだ。
どこからともなく風が吹き上げ、
パラパラとページが開かれていく……
それは、一冊の本だった。
「現れたな、神の本!!!」
「あれは、洞窟で見たのと同じ……!!
なんでここにあるの?!」
疑問符を投げつつも、
ユメコには何故なのか分かっていた。
双刀と同じだ。
必要な時、必要な場所に現れる。
それが神の、お膳立てなのだから……
「さぁ。私を殺し、そして読め。そして書け。
この世界の続きを」
「この世界の、続き……」
「お前が望めば、失ったものですら再び手に入れられるだろう」
そうだ……
ヒミコはその力で、私に転生すら可能だった。
レイやオキタくんの事だって、
神の力があればどうにか出来るかもしれない。
その為には、物語を先に進めなければいけないんだ……
神の本を、読みさえすれば。
続きを書く事が許されるかもしれない。
私の願った未来を、手に入れられるかもしれない。
「でも、それって……
また失えと書かれたら、もう一度失わないといけないの?」
何度も、何度も。
神様から指示された内容を書く。
そこに自分の意思や願望だって、忍び込ませる事は可能だ。
ヒミコの様に、小さな夢を叶える事も出来るだろう。
けれど……
決定的な結末は、決めさせて貰えない。
「さぁ、私を殺せ……」
選択を迫る言葉が、ユメコを突き動かした。
それは頭で考えるより先に、本能が導き出した答えかもしれない。
ツカサがくれた言葉を、ユメコは思い出していた。
「全ては、想いから始まる……」
彼の決して濁る事がない、まっすぐな蒼い瞳。
あの日私は、もう逃げないと誓った。
「……そうだよね。
大切な事は、心で決めなくちゃ」
単純な事じゃないか。
私はこの人を、殺したくない。
何故それを当然の様に受け止めようとしていたのか。
「どうしたユメコ。
早く物語の続きを……」
私たちは、ただひたすらに生きてきた。
それは言葉だけでは決して表現しきれるものではない。
全てが文字に変えられるのならば、
きっと物語だなんてこの世には生まれないだろう。
伝えきれないからこそ、表せないからこそ、
私たちは届くまで言葉を連ね続ける。
その積み重ねを全て、
たった一冊の運命が否定すると言うのなら。
「私の選ぶ道は、決まってる!!!」
ユメコは神の本をきつく睨みつけると、
運命を委ねるにはあまりにも軽いそれを手に取った。
そして、本のページを……
一心不乱に、破り始めたのだ。
「馬鹿な、一体何を考えているんだ!!」
彼女がその分厚い本を千切る度に、
世界を切り裂く地響きが宮中に轟いた。
ページは激しい神風を放ち、どこかへと旅立っていく。
立っているのもやっとの状況だろうに、
世界が解放される眩さと爆風に圧倒されながらも、
彼女は決して手を緩める事はなかった。
何度でも諦めずに手を伸ばすその姿は、
必死に未来を掴もうとしているかの様にも見える……
「ユメコ、本当にそれでいいのか?!
これでは世界に平和は訪れない。
むしろ混沌を呼ぶぞ……!!」
「うるさいな!!!
別に私は、世界を救いに来た訳じゃないのよ!
ここにだって、元はと言えばツカサを助けに来ただけだし!」
そうだ。
ヒミコに乗せられてしまったが、私は別に救世主ではない……
ユメコは気付いてしまった。
「世界が解放されて争いが生まれるっていうなら、
滅ぶまで勝手に戦えばいいじゃない!!!」
「その発想は私よりも酷くないか……?」
本来ならばラスボスだったであろうエビルから、
世界に破滅をもたらすのを止められている。
無茶苦茶な状況ではあるが、
私の頭はスッキリとしていた。
何を難しく考えていたんだろう。
国とか、世界が滅ぶとか、関係ないじゃないか。
それは私が決める事じゃない。
それは、神様が決める事ですらないんだ。
「みーんな、やりたい様にやればいいのよ!
決められた自由なんて、捨てちゃえばいい!
私もやりたい様にやってやるから!!!」
彼女は遂にキレた。
ここまで全ての理不尽が祟ったのか。
もう少し、優しくしてあげれば良かったかもしれない。
「こんなクソみたいな本を書きやがって!
ふざけんじゃないわよ神様!!!
私はぜーーーーったいに、
私の私による私の為の
ハッピーエンドを書いてやる!!!」
クソみたいとは耳が痛いな……
さて。
突然ですが、ここで問題です。
この文字って、一体何なんでしょうね?
どの文字って、
皆さんが今まさに目で追っている、
この文字ですよ。
それは人の会話に潜む影。
行動も、結末も。
全てを決定付けてしまう文字配列。
決して現実には存在しないでしょう?
だけどね、書かれているんですよ。
それでは、改めて自己紹介しましょうか。
ここまで読んで下さった皆様、
本当にありがとうございます。
ユメコと共に語り部を務めさせていただきました。
私がこの本の作者である、神です。
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