第28話 あたしはあなたが好き

オキタくんが天へと昇る、

蛍の様な灯火を最後のひとつまで見届けた後。


ユメコはすぐに前へと駆け出していた。


玉座まで、あと僅かだ。

立ち止まっている暇はない……


そう決意したユメコの耳元へ、

どこからともなく声が聴こえてきた。


「ハテナちゃん、だいじょーぶ??」


フローラちゃんの声だ。

でもユメコは、フローラちゃんのことを読んでいない。

先程までは、いくら呼ぼうとしても無理だったのに……

これはきっと幻聴だ。


「ねぇ、あたしを読んで」


何故声が聞こえてくるのか、

ユメコには理解出来なかった……

とりあえず読んであげればいいものを、

今のユメコは表現をする気がおきない。

オキタくんを救えなかった自分の不甲斐なさに、

ユメコは表現をする事が少しだけ怖くなっていた。


「お願い、ハテナちゃん」


表現をしていないのに、

その声はいつまで経ってもユメコの耳から離れない。

そんな余裕なんてないのに……

私には、やるべき事があるんだから。


「今はケガをしてないから大丈夫だよ」


「でもハテナちゃん、痛そうだよ?」


そう言われると、自分でも情けない位に表情が歪んでしまう。


痛い。痛い。痛い。


でもきっと、オキタくんの方がもっと痛かったに違いない。


私のせいだ……


ユメコは自分に言い聞かせるようにして、

フローラちゃんの声から耳を塞ごうとした。


「早く読ーーーんーーーでーーーーー!!!

 読んでくれなきゃ、

 ずぅぅっとこのまま駄々こねちゃうからねっ」


それは流石に困る。

いよいよクライマックスだというのに、

脳内で駄々をこねられ続けては堪ったものではない。

ユメコは渋々と、フローラちゃんの事を読んだ。


「わーい♪

 呼ばれて飛び出て即回復っ!

 白衣の天使・フローラちゃんだよ☆」


読んだ瞬間、フローラちゃんはユメコに思いっきり抱きついた。

その勢いに押されて、ユメコは進む足を止めてしまう。


「ふ、フローラちゃん落ち着いて……

 一体どうしたの??」


「だから、ハテナちゃんの回復中だよ〜!!

 大人しくしててねっ♪」


「いや、だから! ケガなんかしてないんだって!」


「でも、つらいでしょ?」


「時間もないから! 先を急がないと!」


「ほんっと〜〜〜に、時間ないの?

 一分も? 一秒も??」


「そんな事言って、困らせないでよ……」


やるべき事がある。

その為にオキタくんを犠牲にしたんだ。

レイの事だって失ってしまった。

リンさんとツカサの命が懸かっている……


今は立ち止まる訳にはいかない。

じゃなきゃ何の為に、ここまで来たのか……


「あのね! どんなに時間がなくてもね!

 つらい時は、きゅーけーしていいんだよ??」


「だからって、こんな時に……!!」


あぁもう、どうして私の表現はこうも上手くいかないのだろう。

どうして言う事を聞いてくれないんだろう……

私が読んだはずなのに、全然思い通りにならない。

私がもっと、強ければ。私がもっと、もっと……


「ハテナちゃんはね、よわっちーーーの!!!」


何もピンポイントでそんな事を言わなくても……


自分でウジウジと悩む分にはいいけれど、

ズバリ言われてしまうと抉られる。

自分勝手なものだ……


「弱いんだから、休んでいーのっ!

 そんなハテナちゃんをお助けする為に、あたしはいるの!」


オキタくんも、ハテナちゃんも。

どうして私なんかの為に、そこまで言ってくれるのだろう。

なんの取り柄もなくて、まともに表現もしてあげられなくて……

本当ならきっと、2人共もっと素敵だった筈だ。

巫女たちが表現した土方さんみたいに、完璧だったなら。

オキタくんはあんな風にならなかっただろうか……


そう思うと、そんな場合ではないのに涙が溢れてきた。


「あ! やーーーっと泣いたね!!」


「フローラちゃんは、

 なんでそんなに私のことを好きでいてくれるの……?」


私よりも小さなフローラちゃんが、

私を抱きしめながら、精一杯背伸びをしてヨシヨシしてくれる。

その感触に、ユメコはこんな時だというのに安心してしまった。


「ハテナちゃんが読んでくれなかったら、

 あたしは生まれてなかったの」


「でも、私以外ならもっと上手く……!!」


「それはきっと、別の人のフローラちゃん。

 ハテナちゃんのフローラちゃんは、あたしだけ♪

 それってとっても、嬉しいことなんだよ??」


そういって笑うフローラちゃんの笑顔は、

少しだけオキタくんに似ていた。

これは私の、作風というやつなのだろうか。


「あたしがこうやって自由に動けるのは、

 ハテナちゃんがあたしを、

 ほんとーに存在するって信じてくれるおかげなの!

 それだけで、力になるんだよっ」


現実世界で過ごした日々も、

異世界に辿り着いた時からも……

いつだって、力を貰っているのは私の方だ。


つらい時。悲しい時。一人ぼっちの時。

乗り越える為の力をくれた。


ずっとずっと、私たちは一緒にいた。

それはこれから先も、決して変わらない……


次から次へと溢れる涙を、

ユメコは止める事が出来なかった。


「あたしはハテナちゃんのことが大好き♪

 つらかったら休んで欲しいし、

 あたしが絶対に癒してあげるの。

 だってあたしは、

 いつだってハテナちゃんの傍にいるんだから!」


思い通りにならない解釈のせいで、

私はオキタくんを助けられなかった。

けれど思い通りにならないからこそ、

フローラちゃんは無理やりにでも現れて、

私を癒してくれる……


それは私の中で、

2人が本当に生きているという何よりの証だ。


私だけの、大切な宝物……


私だって、私の表現が大好きだ。


だけど。だからこそ。


「助けたかったよ、オキタくん……っ!!!」


今までの人生で、何度もそうしてきたように……

ユメコはオキタくんの事を想って泣いた。


雨はもうすぐ上がりそうだ。


この雨が上がったら、今度こそ向かおう。


クライマックスだ。

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