第22話 百年の孤独と百年の愛
ユメコとツカサは、
真実を映す洞窟へと歩みを進めていた。
相変わらず、暗いのに何故か明るい不思議な場所だ。
以前来た時の事を思い出して、
ユメコは学生カバンをぎゅっと握りしめる。
洞窟へと向かう前、ユメコは制服に着替えていた。
やはり現実世界で毎日着ていた服は、気持ちが落ち着く……
これは私が私だという証明だ。
勇者の姿になったヒジリと、制服姿のユメコ。
このミスマッチさが、
やっと異世界転移ものらしくなってきたではないか。
まぁ実際は、異世界転生ものだったというオチなのだけれど。
「……おかえりなさい、ユメコ」
目の前から声がした。
その声と共に、柔らかな光が洞窟を包む。
もう何も隠す必要はないという事なのだろう。
今度はハッキリと表情が見えた。
「ただいま、ヒミコ」
確かに雰囲気は違うけれど、私が中学生だった頃にそっくりだ。
でも私より可愛い気がして、ちょっと悔しい。
人間って、やはり性格で顔つきが変わるものなんだな……
ユメコは自分の前世に向かって、妙な敗北感を覚えた。
「え?! ヒミコって……
こいつが?! なんでユメコとそっくりなんだ?!」
「多分ツカサならアッサリ信じると思うけど。
ヒミコが異世界転生した存在が、私だよ」
「あぁなるほど……
いや、信じるけど! 問題はそこじゃねぇ!!」
さすがの脳筋でも、そこは簡単にいかないらしい。
ツカサは必死に頭を働かせようと、ヒミコとユメコを交互に見比べている。
首がもげそうなスピードで左右に動いていて、ちょっと面白い。
「女がエビルを殺し、この国を滅ぼすっていう予言は間違い。
ヒミコは神の本に書いてあった、
自分が愛する王を殺すという予言を、正しく読めなかった。
悟られないように曖昧な表現を捏造して、
女人狩りなんていう狂った法を生み出させてしまった……
その罪悪感に耐え切れず、ヒミコは王の元を去ったの。
けれど、それでも苦しみからは解放されなかった。
だからヒミコは、自分の為だけに物語を書く事にしたのよ。
世界を作り、何もかもを捨て、その中へと逃げ込んだ……
その正体が、私。
別の世界で全てを忘れ、本を読み耽って育った、私……」
「ごめんなさい、ユメコ……
貴方に全て押し付けてしまった」
「もう死んだ人間が謝るなんて、ずるい事するよね。
でも、生まれ変わっても何も変わらなかったでしょ?
私は新しい世界で、今度はその現実世界と打ち解けられなくて。
結局また、本の世界に没頭することで現実から逃げ続けた」
「書いた私も、そこは予想外だったわ。
まさかここまでオタクになるとは……」
想像していたよりもヒミコの性格が正直すぎて、腹が立つ。
同一人物とはいえ、あくまで他人か……
敵だ。日本語で泣かしたい。
自分だって、本ばかり読んだり書いたりしていた癖に。
「でもそんなところが、私は羨ましかった……」
「羨ましいって?」
「私は好きなものを全力で好きと、固執する事がうまく出来なかった。
本を読んで世界を手放していく時も、どこか無感情で。
仕事みたいに割り切っていたのかもしれない……
それはとても、寂しいことだった」
つまりこれは、オタク気質を褒められているという事だろうか?
ユメコはなんだか複雑な気持ちだった。
「新刊やグッズの為に朝から並んだり、
コンプリートする為にイベントを徹夜したり。
そういう情熱が凄いなって思ってた」
異世界で一番偉い巫女様に、オタク活動を純粋に褒められている……
正直言って、死にたい位に恥ずかしいものだ。
「私がどうしても手放せなかったのは、
エビルの事だけだった……」
安心して欲しい、普通はそういうものだから……
何故こんな一般人志向からユメコに転生してしまったのかと思うものの、
もしかしたら優等生の反動なのかもしれない。
人間、働き過ぎるのは良くないんだな。無理をすると来世に響く。
「エビルの事、どうしてそんなに好きになったの?」
「あら、それはもうユメコには分かっているんじゃない?」
そう言ってヒミコは、ツカサの方へと意味ありげな目配せをした。
ツカサはエビルの事を知らないから、意味が分からないという顔をしている。
けれどユメコには、分かってしまった。
私達みたいに頭でっかちな表現人間にとって、
純粋な読者ほどありがたいものはない……
そしてもし、頭が空っぽならば最高だ。
足して2で割りたくなってしまうのだ。
ずっと一人で背負うには重いから、一緒に読みたいと願ってしまう。
「……私が、エビルを倒すよ」
ヒミコはとても辛そうに顔を歪めたが、否定はしなかった。
きっと彼女が異世界転生を考えたのは、逃げたいというだけではない。
代わりに成し遂げて欲しいという願いもあったのだ。
「神の言葉を読みきらなければ、次の言葉は降りてこない。
ここまで膨張した世界で、神の言葉もなしに均衡を保つのは不可能よ。
エビルを倒さなければ、国どころではなく世界の終わりが来ると思う」
それは見ているだけでも伝わってきた。
あまりにも関所ごとに、世界観が違い過ぎる……
つぎはぎだらけのチグハグな世界だ。
こんな世界が各々の自治で成り立つとは到底思えない。
均衡を保つ為には、神の言葉に頼るしかないのだろう。
神の言葉のせいでこんなに苦しんでいるというのに、
希望もそこにしかないとは……
神様ってなんともずるい存在だ。
「絶対にそんな事にはしない。必ず倒すから」
「嫌な役回りを押し付けられて、怒ってないの……?」
「押し付けるっていうのは、他人に使うものじゃない?
勝手に来世払いにしたっていうのは頭に来るけど、まぁ良いよ」
そのおかげで私も、大切な人たちに出会えた。
はじめて人と向き合って話せた。
私はこの世界に来て、本当に良かった……
「私は大切な人たちを守る為に、エビルを倒す!
異世界ものってそうじゃなきゃ!
だからヒミコの事はついでだよ、ついで!」
そういうと、ヒミコはおかしそうに吹き出して笑った。
その表情は巫女ではなく、ただの可愛らしい女の子だ。
夢の中で願っていたヒミコの笑顔を、やっと見る事が出来た。
「もうユメコには、私と同じだけの力があると思うけれど。
最後に神の本を、貴方に……」
ヒミコはユメコの事を、包み込むようにして抱きしめた。
そして淡い光を発しながら、ユメコの中に溶けていく。
彼女の膨大な記憶が、流れ込んでくるのを感じた。
百年の孤独も、百年の愛も……
全て自分が経験した事の様に感じて、
ユメコの目から、ひたすら涙が溢れてきた。
これは私であって、私ではない……
けれど確かに、想いは受け継いだ。
「ありがとう、ユメコ。私、貴方に生まれ変わって良かった……」
「自分で書いたんだから、それって自画自賛だよね」
「ふふっ! 確かにそうかもね。
どうか貴方の運命が、末永く、幸せに……」
それは予言だったのだろうか。
そもそも貴方というのは、ユメコの事なのか。
これから倒さねばならない、エビルの事か……
聞きたくても答えは二度と返って来ないと分かっていたので、
ユメコは消えてしまったヒミコの代わりに、自分自身を強く抱きしめた。
半身を得たはずなのに、半身を失ったかの様な感覚がする。
彼女の人生が、本当の意味で終わりを告げたという事なのだろう。
その長い長い物語の幕切れに、いつまで経っても涙が止まらなかった。
「……行こう、ユメコ」
黙って私たちを見届けてくれたツカサが、
ユメコの肩を優しく抱きしめる。
失ってしまったものだけではない。
そのお陰で手に入れたものだって、沢山ある。
けれどまだ、失う事に終わりは見えなかった。
ユメコにはその確信がある。
それが的を得ていると言わんばかりに、
寄り添うユメコとツカサの間を、引き裂くような一矢が放たれた。
初めて出会った時と同じ。
けれど今はそれが誰なのか、ハッキリと分かっている。
「ごめんね、邪魔しちゃったかな?」
振り返るとそこには、レイの姿があった。
髪をかき上げ、左眼をもう隠そうともしていない。
そしてその瞳が、ユメコをハッキリと捉えているのが分かった。
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