第21話 ふたり
「おかえりなさい、ユメコさん」
最初から全てを察していたであろうヒジリさんの笑顔に、
ユメコは苦笑いで応えつつもメガネコの背から降りた。
食えない人だなぁと思うけれど、
変わらない清らかな笑顔にはホッとしてしまう。
ツカサがヒジリさんと挨拶を交わしている間にも、
リンさんはきびきびと再び旅立つ準備を整えていた。
「私はこのまま王都に戻って、進軍の手筈を整えて来ようと思う。
道中に書いた手紙のお陰で、解放軍に協力してくれる人が増えたんだ。
ユメコの表現力でエビルを倒せると分かったお陰だよ」
「おい、こいつの事を戦争なんかに巻き込むなよ!」
「ツカサ、大丈夫だから。
私がリンさんにお願いしたの……」
神の本に私がエビルを倒すと書かれていたという事は、
この世界では戦局を決定づけるものらしい。
そのお陰で、分が悪いと思っていた人たちも味方になってくれたようだ。
宮中に潜入するまでの間、解放軍の人たちにはお世話になった。
女性も男性も、互いを人として尊重し合っていた姿を覚えている。
あの人たちならきっと、素敵な新しい国を築いてくれるだろう。
少しでも解放軍の力になりたいし、
どちらにせよエビルの元へは行かねばならない……
ユメコの答えは決まっていた。
ユメコにしか、エビルは倒せない。
「戻ってきたらすぐに王都へ進軍する予定だ。
それまでの間、悔いのない様にね」
「何から何までご迷惑をおかけして、すみません」
本当に、ごめんなさい……
ユメコはリンさんにだけは、全てを告げていた。
でなければ隣にいるのが苦しくて、耐えられなかったのだ。
元凶を作ってしまったのはヒミコで、
女人狩りに参加していたのもヒミコだ。
解放軍の人たちがとても優しくしてくれた事に、
ユメコは今になって胸がズキズキと痛む。
リンさんは黙って話を聞いてくれて、
その後もユメコに対する態度は何一つ変わらなかった。
それがユメコにとっては、逆に苦しい。
「あんたが何を謝ってるのか知らないけどさ。
私はユメコの事が好きだよ」
「でも、私は……!!」
泣きそうな顔でリンさんを見つめると、
リンさんは優しく微笑んでくれた。
その瞳には嘘なんて一つもない。
「私は性別のせいで、嫌な思いをしてきた。
生まれ持ったどうしようもないもので、
どうしてこんな目に遭うのかと思ったよ。
あんただって、ただ生まれて来ただけだろう?」
「リンさん……」
堪えきれずに涙がこぼれると、
端から2人の会話を眺めていたツカサが、
慌てて止めに入ってきた。
ツカサにはまだ、何も話していない。
「おい、ユメコの事を泣かすなよ!」
「もう、違うんだってばツカサ!
ややこしくなるから入ってこないでよ……」
「はははっ! 良い男じゃないか。
さすがユメコの勇者さまだね」
そう言われて、ツカサはちょっと照れ臭そうな顔をした。
悪い気はしないらしい。というか嬉しそうだ。
そんな様子のツカサを見て、ユメコも微笑む。
ツカサにも、全てを伝えなければいけないのだけれど……
ツカサには話すのではなく、一緒に受け止めて欲しかった。
「リンさんが王都に行っている間、
私はツカサと2人で真実を映す洞窟へ向かおうと思います」
「2人でですか? あの洞窟は、1人でなければ……」
微笑ましげに様子を伺っていたヒジリさんも、
これには驚いた表情を浮かべた。
本来であれば、そうなのであろう。
けれどユメコの瞳に、迷いはない。
そこにはすでに、場を支配する絶対存在の色があった。
「いえ、必ず辿り着けます。そう私が決めました」
ヒミコは1人で受け止めて、本を読んで泣いていた。
もしヒミコがエビルと2人で答えを出していたならば。
どんな世界が待っていただろうか……?
ユメコはそんな物語の続きが知りたかった。
「……それでは、お気をつけて。
美味しいお茶をご用意して、帰りをお待ちしております」
「はい、そうして下さい!」
ヒジリさんはユメコに対して、何故か眩しそうな眼差しを向けた。
その瞳はユメコの事を見ているようで、
その奥にいるヒミコを想っていたのかもしれない。
ユメコには、まだヒジリさんの気持ちが良く分からなかった。
「じゃあ私も、そろそろ行くよ。
フローラを借りても大丈夫かい?」
「平気です。
フローラちゃんのこと、よろしくお願いします!」
「じゃあじゃあ、ぶっ飛ばしちゃうよ〜?!
すぐに戻ってくるからね、ハテナちゃん♪」
メガネコが旅立つ気配を感じる。
リンさんは振り落とされないようにと力を込めながらも、
ユメコにだけ届く小さな声で、切実な言葉を残した。
「……レイの事を、頼んだよ」
私が潜入した日以来、レイは再び姿を消してしまったらしい。
けれどユメコは、安否の心配はしていなかった。
レイは必ず、ユメコの前に現れるだろう。
リンさんもそれを信じて、私に託してくれたようだった。
ユメコは改めて、しっかりしなければと気合いを入れる。
「よし、それじゃあ私たちも洞窟に行こうか!」
「了解。
どこだろうと付いてくぜ!」
まるでレイとは正反対だな……
そんな事を思ってしまい、ユメコは苦笑いを浮かべた。
本当は、会いたいと思う事すら残酷なのだろう。
それでもユメコは、もう一度レイに会いたかった。
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