第20話 勇者さま

「ごめん、お待たせ! 待った?!」


「はぁ?!

 待ったどころか、まだ昼だけど一体どうし……」


部屋でくつろいでいたツカサの喉元には、

喋りきる間もなくオキタくんの刀が添えられていた。

相変わらず疾風の様に素早い……


やはり私のオキタくんは、最高に格好良いのだ。


「ユメ様、斬りますか?」


「その人は仲間だから大丈夫だよ!」


「そうですか、それなら切腹ですね……」


緑のオキタくんですら、仲間と言ったらそうなるのか……


ユメコはこの状況だと説明も難しいと感じ、

一度オキタくんには帰って貰う事にした。

あとはフローラちゃんが迎えに来てくれれば大丈夫だろう。

2人を同時に読んでも、ユメコはもう気を失う事がない。

しっかりと表現を扱える様になっていた。


「ツカサ! 一緒に逃げよう!!」


「いやお前、そんな簡単に……」


「だって、もう二度と離れないって言ったでしょ。

 あ、これって花婿泥棒になるのかな? あははっ」


「呑気に笑ってる場合か!

 なんか騒がしいと思ってたら、まさかお前だとはな……

 どうやって逃げる気だよ?」


「もうすぐ迎えが来るから大丈夫!

 私に全部任せて!」


「……ったく、いつの間にそんな逞しくなったんだよ、お前。

 初めて会った時は、あんな雑魚モンスターに怯えて震えてたのに」


出会った時の事は、良く覚えてる。

私は何も出来ず、ただ本の勇者さまに助けを求めていた。

祈る事しか出来なかった……


けれど、今はもう違う。

自分で思い描く。守りたいものに手を伸ばす。


「私はやっと、私に出来る事が分かったから……」


「守ってやる事が出来なくて、ちょっと悔しいな。

 俺がお前の為にしてやれること、なんかあるか?」


傍にいてくれるだけでいいよ。


その言葉をユメコは飲み込んだ。

今はまだ、その時ではないと思ったからだ。

全てを片付けて、私がただ一人の私になることが出来たら……

その時は伝えたい。


代わりにユメコは、

久しぶりに手元へと戻った学生カバンから、ノートを取り出した。

そこにはあの時に書いた、ふざけた夢小説がそのまま残っている。


ユメコはそれを見て呆れ笑いをした後、夢の続きに言葉を重ねた。

ツカサには、私の言葉が効くはずだ。


(彼女を守りたいと思う心が、彼を勇者の姿へと変えた。

 それは本で読んだ姿そのままだ。

 彼は決して負けない勇者として、彼女の傍らにあり続けた)


まるで呪いの言葉だな、とユメコは自分で書いて苦笑いしてしまう。

特に最後の1文、本当は必要ないんじゃないかな?

私って、根暗どころか実はヤンデレだった……?


そう思っても仕方がない。もう手遅れだ。


ツカサの身体は、表現の光で輝き始めた。

それは出会った時と同じ、眩い煌めき……

全てはあの時に、もう決まっていたのだろうか。


マント・盾・剣……


それは小説の表紙にいた、完璧な勇者さまの姿。

久しぶりの再会である。

けれど今度はもう、幻なんかじゃない。

消えたりはしない、本物の勇者さまだ……


うん、やっぱり格好良い。


「すげぇ…… これが、表現の力なのか?!」


「そうだよ。ツカサは、私の勇者さまになるの」


「なんだよそれ。決定事項なのか?」


「私が望むと、そうなっちゃうみたいなんだけど。

 ダメかな?」


「ははっ!

 開き直りやがったな。もちろん、いいぜ」


ユメコとツカサは、互いの目を見合わせて悪戯っぽく笑った。

迷いのないツカサの反応に、ユメコの迷いも消えていく。


エビルの話を聞いた時、ツカサがいなければ

きっとその場から動けなかった。


運命に囚われて、絶望していたかもしれない……

その悲劇を演じる役目に、自我喪失していただろう。


けれど、自分自身の感情を一切疑わなかったツカサを、

ユメコは見習いたいと思えたのだ。


たとえ神が定めたものだとしても……


この世界の全てが仕組まれた必然だったとしても……


絶対に、止まってなんかやるもんか。


「ハテナちゃーーーん!!!

 おっまたせぇぇぇ♪」


軽快な声音に反して、重い地響きが傍らの庭園に響き渡る。


池に片足を突っ込んだのだろうか、盛大な水しぶきが上がった。

脱走というには、あまりにも堂々とし過ぎている。

その巨大な生き物を見上げて、ツカサは唖然としていた。


「なんだこいつは?!

 こんな生き物、見たことねぇ……!!」


やっぱりこの国では猫なんて存在しないらしい。

きっとメガネコを生み出したのもヒミコなのだろう。

一体どこまでが、彼女の書いた物語なんだろうか……


幾たびも襲い来る不安を、ユメコは何度だってかき消していく。


今生きているのは、間違いなく私だ。


だって私はもう、1人じゃない。

私が私を否定しても、

全力で私を肯定してくれる人がいる……


それだけでユメコは、前を向く事が出来た。


「さぁ、早く乗って! 一気に谷まで戻るよ!」


そう言ってこちらに手を伸ばしてくれるのは、リンさんだ。

おそらくメガネコはリンさんと一緒にいたのだろう。

ユメコはリンさんの元へ駆け寄るとその手を掴み、

ツカサと共にメガネコへと乗り込んだ。


「リンさん、迎えに来てくれてありがとう!」


「ユメコが無事で、本当に良かったよ」


そう言ってリンさんは優しく微笑んでくれる。

いつもなら真っ先に手を引いてくれるのは、レイだった。

そこにレイの姿がない事に、ユメコの胸がチクリと痛む。

夢で見た事が確かなら、きっと私は、レイの……


「おい、大丈夫か?

 なんだか辛そうな顔してっけど」


隣に乗り込んだツカサが、心配そうにこちらを覗き込んでくる。

ユメコは弱々しいけれど何とか笑顔を作って、ツカサの言葉に応えた。

そして改めて、絶対に逃げてはいけないなと心に誓う。


ここから先、何が起きようと。

もう二度と、逃げる訳にはいかない……!!


「アテンションぷりっ!

 あてんしょんプリティー♪

 ドッカーンとしゅっぱぁああああつ!!!」


フローラちゃんの軽快な声と共に、

メガネコが足を踏みしめて大きく跳ぶ。


脱出が成功したのを見届けると、

ユメコは重力に身を任せて意識を手放した。


もうヒミコの夢を見る事はないと分かっている。

今だけは、ほんの少し眠りに落ちていたかった。


やっと私は私として、寝れるんだ……


眠りに落ちる瞬間、

最後の夜に見たレイの笑顔が頭を過ぎった。


もし、叶うなら……


あの日のレイに、夢でも良いから会えないだろうか。

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