第19話 世界の仕組み

ユメコは昨日と打って変わって、

仰々しい玉座ではなく王の私室らしき部屋に招かれた。


簡素な官服で本を読んでいるエビルの姿は、

やはり普通の青年みたいなあどけなさが残っている。


エビルが人払いをしたので2人きりになったものの、

ユメコはどう切り出せば良いのか分からずにいた。


「……昨日会った時、君は驚いているようだったね」


「えっ?! あ、すみません……

 120歳と伺っていたのに、お若かったもので……」


「敬語を使うのは禁じる。普通に接して欲しい」


王に対する敬語の使い方とか、

一切分からなかったので正直助かった。

あとでお付きの人に怒られそうな気もするが、

禁じられたら仕方ない。

ユメコは堂々とタメ口を貫く事にした。


「エビル…… は、歳を取らないの?」


「あぁ、そう定められている」


当然の如く答えられると、不思議な気分になる。

何故歳を取らないのか、疑問に思ったりはしないのだろうか……

ユメコと同じ根暗属性がありそうな雰囲気の王様なのに、

変なところでツカサと似ているのかもしれない。


「ヒミコと共に生きる為には、それが必要だった」


「ヒミコって…… 確か世界に一人しかいない、巫女の事だよね?」


「その通りだ。彼女は不老の身で、200歳を超えていた」


「えぇ?! 200歳?!?!」


異世界の平均寿命が気になってしまったが、

そんな世間話をしている場合ではない。

それよりも今は、ヒミコについて聞く事が先決だ。


「不老って、不死ではないんですか?」


「もちろん殺傷沙汰ならば死んでしまうが……

 表現者というのは、脳を100%使いきるのが寿命らしい。

 常人が生きている間に10%程度しか脳を使わないとすれば、

 その10倍は長生きするという事だな。

 どれだけ脳を酷使するかにもよるだろうが、表現者は脳髄の奴隷だ。

 その人生において表現がもっとも豊かになる瞬間に達した時、

 老化すらも止まる」


「えぇぇえええ?!?!」


そんな重要な事、もっと早く教えてほしかった。

ヒジリさんなら知っている筈なのに、

どうして何も言ってくれなかったのだろう。

優しそうに見えて、やっぱりスパルタだ……


普通の女子高生だと思っていた私は、

つまり今後不老になってしまうという事だろうか。

永遠の女子高生……

響きとしては悪くないが、実際になるのは正直しんどい。

異世界に飛ばされた弊害のショックに、ユメコはうなだれた。


「……君は、何も知らないんだな」


「実は私、異世界転移してきたからこの国の事を全然知らなくて……」


「なるほど、最近流行っているやつか」


なんということだ。まさかツカサ以外にもすんなり話が通じるとは。

やはりどこかツカサと似ている……

王様が脳筋司書と同レベルでこの国は大丈夫なのかと心配になったが、

それもヒミコによって定められている事なのだろうか。


「ヒミコの表現力は凄まじいものだった。

 彼女は神の本を読んで国を成し、都は栄え、そして王を誕生させた。

 歳を失くし、いつまでも君臨し続ける王……

 それが私だ」


エビルの言葉を聞いて、脳内に夢の断片がチラついた。


草原で、ひたすら本を読んでいる女の子……

今なら分かる。

あの草原は、予言者の谷で見た景色と同じだった。


女の子が本を読むたびに増えていった都市は、

上空から俯瞰した世界そのものだった。


そう……

夢で見てきたあの女の子が、おそらくヒミコだ。


「世界だけではない。予言者や巫女もヒミコから生まれたものだ。

 神の本を読めるのは、世界で彼女だけだった」


「表現力って、書いた事がその通りに起きるんじゃないの?

 神の本を読むってどういうこと……?」


「表現力の源は、神が一人で全ての物語を書く事が不可能だからだ。

 書いた事がその通りに起きる、という考え方は正しい。

 ただしそれは、書く事を定められている、と言うべきだろうか……

 ヒミコがまず神の本を読み、それを書く。

 ヒミコだけでは世界の数に追いつかなければ、予言者や巫女が書く。

 世界はそういう仕組みで動いている」


なるほど……

神の本はあらすじだけ書かれているという事だろうか?

夢の中で覗いた、簡素な一文が脳内によぎる。


ー巫女に愛され、永遠の命と国の繁栄を約束されていた王は、

 即位より100年の後、愛する巫女の手で殺され、王国は滅ぶだろうー


あんな簡単に終わりだけを決めて、後は書けとは。

なんて偉そうなんだ神様……

実際偉いのか。


ヒミコもまたそれぞれの都市で起こる細かい事は、

予言者や巫女に委ねていたという事だろう。

世界が業務委託の連鎖で成り立っているとは、あまり思いたくない。


こちらがこんなにも感情たっぷりに日々を生きているというのに、

そんなシステムチックに動いているだなんて……

シナリオとはそんなものなのだろうか。


「私は世界の為に、日々言葉を紡ぐヒミコの事を愛していた。

 彼女の作る未来を信じていた。

 どこまでも付いていくつもりだった。

 それが神の決めた事であろうと、私は構わなかったんだ……」


つい先ほど聞いた事があるような言葉だ。

ユメコの脳裏に、ツカサの迷いのない瞳が思い浮かぶ。

エビルはツカサと、同じ目をしていた……


「けれどあの日。

 「女がエビルを殺し、この国を滅ぼす」と彼女が読んだ時。

 私は初めて、神に抗おうと決めた……

 それがどんなに残虐非道な、人の道に背く行いだろうとも。

 彼女の作る物語を愛していたから、私はこの国を守りたかったんだ……」


それが、この人の罪……

神の言葉ならば、国が滅ぶというのは決定事項だ。

けれどこの国を守りたいが為に、

エビルは女人狩りという悪逆を決めた。

国が滅びるよりは、

悪政の誹りを受けてでも手を尽くそうと考えたのだろう。


解放軍の人たちは、国を守る為に戦っていた。

この人もまた、愛するヒミコの為に国を守ろうとしていたのか……


エビルの考えに関しては、

納得は出来ないものの理解が出来た。

けれど、何かが引っかかる……


「女がエビルを殺し、この国を滅ぼす?」


違和感を含むその響きを、反芻してみる……

ずっと引っかかっていた夢の歯車が、

脳内で噛み合う音がした。


気付いてしまったのだ、ヒミコの罪に……

知る事が出来たのは、世界でユメコただ一人だろう。

それは国なんて関係ない、恋する女の子の罪。


神の本には、 ー愛する巫女の手で殺されるー と書かれていた。

女だなんて、曖昧な表現は使われていなかった。

彼女は愛する人の前で、

その本をハッキリと読めなかったのだ……


「そのお告げを残して、彼女は消えた。

 私は手を尽くして彼女の行方を追ったが、結局見つける事は出来ていない。

 女人狩りの先陣で彼女を見かけたという噂は聞いたが、真相は謎のままだ」


夢で見た、双刀を振るう女の子……

ヒミコは神から賜ったその武器を、振るう相手を間違えた。

彼女は自らの罪を正すのではなく、彼と共に貫き通すと決めてしまったのだ。


「ヒミコは神の本から都市を生み出す為に、沢山の表現をした。

 伝記と評されるものもあれば、御伽話と語られるものもある……

 しかし彼女がいなくなる前に書いた一冊だけは、

 この世界に何も生み出す事はなく本として出版された。これがその本だ」


手渡された本は、おそらく原本なのだろう。大切に読み込まれている。

手がかりを探そうと、エビルは何度もこの本をめくり、

ヒミコへと想いを馳せたのか……


私を想って本に触れていたというツカサの事を思い出し、ユメコは胸が苦しくなった。


ツカサの為にも、しっかりと真実を受け止めなければならない……

ユメコは意を決して、最初のページをめくった。


その本は、日記形式になっている。

双刀を振るう女騎士が力尽きるところから物語は始まった。


女騎士は死後に異世界転生を果たし、

平和な世界で本を読みながら暮らす事となる……

それはとても静かな毎日だった。

女の子は何不自由なく育ち、やがて高校3年生になるのだ。


「その本がきっかけで、

 異世界転生や異世界転移の本が爆発的に国内で流行ったんだ。

 まったく違う世界へ逃げられるというのは、

 どれだけ素晴らしい事だろう。

 全てを忘れて、もしも違う人生を歩めたら。

 全てをやり直す事が出来たなら……」


ヒミコだってそう思ったに違いない。

ただ静かに、神に書かされる事なんてなく……

純粋に本を楽しんで読めたら、どれだけ良いだろう。

運命だなんて知らずに済めば、どれだけ毎日が輝いている事だろう。


「これは、君が初夜の相手に選んだ男の持ち物にあったものだ。

 この服とカバンは、本に書かれているものと同じではないか?

 それに君の見た目は…… 少し、彼女の面影がある。

 彼女の見た目は15歳前後で止まっていたが、

 あと数年たてば君にそっくりだったかもしれない」


あぁ、女の子はなんてずるいのだろう……

全てを忘れ去りたいと願っただけでなく、

好きな男と似合いの年頃になりたかっただなんて。

それは、彼女が現実から目を逸らし続けた結果だ。


「これを着てみて欲しい、君にピッタリなんじゃないだろうか。

 そしてその姿を見せて欲しい。

 この本に書かれているのは君ではないかと、確かめさせてくれ……」


制服と学生カバンを手渡されたところで、着るまでもない。

私のものだと分かっている……

もはや確かめる必要なんてなかった。


ユメコは全てを知ってしまったのだ。

この世界に飛ばされてきた理由を。

いや…… 戻された、理由を。


「君は一体何者なんだ? ヒミコは今どこにいる……?!」


「……彼女は死んだよ。本にそう、書いてあるでしょう?」


「やっぱり、君が……!!!

 教えてくれ、どうして私の元を去った?

 どうして連れて行ってはくれなかったのだ!

 何故私を、1人にした……!!!」


エビルの言葉には答えず、ユメコは部屋を飛び出した。


外にいる男たちに捕まりそうになったので、

慌ててオキタくんに助けを求める。

もう幸運に頼らずとも、緑のオキタくんをすぐに読む事が出来た。


「ユメ様、どうしますか? 全員斬ります……?!」


緑のオキタくんだって容赦がある訳じゃないな、と思い、

ユメコはこんな時でも笑ってしまった。

不完全な私が生み出した、不完全な存在。

なんて愛おしいのだろう……

ユメコは改めて、自分の表現に感謝した。


私の表現は、私が私である何よりの証だ。


「殺さない様に、なで斬りでお願いね!

 フローラちゃんも出てきてっ!」


「呼ばれて飛び出て即回復っ!

 癒しの天使、フローラちゃんだよっ☆」


「フローラちゃん、メガネコを呼んでくれる?

 ここから脱出するよっ」


「はいはーい!

 にゃーちゃん連れて戻ってくるね♪」


捕まえようとする護衛の男たちの頭上を、

フローラちゃんは天まで届く程に高く跳び越えていった。

大きなスカートがパラシュートのようになり、フワフワと落ちていく。


こんな時にも関わらずパンツが見えてしまわないか心配してしまったが、

キチンと中にドロワーズを履いているのが見えて一安心した。

護衛の男たちだって、こんな時でも頭上のパンツに意識を持ってかれている。

馬鹿どもめが……


「オキタくん、ツカサのところまで突破して!」


「ユメ様のお望みとあらば」


言葉に違わず、オキタくんはどんどん人波をかき斬っていく。

鈍い音、血しぶき……

もう動じる事が出来ない自分に気づいた。

戦っていた記憶も、取り戻してしまったから……

私の手は、とっくの昔に穢れていた。


けれど今更もう、止まる事なんて出来ない。


だってツカサが、私を待っている……!!!


「やめろ、彼女に攻撃をするな」


「しかし、このままでは奴らを逃がしてしまいます!!」


「好きにさせろ。必ず、戻ってくる……」


その声も視線も、ユメコのところには届かない。

けれど2人は、互いに確信していた。


次に会う時が、物語のラストシーンだろう、と。

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