第18話 運命を解いて

ツカサのお陰で、

久しぶりにぐっすりと眠れた。


つまりそれは、夢からの手招きだ。

少しは脳を休ませてあげて欲しい……


顔も名前も分からない女の子に何度も呼び出され、

何かの断片を見せられる。

いい加減にして欲しいと思うものの、

女の子の物語が佳境に入っている気がして、

ユメコは目を離せなかった。


特に今日の夢には、見覚えがある。

一番最初に見た夢だ……


暗闇の世界で、本を読んで泣いている女の子。

しかしあの時とは違い、

クリアに世界が浮かび上がってくる。


「神よ、貴方は何故こんなにも残酷な物語を書いたのですか……」


女の子は本を読んで泣いている。


以前のユメコは女の子の本を読む事が出来なかった。

けれど今は宮中で受けた座学の成果で、

この国の言葉を読めるようになっている。


ようやく読解可能になった本のページを覗いてみると、

そこにはこう書かれていた……


ー巫女に愛され、永遠の命と国の繁栄を約束されていた王は、

 即位より100年の後、愛する巫女の手で殺され、王国は滅ぶだろうー


彼女の目の前へ、光と共に双刀が現れた。

この光は表現だろうか……?


まるで儀式用かの様に装飾を施されてはいるものの、

その刃は鋭く、確実に殺す為の武器であった。


この言葉を書いたのが神だというのなら、

これは神の表現から生まれたものなのだろうか。

殺す為に生み出す、というのは残酷な行為だ。


「何故、私なのですか……

 もし敵が迫りくるというのなら、守り戦い死ねるのに……」


女の子の涙が、本に向かって次々と溢れ落ちていく。

そんな文字、涙の洪水でかき消してしまえばいいのに。

どうしても、その本には従わないといけないのだろうか……?


女の子は、静かに双刀を手にした。

それは触れた途端に、一瞬で光と化して消えていく。

必要な時は、いつだって現れるのだろう。


その時がいつなのか、分からないけれど……





「おい、ユメコ。起きろよ」


「ん……」


あの人と離れたくない。傍にいたい……


夢で訪ねた女の子の気持ちが拭えないのか、

ユメコは腕を伸ばした先にある面影を、きつく抱きしめた。


「ちょっ、おま……! 何してんだ?!」


そこには確かな感触があって、

鼓動が脈打っているのが伝わってくる。


良かった、生きてる……


「……お前、まさか誘ってんの?」


熱っぽい吐息が頬を掠めた。

そのまま耳元に柔らかな体温が触れる。

それはまるで蝋印の様に熱く、そして甘かった。

なんだか夢にしては妙にリアルだな。

というか、これってもしかして……

現実かな???


「わあああああっ!!」


目を開くと、睫毛がぶつかりそうな距離にツカサの瞳があり、

ユメコは全力でのけぞった。

ツカサもその反応を見て、大げさに身体を逸らす。


まるで合わせ鏡の様に、互いの顔は同じ温度で赤い。

どう切り出せばいいのか、気まずい沈黙が部屋に満ちていた。


「失礼します。

 そろそろ時間ですので、お支度を。王がお呼びです」


「は…… はい! すぐに行きます!」


絶妙なタイミングで襖越しに声がして助かった。

ユメコはぎこちない動作で身体を起こすと、身支度を始める。

ツカサは着替えを見てはいけないと思ったのか、

慌ててユメコに対して背を向けた。

遠慮なく布団に入ってきたりする割に、

こういう時は意識するんだなと少しおかしくなってしまう。


やっと火照った頬が冷めてきたので先程の言葉を反芻すると、

王がお呼びというのはどういう事だろうか……

昨日の酷かった頭痛を思い起こすと、あまり乗り気ではない。


今日、やっと分かった事がある。

私はあの人と、夢で会っていた。


「王と会うって、大丈夫なのか?

 ひどい目に遭ったりしてないか……?」


背中越しに、ツカサの心配そうな声が聞こえてきた。

こちらの不安がっている気配が分かるのだろうか?

鈍そうなくせに、そういうところは鋭い。


「昨日も会ったけど、全然大丈夫だったから平気だよ。

 なんかね、普通の人だった」


「普通のって…… 王だよな?」


ツカサの不思議そうな声もごもっともだ。

女人狩りを執行する、この不思議な世界を統治する王様。


けれどユメコには、ただの青年に見えた。

むしろずっと弱弱しく、救いを求めているかの様な……


「人間って、なんなんだろうね」


「は? なんだよ、急に」


「もし神様がいるとしたら。

 こうやって考えたり話したり動いたり、さ。

 そういう事に意味があるのかなって。

 もし全部、決められているとしたら……」


昨夜は安堵からの深い眠りだったせいか、

ユメコは夢の内容を覚えていた。

それを引き金に、

同じ様な夢を繰り返し見続けていた事も、

積み木崩しに思い出している。


きっとこれは、偶然見た夢ではない……


異世界に来た事。

表現が出来るようになった事。

きっと全ての答えと繋がっているのだろう。


だからこそ私は、

もう一度王に会わねばならないのだ……


「お前、難しいこと考えるよな。俺には良く分かんねぇわ」


「司書のくせに思考を放棄しないでよ……

 考えないで、一体どうやって本を読んでたの?」


支度が終わり振り返ると、ツカサは腕を組んで唸っていた。

脳筋なりに、一生懸命考えてはいるようだ。


「例えばさ、俺はお前が持ってた本なんて一文字も読めなかったけど。

 それでも本に触れてお前の事を考えてた時間は、

 本を読んでたって事になると思うんだよな」


「何が書いてあるかも分からないのに?」


「あぁ。何が書いてあるかっていうより、

 それを見て感じた自分自身の想いが本物なんじゃねぇかなって。

 お前が使う表現とかもさ、それでリアルになってるんじゃねぇの?」


「想い……」


確かにそうだ。

感情なしでは言葉は生まれないし、

言葉なしでは感情も生まれない。

全ては想いから始まる……


「けどそれも全部、最初から神様が決めたものだとしたら?

 自分から生まれた感情じゃなくても、ツカサは笑っていられる?」


「う~ん。誰が決めたとか、どうでも良いよ。

 俺はお前とまた会えて嬉しいとか、そういう気持ちの方が大事だ」


そう言って笑うツカサの表情は、

一点の曇りもなくて眩しかった。


ツカサと知り合ってから、

長い時間を共に過ごした訳じゃない。

それでも何故こんなにも会いたかったのか、

ユメコはやっと理解出来た気がした。


この人の脳ミソはそこそこ空き容量が広いから、

私の煮詰まった思考回路を、

少し受け取ってくれるかもしれないと思えたからだ……


先の事を考え過ぎてすぐに足を止めそうになる私を、

ツカサなら引っ張ってくれるかもしれない。

そんな確信がユメコにはあった。


私はこの笑顔に、救われる。


だけど……


「……ねぇツカサ。私の事、好き?」


「はぁぁ?! い、いきなり何を言い出すんだよ?!」


ツカサの顔は、信じられない位に真っ赤だ。

それだけで答えかもしれない。

それは、ユメコにとって少し辛い事だった。


「あのね、ツカサ。

 実は別れた日の夜に、私は表現を使ってたの。

 さらわれる前に、文字を書いてたでしょ?

 あれね、ツカサが私の事を好きになるって書いてた……

 だからツカサの感情は、私が決めた偽物かもしれないよ?」


「は? これが、表現……?」


本当は、助け出してから伝えるつもりだった。

ここで告げて嫌われてしまっては、

助け出すのに支障がでるかもしれないと思ったからだ。


けれど実際に潜入して、

後宮でそこまで酷い目に遭っている訳ではないと分かった。

どうするのかは、ツカサ自身の意思で決めて欲しい……

これ以上ツカサの人生を、ねじ曲げたくなかった。


「王がお待ちです、お急ぎください」


「……ごめん、行かないと。また夜に呼ぶから。

 その時までに、私と逃げるかここに残るかを決めておいて」


言い逃げなんて最低だ。

本当に私っていうやつはどうしようもない……

根暗でコミュ障で、ずるくて。

普通なら私が好意を寄せられるなんて、ありえないのだ。

こんなにまっすぐな男の子の感情を、歪めてしまった……


けれどユメコには、その償い方が分からなかった。


「当然、お前と一緒にここを出てくよ」


逃げるように襖を開けたユメコの背に、

迷いのない声が響き渡る。


泣きそうな顔でツカサを振り返ると、

相変わらずの澄んだ笑顔がそこにはあった。

どうしてこの人は、ちっとも濁らないのだろうか……


「俺はお前の事が好きだ。

 それをお前が決めたかどうかなんて関係ない。

 今この感情が全てだ。

 俺は、お前が、好きだ」


まるで表現でも使っているみたいな、迷いのない言葉。

それはユメコが決めた事じゃない、

俺が決めた事だと伝えてくれているようで……

ユメコの目から涙がこぼれ落ちた。


ユメコからしてみれば、

それは私が決めた事だから本物じゃないと思ってしまう。

きっとこの罪の意識は、一生消える事がないだろう。


けれどツカサ本人は、それを本物だというのだ。


もし全てが、言葉によって定められたものだとしても……


それを嬉しく思ってしまうユメコの感情もまた、

間違いなく本物だった。


「夜、待ってるから。もう二度と離れない。

 これからは、ずっとお前のそばに……」


「……うん、ありがとう! 待ってて!」


ユメコは迷いのない満面の笑顔で、ツカサに応えた。

この人は、私の絡まった思考回路を解いてくれる……


私がツカサの運命を変えてしまったのだとしたら、

ツカサが好きでいるに相応しい人間になるしか、

私には償う方法がないのかもしれない。


貰った気持ちを、大切にしたい。応えたい……


ユメコは自分を変える決意をしながら、

しっかりとした足取りで王の元へと歩みを進めた。


全てをハッキリさせる時が来たのだろう。

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