第16話 笑顔に逢いたい

王都に到着してから一週間が過ぎた。


ユメコは相変わらず、

解放軍の隠れ家でお世話になっている。


解放軍には女性だけでなく、

老若男女問わず様々な人がいた。

けれど全員が対等に話していて、

互いを尊重しようとする姿勢が印象的だ。

この人たちならきっと、予言なんかなくても

世界を良い方向に進めてくれるのではないかと思う。


解放軍の人たちと過ごしている間に、

レイはユメコが後宮に仕える為の手続きをしてくれた。

どんな手段を使ったのかは知らないが、

やっぱりレイは頼りになる。

ユメコは明日から、1人で後宮へと潜入する事になった。


リンさんはもの凄く心配してくれたが、

レイの話では後宮に仕えたとはいえ、

慣れるまでは乱暴をされることもないらしい。

猶予は10日程度だろうとのことなので、

それまでにツカサを見つけ出し、

連れ戻さなくてはならなそうだ。


明日の為にも早く寝なければ……

そう思いながらも、やはり潜入というのは不安で、

ユメコはなかなか眠る気になれない。


そんなユメコの耳に、

部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。


こんな夜更けに、一体誰だろうか……



「はい、どなたですか?」


「ユメちゃん、僕だけど」


「なんだ、レイか。開いてるから入っていいよ」


その言葉に応えるかのように、レイがゆっくりと部屋のドアを開ける。

レイもすでに寝る前なのか、レザーアーマーなどは外してラフな服装をしていた。

いままで野宿ばかりだったので、普通の格好を見るのが新鮮だ。


ユメコも今日は、レイが選んでくれた白いワンピースを着ていた。

なんだか女の子みたいだな、と自分でも不思議な感じがする。

お互い普通の服装だと、まるで現実世界で会っているみたいだ……

ユメコは少しだけ鼓動が高鳴るのを感じた。


「ユメちゃん、まだ寝てなかったんだね」


「なんだか明日の事を考えたらソワソワしちゃって。

 レイこそどうしたの? こんな夜遅くに」


「これがユメちゃんと一緒に過ごす最後の夜になるかもしれないから、

 顔をちゃんと見ておこうと思って」


「え、縁起でもない事を言わないでよ……

 ちゃんと帰ってくるから!」


「……本当に?」


「もちろん! 私の表現力、舐めて貰ったら困るよ!」


「ん、そうだね。

 こんなに色気がないのに、入内するのを疑われないかだけが心配だよ」


今までに何度、色気がないと言われた事か……

レイの態度は初めて会った時から、ちっとも変わらない。

いつか絶対に日本語で泣かそうと、

ユメコは改めて決意を固めた。


「でも、そういう恰好をしてるとやっぱり女の子かな。似合ってるよ」


「えぇっ?!  レイにそう言われると、なんだか変な感じがするな……」


これは予想外だった。

初めて出会った時と、やはり何かが変わっているのだろうか……


今更素直に褒められると恥ずかしくて、ユメコは思わず目を逸らす。

その視線をレイが追いかけてくるのを感じて、ユメコの頬を淡く染めた。


「今回も初めての相手を変な男に奪われないように、気を付けてね」


「良く言うよ。初めて会った時のこと、覚えてる?」


「ははっ、そうだったね。ごめん」


レイが謝るなんて、珍しい事があるものだなと思った。

今日はどうしてしまったんだろう……

別れる前の人というのは、こんなにも優しい声音で話すものなのか。

なんだかユメコまでもう二度とレイには会えない気がして、不安になった。


「……今度こそ、僕が初めての相手になっておこうか?」


レイの身体が、ギシリとベッドを軋ませた。

柔らかなシーツが揺れて、ユメコの肌をくすぐる……

いつかの夜と同じ様に、レイがユメコの顎に手を添えた。


もうちっとも怖くない。

あの夜の凍てつく様な瞳は、切ない色を孕んでいた。

氷の眼差しが、淡い熱で溶けている……

そのせいで、ユメコはいつもの様に怒ることが出来なくなってしまった。


レイの薄い桃色を纏った頬が、ゆっくりと近づいてくる。

ユメコは目を逸らす事が出来なかった。

あの時は、顔を背けさせられたのを覚えている……

けれど今夜は、そのままユメコの口元に吐息が近付くのを感じた。


何故、逃げられないのだろう……

ただただ鼓動だけがうるさい。

全ての体温が、唇に集まっているみたいだ。

その熱はきっと、レイに奪われるのを待っている……


「……逃げないの?」


もしその一言がなければ、本当に逃げなかったかもしれない。


ユメコは慌てて距離を取った。

そんなユメコの様子を見て、レイは笑顔を浮かべる。

助かった、というホッとした表情にも見えた……

今のは、場の勢いというものだったのだろうか?

悔しいけれど、ユメコの顔は耳まで真っ赤だ。


「もう! からかわないでよ!!」


「あははっ!

 その顔を見れただけで満足だよ。じゃあまた明日、おやすみ」


レイはユメコの頭を一度だけ軽く撫でると、

名残惜し気もなく去っていった。


からかわれた事に、ユメコは腹が立つ……

寝る準備をしつつも、

まだ鼓動の高鳴りがおさまらないのが悔しい。


けれど、レイの屈託のない笑い声を初めて聴いた事が、

ユメコは嬉しかった。


あんな顔も出来るんだな。

あんな声で笑うんだな。


思い返すと、腹が立っていた筈なのについ笑ってしまう。


あの笑顔に、もう一度会いたいな……


そんな事を願いながら、ユメコは布団へと潜り込んだ。

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