第15話 お着に召すまま

王都に到着すると、

リンさんが解放軍の隠れ家に案内してくれた。


当然ながら外を出歩く事は出来ないものの、

ようやく個室でゆっくり出来るのが嬉しい……

引きこもりのユメコが、良く野宿に耐えたものである。


「ここには解放軍の主要メンバーしかいないから、

 情報が漏れることもない。安心してくつろげるよ」


部屋に荷物を置くと、リンさんが隠れ家の中を案内してくれた。

通りすがる解放軍の人たちと、親しげに挨拶を交わしている。

久しぶりに仲間と再会できて、リンさんも嬉しそうだ。

レイだけはバツが悪そうに気配を消そうと試みている。


「レイも皆に挨拶したらどうだい?

 あんたが抜けた事なんて、もう誰も気にしちゃいないよ」


「解放軍に戻る訳でもあるまいし、別にいいでしょ。

 どうせ用事が済んだらすぐに出ていくんだしさ」


「レイはこれから、どうするつもりなの?」


「ちょっと宮殿で調べたい事があってね。

 ついでにユメちゃんが宮中に潜り込める様に、

 ツテを当たってみるよ」


「ほんと?! ありがとう!」


やっぱりこういう時にレイは頼りになる……

いざ王都に辿り着いたものの、

潜入方法に関しては考えていなかった為、

ユメコはホッとした笑みを浮かべた。


「そんなにすぐは無理だけどね。

 まぁ、それまではゆっくりしてなよ」


「うん、お願いね!」


やっとツカサを助けられる算段が立ちそうだ。

どうかそれまで無事でいて欲しい……


ユメコには祈る事しか出来なかった。


「そうだ、ユメコに見せたい部屋がまだあるんだよ」


「見せたい部屋……??」


そう言いながらリンさんは、

私たちをある部屋に案内してくれた。

そしてリンさんが扉を開けた瞬間、

ユメコは珍しく可愛い声をあげる。


「わぁぁ!

 洋服がこんなにいっぱい……?!」


その部屋は、衣装部屋の様だった。

スカート・フリル・ワンピース・ドレス……

ユメコが現実世界では着た事がないような、

いかにも女の子という感じの可愛い服が、部屋いっぱいに溢れている。


「隠れ家の中では、別に何を着てても良いからね。

 逃げてきた子たちが少しでも癒されるように、

 服を色々と用意してるんだ」


「すっごい!

 さすがリンさん!」


「この部屋も、元はといえばレイが考えたんだよ」


「えぇぇぇえ?!」


「ちょっと、余計な情報まで付け加えないでくれる?」


レイがとても嫌そうに咎める視線を送ったが、

リンさんは気にする様子もない。

レイの扱いには慣れているのだろう。


「性別のせいで嫌な目に遭ったとしても、

 女の子たちが自分の性別を嫌いにならないようにってさ」


「へぇぇ、レイにもそんな発想があったんだね……」


「昔の事とはいえ、

 ユメちゃんにそう言われると妙に腹立たしいな」


「まぁ私にとっては、現在人さらいだからね」


昔のレイは勇者さまみたいだったとリンさんは言っていた。

なんだかんだ言って頼り甲斐があるし、リーダーだったというのも納得だ。

もしかして、性格も今とは違っていたのだろうか……?

一体どんな感じだったのか、少し見てみたい気もする。


「そんな事より、せっかくなんだから服を選んだら?

 馬子にも衣装な予感がするけど」


一言余計だが、ユメコは改めて部屋いっぱいの洋服たちに向き合った。

どの服も、私を選んでと言わんばかりの可愛さを纏っている。


フワフワもキラキラもドキドキもワクワクも……

全てが詰まっているこの空間で、1着を選ぶというのはとても難しい。


ユメコは悩みながらも、己の直感を信じて腕を伸ばした。

それはフリルがたくさん付いた、水色のロリータワンピースだ。


「お、なんだか意外なチョイスだね。

 そういうのが好きだとは思わなかったよ」


レイは意表を突かれたようだったが、ユメコには確信があった。


絶対にこれが最強に可愛い。

というかもう、コレしか有り得ない。

完璧だ……


だってユメコの瞼には、もう描かれている。


「オキタくん、これを着て!!!」


その言葉と共に、黄色いオキタくんが呼ばれた。

最初から黄色いオキタくんが現れた辺り、欲望に忠実だ。

赤かったらどうしようかとも思ったが、

やれば出来るもんだな、とユメコは謎の達成感を覚える。


「えっ?! ユメさま?!」


「オキタくんには絶対にこれが似合うと思うんだよね!!!」


ユメコはオタク特有の早口と共に、

もの凄い勢いでオキタくんにその服を押し付けた。

その瞳は、変質者丸出しの期待で輝いている。


「着替えたらフローラちゃんも呼ぶから!

 フローラちゃんがピンク〜って感じのナースメイド服でしょ?!

 だからオキタくんが水色のロリータワンピで隣に並んだら、

 ぜっっっっったいに可愛いと思うんだよね!!!!!」


「ユメちゃん、2人同時に読んでまた気絶する気……?

 鼻血でも出しながら倒れそうで怖いんだけど」


レイから冷静なツッコミが入る。

けれどこれで気を失うなら本望だとユメコは思った。


「そもそも、ユメちゃんの服を選びに来たんだよね?

 なんで表現の服を選ぶかな……」


「自分の服??」


そういえば、当初の目的をすっかり忘れていた。

ユメコだって、可愛い服を見るのが好きという乙女心はある。


けれど、せっかくなら自分で着るより、

可愛い子が可愛いお洋服を着ている姿が見たい……

自分の服と言われると、

ユメコは途端に選択肢を失ってしまった。


「う〜ん、どうしよう……」


着る服がないのも困るので、

目の前にある洋服たちをかき分ける様にして、

ユメコは自分でも着れそうな服を探し始めた。


現実世界の悲しい習性で、

黒くて地味な服にしようと手を伸ばす。

しかし……


「ユメさま、黒はダメ!!!」


無難な服を探しているのがオキタくんに速攻でバレてしまい、

物凄い迫力で指摘が入った。

あまりの勢いに、ユメコの肩がすくむ。


「ユメさまは黒も似合うけど、

 パーソナルカラー的に明るい色が良いと思うの」


幕末の人物に、洋服選びでダメ出しをされる現代人……

なんとも悲しいものである。

しかもパーソナルカラーとか言われてしまった。

本当に私の脳ミソは、新撰組をなんだと思っているのだろうか……


ユメコは自分の脳ミソを情けなく思ったが、

オキタくんにロリータ服を着せようとした事に関しては反省をしていない。


「ユメさまは素材がいいのに、いつも適当過ぎ!

 ヘアケアもスキンケアも、すぐいい加減にするから勿体ないよ」


「えぇ? だって、手間かけるのって面倒臭いよ……

 そこに時間を掛けるなら本を読んでたい……」


興味のないことに時間をかけるというのは難しい。

好きな事だけをしていたいと思うのは、ワガママだろうか。


「ほんと、そういうところが色気ゼロなんだよね」


「し、仕方ないでしょ!

 こう生まれちゃったんだから!」


レイにそう言われると腹が立ってくるので、

綺麗になって見返してやりたい気もする……

けれど頑張ったところで、

リンさんの様な美人になれるとは思えなかった。


「自分では分からないものなのかな……」


「わ?! なに?!?!」


女子力を問われ少しだけ凹んでいると、

突然視界が真っ白になったので、ユメコは軽い悲鳴を上げる。

何か柔らかいものが空から降ってきたのだ……


慌てて自分の視界を塞いでいるものを掴むと、

その正体は真っ白なワンピースだった。

シンプルだけれど着心地の良さそうな素材で、

ふんわりとしたラインが可愛らしい。


「特に着たい服がないなら、それにしなよ」


それだけ言い残すと、

服を投げてきた事への文句を言う間もなく、

レイは部屋を後にしてしまう。

その扉を恨めしげに眺めていたユメコを見て、

リンさんはクスクスと笑った。


「本当に素直じゃないねぇ、レイは。

 これが似合うと思うよって言えばいいのに」


「悔しいけど、ユメさまの素材を活かすベストセレクト……!!」


「そ、そうかなぁ?」


白いワンピースなんて、現実世界でも着た事がなかった。

すぐに汚しちゃいそうだし、

そもそもスカートってなんだか落ち着かないし、

いかにも女の子って感じがするし……

自分には無縁な服装だとユメコは思っていた。


けれど。


「……なら、これにしよっかな」


少しだけレイの顔を思い浮かべた後。


ユメコはその服をぎゅっと握りしめた。

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