第14話 アンソロジーな世界

あぁ、またこの夢だ……

深い眠りに落ちた時だけ、ここに辿り着ける。


けれど今までとは、どうも様子が違っていた。

今回の景色は、とても鮮明である。


「もう、どこに行っちゃったのかしら……」


女の子は宮殿の中にいた。

広い廊下を、女の子は足早に踏み進めていく。


その服装は、中国王朝の如き宮殿の外観に相応しかった。

唐装漢服みたいなものだろうか?

装飾が袖や裾の隅々まで施されていて、とても美しい。

女の子は、偉い身分なのだろうか……

とても綺麗なのに、後ろ姿しか見えないのが残念だ。


「ここにいたのね!」


目の前には、女の子と同じ様な服装をした男の人が佇んでいた。

装飾は豪華だけれど暗色で繕われており、知的な印象がある。

二十歳くらいだろうか? ユメコとそこまで離れていなさそうだ。


黒く艶やかな長髪に、切れ長な紫色の瞳……

まるでアゲハ蝶の様に美しい男性だった。

そしてこの人は、女の子の事が大好きなのだろう。

それは女の子を見つめる瞳だけで、すぐに分かった。


「今日は大切な儀式なのに、何をしてたの?」


「すまない。君の為に、どうしても花を贈りたくて……」


その手には、一輪の花が握られていた。

ほんのりと桃色に染まった、可愛らしい花である。

男の人は、その花を愛おしげに女の子の髪飾りに添えた。


「わぁ! 嬉しい、ありがとう!」


「御礼を言うのはこちらの方だよ。

 私がこうしていられるのは、君のお陰なんだから」


「ふふっ、そんなのお互い様でしょ?」


表情を見ずとも、声音だけで分かってしまった。

女の子も、この人を愛しているのである……

彼女はもう、ひとりぼっちではなかったのだ。


「私はいくらでも貴方の為に、物語を書くわ。

 その為にも、今日は頑張って読まないとね!」


「今日も聴かせてくれるかい?

 私は君の声が大好きだ」


2人は寄り添い、そして抱きしめ合った。

女の子にはちゃんと、一緒に本を読める相手が出来たんだ。

本当に良かった……


けれどユメコは、以前に夢で見た光景が頭から離れなかった。

双刀を握りしめ、馬にまたがる女の子。

苦しみながら、日記を綴っていた女の子。

そして最初に見た、本を読んで泣いていた女の子…… 


女の子には幸せになって欲しい。

ここまで彼女の物語を見てしまったのだから。


また目覚めが近い感覚がする……


ユメコは幸せな時間を眺めながら、

ゆっくりと自分の世界へ戻っていった。










「ん……」


「やっと起きた? 今回は随分と長かったから、心配したよ」


心地よい感触に包まれて目が覚めたので、ユメコはこのまま二度寝したくなった。

なんだか良い夢を見ていた気がするし、もう少しこの感触を味わっていたい……


そう思い寝返りを試みると、

無慈悲な手がユメコの上半身を無理やり抱き起こした。


鬼だ。鬼がいる……


「二度寝すると、頭痛の原因になるよ。

 大体、もう3日は寝込んでるっていうのに」


「え…… 3日?!」


驚きのあまり、ユメコは慌てて目を開けた。

時計を見ようとしたところで、この世界にそんなものは存在しない。

しかし習性で時計を探し周囲を見渡すと、

ユメコはさらに驚愕する事となった。


「なにこれ?!

 景色が、動いてる……?!?!」


「あ~~~!!!

 ハテナちゃん、やっと目が覚めたんだね☆

 心配したよ!」


元気な声がする方角を見ると、

フローラがこちらを振り返り満面の笑みを浮かべていた。

そしてその先には、メガネコの耳が見える。

そうか、これはメガネコの背中の上だったんだ……

それにしても、ものすごいスピードだ。


「良い気なものだよね、本当に。こっちはここ数日で見事な猫酔いだよ」


このスピードにしては揺れていない方だと思うものの、

それにしたって馬よりは振動が激しい……

猫酔いというのも頷ける。


メガネコは表現なのだから、

昼夜問わず眠らずに走り続けられるのだろう。

この速度なら何かに襲われる暇もなく駆け抜けてしまうし、

確かに移動手段としては最高だ。


どうやらメガネコは完全にフローラちゃんに懐いたようで、

ずっと手綱を握って移動をしてくれていたようである。

読んだ本人が爆睡してても健気に働いてくれるだなんて……

やっぱりフローラちゃんは天使だ。


「丁度もうすぐ、最後の関所だよ」


尻尾の方向には、リンさんがいた。

後方を見守っていてくれたのだろうか。

最後の関所ということは、もう宮殿まで間もなくなのだろう。


「寝てるだけで目的地に着くなんて羨ましいよ。

 感謝してよね、ユメちゃん」


レイは何もしてないじゃないか、

と非難の目を向ける為に声の方へと振り返る。

思わぬ至近距離で目が合った。鼻先が近い……!!


改めて自分の体勢を見てみると、ユメコはレイに抱き起こされていた。

寝ぼけていた意識が一気に覚め、慌てて身体を起こして距離を取る。


「うわ、なにその反応。警戒し過ぎじゃない?」


「そういう事は信頼のある人間が言うものでしょ!」


「これでも3日間ユメちゃんの枕を立派に務めあげたんだけど。

 傷つくなぁ〜」


「えぇ?!」


寝心地が良いと思っていたのは、レイの膝の上だったという事だろうか。

落下防止の為にメガネコには馬の鞍みたいなものが取り付けられていたが、

目覚めない人間を1人で転がしておくのは不安だったのだろう。

ずっと支えてくれていたのか。


「まぁ起きてくれてよかったよ、やっと膝が解放された」


「あ、ありがとう……」


「どういたしまして。

 そう素直に御礼を言われると、悪い気はしないね」


「レイの心配そうな顔、見せてやりたかったよ」


「何それ、リンの気のせいじゃない?

 まぁ確かに、死なれたら表現が消えて即オサラバなんだから、

 気が気じゃなかったのは確かだけど」


「はいはい、そうだね」


「ハテナちゃん! そろそろ跳ぶよ〜!!

 安全ベルトを締めて、バーをしっかりと握ってお待ち下さいっ☆」


なんだかアトラクションみたいな言い方で、フローラちゃんが説明をした。

その言葉にリンさんとレイは、テキパキと鞍にあるベルトを固定する。

ユメコもそれを見様見真似で付けてみた。まるでシートベルトみたいだ……

鞍の横には、握っておける金具も取り付けられている。


「ねぇ、この鞍っていったい誰が造ったの?」


「あぁ、これはヒジリの表現だよ。

 なんかブツクサつぶやいてたなぁ、本当に魔法みたいだよね」


「表現って、声に出すだけでオプションを付けたりも可能なの?!」


「力が強いと出来るみたいだね。

 決定的なものは無理だって言ってたけど」


なるほど……

確かにそんな簡単に生み出せるならば、

乗り物をはじめから表現すればいいだけだ。

メガネコという元の表現が具現化されていたからこそ、

鞍は簡単に付け足せたのだろう。

注釈みたいなものだろうか? そういう事も可能なんだな……


頭に留めておこうと考えていたユメコの脳が、突如盛大に揺れる。

メガネコの速度が、だんだんと加速してきたのだ。


「わっ?!」


「そろそろだね。

 ユメちゃん、覚悟しておきなよ」


まるで落とし穴にでも落とされたかのような感覚に陥り、

ユメコはぐっとおなかに力を込めた。

けれど下へと身を預ける覚悟を決めた次の瞬間には、

上から大きな手に掴まれたかの様にして世界が揺らぐ。

あまりの落差に、首がもげてしまいそうだ。

耐えるには全身の力が必要になり、

ただ座っているだけなのに体力を奪われる……


最後の、という事はこれを何度も繰り返してきたのだろうか?

これで起きなかったとは、どれだけ深く眠っていたのだろう。

この衝撃の中で、レイはずっと私を守り続けてくれたのか……


そんな事を考えている間にも徐々に衝撃は薄れていき、

突然ふわりと身体が軽くなるのを感じた。

浮遊感は心地好いものの、

この後また急降下すると思ったら気が気ではない。


ユメコは余計に怖くなると分かりつつも、

どの位の高さなのかが気になり、周囲の景色を見渡した。

そして空の高さよりも信じられない光景に、目を見張る。


「え?! なんなの? この国は……!!!」


異世界に来て随分と経つのに今更な気もするが、

ここまでは森や洞窟・古い建物など、

自分の想像する異世界からそこまで離れていなかった。

けれど改めて上空から俯瞰してみると、なんとも異様な世界である……


関所の壁があちこちに見えたが、その壁を一枚挟むごとに、

まるで世界のあり様が変わっていた。


私が見てきた中世ファンタジーの様な世界。

日本家屋のような屋敷が建ち並んでいる世界。

はたまたスチームパンクの様な世界……


世界の果てまでを見通すことは不可能だったが、

多種多様な世界が、一体どこまで広がっているのだろう。

こんなにも文明系統が様々な国たちが、

どうやって争いもなく統治されているのか。

これが全て、予言による予定調和の力だというのか……

ユメコは改めて、この力を恐ろしく感じた。


「ユメちゃん、あれが宮殿だよ」


レイの言葉に正気を取り戻し、ユメコはレイが指差す方向を見据える。

そこには思っていたようなファンタジーなお城ではなく、

中国王朝みたいな宮殿が建っていた。

この世界のどこかには西洋めいたお城もあるのだろうけれど、

王都の周りは宮殿に合わせた街並みに統一されているらしい。


関所を挟まない限り、どうやら世界観は混在されないようだ。

SFの様な凄い要塞が出て来なくて助かった……


ツカサはあの建物の中にいるのだろうか?

それにしてもあの建物、どこかで見た気がするのだけれど……


「アテンションプリっ!

 アテンションぷりっぷり! もうすぐ着地するよ~☆」


その声がユメコを思考の渦から引き戻す。


まずはツカサを助ける事だけ考えよう……

ユメコは改めて決意を固め、着地の衝撃へと備えた。

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