第11話 絶対存在
ヒジリさんの案内で予言者の谷を進むと、
まるで別世界のように爽やかな草原が広がっていた。
それは果てしなく、どこまでも続いている様に感じる。
ユメコの目には草原を駆け巡る女の子の姿が映ったが、
それは幻の様に一瞬で消え去ってしまった。
夢でも見たのだろうか……
「真実を映す洞窟は、この草原を超えた先にございます」
そう言いながらヒジリさんは、草原の遥か彼方を指し示す。
その指先を、レイは疑わしげな目で眺めていた。
「この草原、まったく終わりが見えないけど……
本当に洞窟なんてあるのかい?」
「貴方が信じてさえいれば、必ず辿り着けるでしょう。
ここから先は、一人で向かうしかありません」
「なるほど、リスクがあるのは承知の上ってことだね」
いつもの軽薄な笑みを浮かべるレイを、
リンさんは心配そうな目で見つめていた。
「本当に行くのかい? もし何かあったら……」
「それでも賭けるしかないさ」
そういうと、レイは迷わずに草原を突き進み始める。
その歩みからは強い意志が感じられて、
レイなら絶対に辿り着けるんだろうな、とユメコは思った。
リンさんは悲しげな眼差しで、レイの背中を見送っている。
「一体いつまで、ルイに縛られているんだろう……」
「前にも聞きましたけど、ルイさんって?」
「レイの恋人だよ。
前の解放戦争で、レイの事を庇って死んだんだ」
「あ……」
やっと分かった。
それが悲しみの色をした正体。涙の響き。
レイの諦めの表情も、冷たい瞳も。ようやく理解できた。
取り返しのつかないものを、失ってしまったんだ……
「ルイを殺したのは、女だったらしい。
顔は良く見えなかったらしいけどね。
信じられるかい?
女人狩りに女がいるなんてさ、虫唾が走るよ」
リンさんがそう毒づくのも無理はないだろう。ユメコだって同じ気持ちだ。
女というだけでさらわれたり殺されたりなんて、
同性ならば一番許せないはずである。
一体どんな理由があって、軍に加わっていたんだろうか……
「レイはその女を見つける為に、左眼を犠牲にして魔物と契約までした。
解放軍の仲間も捨てて、この広い世界をずっと彷徨って。すごい執念だよ……」
よっぽどルイさんの事が好きだったんだろうな、と思うと、
ユメコの心はチクリと痛んだ。
ユメコはまだ、大切な人の死というものを経験したことがない。
それはどれだけ辛い事なのだろう……
「そういう事情だったのですね。
ユメコさんを差し置いてでも自分が向かうというから、
訳ありとは思っておりましたが」
「ユメコにはレイが迷惑ばっかりかけてごめんね。
ユメコだって、洞窟で表現について早く確かめたいだろうに」
「そういえば、結局この力はどういうものなんですか……?」
何故かレイのついでみたいになってしまっていたが、
そもそもの目的は、この力について知る為だったのだ。
ユメコはようやく本題に戻る事が出来た。
「表現力とは、全てを生み出す源。無限の可能性。
その場を支配する力を持つものです」
「その場を、支配……?」
「場というものには、必ず支配者が存在します。
絶対存在と申しましょうか。世界の中心になるものです。
その最上位は当然ながら神ですが、
我々もその中で、数多の世界を築き上げています」
それは現実世界から来たユメコにも、なんとなく理解できた。
家族、クラス、学校、社会……
必ず誰かしらが最終決定権を持っている。
「それは確固たる自分があればこその力。
なので真実を映す洞窟で自分自身と向き合うことによって、
その力は本領を発揮するのです」
「表現力に、自分自身が必要なんですか?」
「自分がない人間に、アイデンティティは生み出せませんからね。
それはリアルには決してならない。
自信のない人間がどんなに信じ込もうとしても、それはただの願望と化してしまう」
「それなら、私だって力を発揮できる訳ありません……」
ユメコは別に、自分に自信なんて持っていなかった。
本は大好きだけど、自分の事が好きかと言われたら話は別だ。
確かに、妄想は私の特技かもしれない。
けれどそれは、誰かの書いた本があってこそだ。
凄いのは書いた人であって、私自身の力ではない……
「そう。だから今の力は、不完全といえますね」
「不完全……?」
「貴方は現状、人の書いた本を使ってしか表現をする事ができない。
けれど本来の力を身に着ければ、自分で書くことが出来る様になるはずです」
「そういえば、ツカサ……
ここを教えてくれた司書について一度だけ、書いたことがあります。
その時はなぜか、それが本当になってしまって……
その後、レイに対して文章を書いても効かなかったんですけど」
「ふむ、それは不思議ですね……
その方が司書だという事が、影響しているのでしょうか。
きっと言葉の影響を受けやすい方だったのでしょうね」
確かに、何でもすんなり信じちゃうタイプだったしな。
異世界転移なんて、簡単に信じちゃって。
ツカサ、今頃どうしてるかな……
「あの、実はその司書とはぐれてしまって。
レイがいうには、女人狩りに連れていかれたんだろうって話なんですけど。
ツカサの居場所も、その真実を映す洞窟で見る事ができますか?」
「真実を映す洞窟は、その人の心を映し出し、その先の真実を照らします。
貴方が本当にその方と再会したいと願っているのなら、
きっと手がかりを得る事が出来るでしょう」
「良かった! じゃあ、レイが戻ってきたら早速……」
「……」
そういった時、ちょうどレイは戻ってきた。
想像よりも早かったので、
辿り着けずに戻ってきたのではないかと一瞬心配したが、
その表情を見れば一目瞭然であった。
レイは何かを見たのだろう。
「早かったね。手がかりは掴めたの?」
「あぁ…… いや、どうなんだろうね。
ヒジリ、あの洞窟は本当に真実だけを映すのかい……?」
「当然ですよ。あの洞窟は、それ以外のものを映す事が出来ません」
「そうか……」
腑に落ちないというレイの表情も気になったが、
今は早くツカサの安否が知りたい。
私を助けたせいで酷い目に遭っているなら、
今度は私が助けに行く番だとユメコは思った。
「じゃあ私も、洞窟に行ってくるね!」
「あ、ユメちゃん……!!」
草原へ歩き出そうとしたユメコの手を、レイが掴む。
その手はまるで縋るかのようにも感じて、ユメコは驚いた。
振り返ってみると、レイの眼差しには迷いが生じている。
一体どうしたのだろうか……
でも以前より少しだけ、その瞳の冷たさが溶けた気がする。
それが嬉しくて、ユメコはやっぱりまた笑ってしまった。
「だから、なんで笑うの…… それ、やめてって言ったよね」
「ごめんごめん! 行ってくるね!」
「ん…… 気を付けて」
レイがそんな事を言うなんて、もしかしたら本当に波乱万丈かもしれない。
雨か槍が降るかもしれないな、とユメコは気を引き締めた。
真実を映す洞窟なんて言われると緊張するが、
いざとなればオキタくんとフローラちゃんもいる。
ユメコは自分を奮い立たせて、洞窟へと歩いていった。
その後ろ姿を、切なさを孕んだ眼差しが追いかけている……
レイの右目が、ユメコの事を見つめていた。
「ふふっ、随分と離れがたかったみたいじゃないかい」
「からかうなよ、そんなんじゃない。
ただ…… ルイもあの時、最期に振り向いて笑ったから」
「レイ……」
「僕は、人が向けてくる笑顔が怖い。それだけだ」
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