第10話 予言者の谷

解放軍の基地を出発して3日。

何事もなく予言者の谷へと辿り着いてしまい、

ユメコは拍子抜けをしていた。


しかし今思えば、異世界に着地早々

全力ダッシュしたのが理不尽だったのである。


ユメコは予言者の谷を目前にして、

これまでの旅路にしみじみと思いを馳せた。


女というだけで、ハードモードだったな……



「ユメコが言ってた場所はここなんだけど。

 やっぱり、入り口なんて見当たらないね」


ここまでの道中、小さなモンスターには襲われたものの、

リンさんとレイのお陰でサクサクと進む事が出来た。


レイが弓を使うのは知っていたが、

リンさんも薙刀を使えるとは予想外である。


美人で優しくて、その上強いだなんて。

こういう大人の女性になりたい。胸も含めてどうか何卒……


ユメコは神様に向かって無い物ねだりをした。


「これが予言者しか入れないっていう意味なんじゃないかな?

 ユメちゃん、試しに表現を使ってみてよ」


「表現かぁ……」


そうなると、オキタくんかフローラちゃんを呼ぶしかない。


オキタくんは赤かった場合の惨状を考えると、

ロシアンルーレットみたいで危険な気がした。

とはいえフローラちゃんを読んだとて、

萌えで入り口をどうこう出来るのだろうか……


改めて考えると、まともな人物がいない。

つまりそれは、ユメコの頭がおかしいという事である。

ユメコは自分の脳みそが情けなくなった。


「表現を使う事に意味があるのかもしれないし、

 とりあえずフローラちゃんを読んでみるしかないよね……」


ユメコは意を決して携帯を握りしめると、

瞼の裏にフローラちゃんを思い描いていく。

なんとなく、表現の方法は分かってきた。


言葉を連ねて、束ねて、形にする……


文字だって沢山重ねれば、2次元から3次元になるのだ。

膨大な設定や解釈が、彼女をリアルな姿に変えていく。

そして、すべての言葉が歯車のように噛み合った瞬間。


完成しましたといわんばかりに、

眩しい光が祝福を与えるのだ。


ハッピー・バースデー、と……


「ハイハイ! ハーーイ!!!

 白衣の天使・フローラちゃんだよっ♪」


「すごい、本当に表現を自在に扱えるなんて!」


「ユメちゃんの力は本物だね。

 これなら予言者の谷に入れるかもしれないよ」


「ねぇねぇねぇ!

 誰かケガしてるのかな?

 お注射? 手術?? 一本縫っとく???」


「……本当に能力は凄いんだけどさ。まともな人間は出せない訳?」


しらけた目線がレイから飛んできても、さすがにこれは返す言葉がない。


「フローラちゃん、ケガにしか興味ないの!

 萌え萌え目的で呼ぶのはブッブーだよ??」


「ごめんね、フローラちゃん。

 ケガはしてないんだけど、ちょっと困ってて……」


「ハテナちゃんが困ってるなら、頑張っちゃおうかな?

 どーすればいーの??」


大きなツインテがピコピコと揺れる。可愛い。心の傷が癒される。

正直言って、萌え萌え目的だけでも読みたい。


「あのね、ここが予言者の谷への入り口らしいんだけど……

 どこから入ればいいか、分からないかな?」


「入り口はココなんでしょ?

 なら、ココじゃない??」


相変わらず雑な子だ。しかし、ごもっともである。

場所じゃなくて、入り方に問題があるんだろうか……


「いれてーーー!!!

 って大声で叫べば、いれてくれるんじゃないかな?

 いーーーれてーーーー!!!!!」


反応はない。もしかしたら、と思ったけれども、そんな筈はなかった。


「いれてよー!

 あーけーーてーーー!!

 ひーーらーーーけーーーー!!!」


「どんどん言葉遣いが悪くなってきてる。

 さすがはユメちゃんの表現……」


「どういう意味よそれ!!」


「あんまり騒ぐと、またモンスターや人売りに見つかるよ。

 方法を考える為に、一度出直した方がいいかもしれないね」


確かに、ここまで言ってもダメなら無駄な気がする。

ひらけと言って開いたら、苦労はいらない。


「ん……? ひらけ……??」


そう。開けと言ったところで開かない。


なら、書けばいいんじゃないだろうか?

それこそが予言者の力だった筈だ……


ユメコは近くにあった石を拾い、

谷の壁に向かってガリガリと大きく傷をつけていった。

リンさんとレイには、ユメコが何をしているのかサッパリ分からない。

二人には日本語が読めないからだ。


そこには堂々とした文字で、

「ひらけゴマ」と書かれていた。

相変わらず、字は汚い……


ユメコが満足げに、その文字を書き終えた瞬間。


表現をする時と同じ輝きが、岩壁から放たれる。

これこそが表現の力。書いた事を現実にする力だ……


「昔っから、扉を開けるには

 ひらけゴマって決まってるのよね!」


力を使える人間しか入れないというのは、こういう事なのだろう。

溢れる光で決壊するかの様に、谷の岩壁が左右に割れ、そこに道が現れた。

そのまま警戒せずに意気揚々と進もうとするユメコを、慌ててレイの手が制す。


「レイ、どうしたの?」


「ユメちゃんはもう少し、

 警戒心というものを持った方がいいよ」


私の事を一番騙しそうな人間に言われてしまった……

不服ながらも前方を注視すると、開いた扉の先に人影が見える。

リンさんは既にしっかりと武器を構えていた。


確かに、警戒していなかったのはユメコだけのようだ。

お恥ずかしい……


やがて周囲を照らしていた光が薄れ、

人影の表情が見て取れるようになった。


リンさんは暫くその姿を見定めていたが、

やがてゆっくりと武器を下ろして緊張を解く。

レイもひと心地ついたようだった。


そこには敵意など一切なく、

ただただ清らかな人が佇んでいる。


「いらっしゃい、予言者の谷へ。私が予言者の、ヒジリと申します」


聖なる…… から来ているのだろう。

純白のローブに、流れるような水色のロングヘア。

ファンタジー小説に出てくる、聖人そのままの姿だ。


これでようやく話を進められるぞ、とユメコは安心した。

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