第12話 助けたい

ユメコがひたすら真っ直ぐに歩いていくと、

確かに草原の終わりが見えてきた。

あんなに果てしなく広がっている様に見えたのに、

実際歩いてみるとあっけないものだ。


「これ、辿り着かない方が難しいんじゃない?

 警戒して損したな……」


ユメコは前だけを見て進んでいたので、

周囲の茂みに転がっている骸には気付かなかった。

許された人間だけが、然るべくして辿り着く場所なのである。


「さて、中はどうなってるのかな?」


久々の独り言タイムだ。捗る……


とはいえ心細いので誰か読んでみようかと思ったものの、

いざという時に気を失っては元も子もない。

何か起きるまでは1人で頑張ろうと決意し、

ユメコは洞窟へと足を踏み入れた。


その中は、暗いのに何故か明るい不思議な場所だった。

まるで都会の夜みたいだ。

念の為にと灯りを持ってきたけれど、

不要だったと分かりホッとする。


「すみませ~ん…… 誰かいますか~?」


そもそもどういう仕組みで真実が映るんだろうか。

肝心な事を何も聞いていなかった。

勝手に上映開始されたりするのかな? 

係員の人か説明書が欲しい。


「とりあえず、行けるとこまで行ってみるしかないよね……」


ユメコはひたすら前に進む事しか出来なかった。

明るかった道は、だんだんと闇が深くなっていくように思える。


やはり灯りをつけようか…… そう思った矢先。

目の前から強い光を感じて、ユメコは眉をしかめた。

これは表現を使う時に放たれる、あの光だ。


「なんだろう、あれ……」


その光の元を辿ると、そこには一冊の本が置かれていた。

まるで百科事典のように大きくて分厚い。

そこには世界の全てが書かれているのではないかと思える程だ。


「まさか真実は自分で調べろっていうセルフサービスなオチ?

 どうしよう、この国の言葉なんて読めないよ……」


必要スキルがググるなんてレベルじゃない。

ユメコは大きく肩を落とした。

まさかネイティブじゃない事がこんな悲劇を生もうとは……

どうしよう、詰んだ。進行不能である。


「ツカサに教わったレベルでも、なんとか少しは読めたりしないかな」


どうしてもツカサを助けたい……

その想いから、ユメコは意を決して本へと手を伸ばす。


本の輝きは近付く程に段々と増していき、

触れた時にはユメコの身体を強い光が包み込んでいた。

あまりの眩さで、視界が真っ白に閉ざされる。


しばらくすると光が僅かながらも落ち着いて、

辺りを見渡せる様になったのだが……


「わぁああぁっ?!?!」


ユメコはすぐに間抜けな悲鳴をあげる事となった。


いつの間にか目の前に、女の子の影がある。


どうやら女の子の背後から強い光が降り注いでいるらしく、

逆光のせいで顔は良く見えなかった。


「一体だれなの?!」


「あなたはまだ、それを知ることが出来ない……

 まだ、足りていない」


「足りてないって、どういう事? 一体なにが?」


「彼に、会いに行って……」


「彼ってだれ? ツカサの事? ツカサは今どこにいるの……?!」


「宮殿の後ろ。宮殿に行って、彼に会うの。そしたら、分かるわ」


「分かるって何が? 私は別に、ツカサの行き先以外に知りたいことなんて……」


「嘘つき」


女の子の表情を捉える事は出来ないのに、

睨まれたという確信だけが身体中を駆け巡り、ユメコはぞっとした。

動く事すらも許されない程の威圧感に、背筋が凍る。


「もう逃げないで。自分が何者なのか知って。きちんと役目を果たしなさい」


「役目……」


私はただの女子高生だ。しかも根暗の。

妄想癖で。いつもひとりぼっちな。

そんな私に、何の役目があるというのか……

出来る事なら、本を読んでずっと引き篭っていたいのに。

どうして私が、異世界転移なんてしてしまったのだろう。


「またここに、戻ってきなさい」


その言葉と共に光はだんだんと強くなり、

視界が再び真っ白にさらわれていく……


ユメコは粘り強く女の子を視界に捉えようとしたものの、

本能には抗えず、瞼を閉じてしまった。


次に開いた時にはもう、

女の子の姿も、光り輝く本も見当たらない。


仄暗い洞窟の中に、ユメコがただ立ち尽くすのみであった……








ユメコが戻ると、3人は呑気にくつろいでお茶をしていた。

しかも、おいしそうなお茶菓子付きである。

それを見たユメコは、なんだかどっと疲れてしまった。


「お疲れ様でした。ユメコさんの分も、今お茶を淹れますね」


ヒジリさんの優しい笑顔に癒される……


この世界に来てからというものの、馬鹿と性悪と人売り、

加えてオキタくんのキメラしか見ておらず、

異世界初のマトモな男性に、ユメコは感動すら覚えた。

もう少しで男性不信になるところである。


「で、彼の行き先は分かったのかい?」


「うん。宮殿のうしろ…… だって」


宮殿の後ろって、大雑把だなぁとユメコは不思議がりながらも答えた。

宮殿というからには、相当後ろの範囲は広いに違いない。


「それ、後宮の事じゃない? 入内したのか」


「へ? 後宮って、女の人がいる場所じゃないの……?」


この言葉で異世界変換されているという事は、

意味としては間違っていないはずである。

けれど男のツカサが何故入内するのか、

ユメコにはまったく分からなかった。


「ユメちゃんは本当に何も知らないんだね。

 異世界から来たっていうのも、納得かな」


「あ、やっと信じてくれたんだ」


「ヒジリから聞いたら流石にね」


私の事は馬鹿にした目で見下したくせに……

ユメコは少し腹が立ったものの、ツカサの件が気になったので怒りを鎮めた。


「それで、入内ってどういう事?」


「この国の後宮は、エビルの女がいる訳じゃない。

 女人狩りなんてしてたら、当然だけど人口が減ってしまうだろ?

 人口を増やす為に捕らえられてる、女たちの監獄みたいなものだよ」


想像以上にエグかった……

女人狩りなんてワードセンスも、きっと私の脳ミソが悪い訳じゃない。

そう思うと、ユメコは少しだけ自分の語彙力に安心した。


「当然そこに、男手もいるって話なんだよね。

 誰でもっていう訳じゃなく、優秀な遺伝子を残す為に選定があるけど」


「優秀……?」


あの脳筋司書が???

助けるべき恩人に対する失礼な疑問符が脳裏をかすめたが、

その姿を思い返して、ユメコは確信する。

おそらく、顔だ。


「君の彼氏、顔は良かったからね。それじゃないかな?」


「だから彼氏じゃないって!!」


「……本当に?」


「本当だよ! ツカサは助けてくれた恩人なの」


「そっか。彼氏じゃないなら良かった」


「え? それってどういう……」


「つまりはこのまま行くと、そのツカサくんとやらは後宮で、

 ドキドキハーレム状態になるってことだからね。

 この世界でなりたい職業ナンバー1ってやつだよ」


それ、助ける必要があるのかな? 

絶対に助けなければというユメコの決意は、若干揺らいだ。

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