箱の中身

名も知れぬ 誰から貰ったオルゴール

鍵がかかっていないのに 開けることができずにいる

何が入っているのか

分かりきっている筈なのに

私はまだ開けようとしない



夜になって 私は夢を見る

そこは私の部屋じゃない

けれど 懐かしい感じがするのだ

何もないといえば嘘になる

乾いた けれど心地良い音が確かに聞こえるから



私の目の前にある椅子

真新しくもなく 古くもない

けれど 温かみがあるような

そんな気がした




棚に飾られた写真立てには

誰だかわからない人が写っていて

その中に私はいない

古いその写真は色褪せていた

それでも 写真の中の人たちは確かに微笑みをたたえていた ただ一人を除いて



その人の顔は どこか寂しそうで

たった一人でこの世にいるかのようだ

何故だろう みんな楽しそうなのに



(時計の螺子は知らぬ間に解けていく)

(あなたは知らない)

(あなたは見てしまった)

(あなただけが知るべきこと)



この部屋で何があったのか

私は知らない

ベッドの脇にある 古いチェストの上にある

小さな箱

その中には何があるのだろう




開けようか

開けないでおこうか

開けてしまおうか

それとも……




(知らない方がいいこともある)

(触れない方がいいこともある)

(掛け金に手を触れたら最後)

(あなたは………)




箱の中には

心地良い音楽が在った

螺子を廻すと

ゆっくり優しく解けていって

私の耳を擽った

歌詞も何もわからないその曲を

聴いているだけで

涙が溢れてくる




色鮮やかな記憶が蘇る

傍にいたあなたのことを

一緒にいるだけで

温かいものが満たされていった

あの時のこと

何も持たない私を

抱きしめてくれたあの優しい手




あなたは私をひとり残して

遠くへ行ってしまった

手を伸ばそうとしても

届かないところへ

花の香りに包まれたあなた

それが私が見た最期のあなただった




出来ることなら私も連れて行って欲しかった

一緒に溶けて消えてなくなりたかった

何故 私だけを

どうして 私なの




(箱を開けてしまったね)

(これからどうなっても知らないよ)

(あなたはきっと……)




目が覚めた時間

朝になっていた

夢から覚めてしまった




傍にある箱を開けてみた

オルゴールの螺子を巻いて

私の目からは雫がこぼれ落ちた




(叶うことならいつまでも一緒にいたかった)

(あなたと一緒にいられるなら 私はどんな痛みでも受け入れられた)




オルゴールは私の涙をよそに

心地良い音色を鳴らし続けている

私はその中で夢想する

春の日差しに包まれたあなたと

花畑でピクニックをしている

そんな夢を描いていた




(お前は知らないだろうな)

(私の中に眠る真実を)

(私がどれほど醜いのかを)

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