追憶のピースⅠ

毎日のように 食卓には色とりどりの料理が並べられていた 沢山の 食べきれない量のそれは 温かな灯の許で とても耀いている 

使用人たちが 椅子が二つだけの食堂を 行ったり来たり まるで絡繰り人形のようで 可笑しさすら感じられた まだ私が十歳の誕生日を迎える前のこと こんな空っぽな幸せがいつまでも続くと思っていたけれど

もうあの頃には戻れない


いつも何かに飢えていたような気がする

それが何だったのかはもう忘れてしまった

未だに信じられないのだ 私が愛されていること

誰も彼もが 私を見て戦慄し 畏れ 終いには牢へ閉じ込めた これは夢だと今でも思っている

それでも私は 漸く独りではなくなったのだろうか


何度殺めても飽き足りることはなかった

夥しい数の生命を 自分の糧にしてもまだ足りない

途方もない数の血肉を手にしたとしても 己は飢え続けるのだろう

その身が朽ちる時まで 己が満たされることなど訪れることはないのだ

それなのに何故……



貴女の心臓に樒の毒を

両の眼には曼珠沙華

腕は蕁麻で縛り付け

虚ろなる銀の髪は灯の焔で揺らめいて

白い手は私の頬に触れ 慈母のように優しく撫でる

聖母たる貴女が深淵へと身をやつし 鎖に繋がれてから 時計の針はどれくらい廻ったことだろう

貴女の笑みにどれほど助けられたのか

傷ついた羽根は戻らずに 貴女は毒の中で溺れ死ぬのだろう それが幸せだというのなら 私は貴女に抱かれて堕ちてゆこう

もうこの命すら 貴女に捧げてしまったから

内臓が潰されようが この身が捏ねられようが構わないのだ


さあ 主たる貴女に至高で甘美な毒を捧げよう

私だけの眠り姫に「おやすみ」を



あなたの嘆きこそが我が悦び

傷つき喚く度 この想いが蘇り

昏い瞳は私の糧となる

蜜のように甘く 透き通ったその嘆き

際限なく魅せて欲しい

そして啼き声を 聴かせて欲しい


更には紅を 花弁を

私の願いは未だ尽きることなく此処にある



どうしたら赦されるだろうか 己の罪は

その剣で幾匹と 羊の首を刎ねようと

椿の紅は消えることなく

花を供えたところで枷が外れることはなく

鴉が喰らった羊達の為に 私は祈りを捧ぐ


鴉はかつて虫達を啄んだ

何者をも呑み込む黒い翼を以って

私は彼の為に剣を振るう

もしも貴方になれるなら

どうか 鋏で鎖を絶って欲しい


何故貴女が剣を振るう?

翼を持つ者は独りでいい

叶うならば 姫君に跪き 盾となってみせよう

紅の路を共に歩もうか

貴女の罪に終止符が打たれるその時まで

羊共に貴女の身を喰らわせてなるものか

その紅の瞳に相応しいのは


鴉よ 貴方の罪を憶えているだろうか

喰らった生命は数知れず

紅と共に呑み込んで

罪の爪痕を清め終えたその時に

魂は天へと還るだろう

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