ある魔女の追憶

砕けた硝子片は わたしの幸せの象徴だった



地に跪き 月が耀く夜に祈りを捧ぐ

わたしの命が星になる時

誰がわたしの棺を見送るだろうか

哀しみの旋律は 今日もわたしの耳を擽って

わたしは音に包まれ眠りにつく




妄想に塗れた十字架 虚飾の盃 美醜の象徴

教会の荘厳さは失われ 砕けた窓から冷たい風が



声が聞こえる 虚ろな声が

耳を塞いでいても心の内に

誰かの嘆きを聞いてしまった

誰かの憎悪を 嫉妬を 妄執を

我欲の淵から腕が生え

黒く底なしの穴の中

わたしを掴もうと足掻いたの




揺らめく焔は細く鈍く ランプの中で熾っている

禍々しくも美しい 破滅へ導く宝石のようで

ぼうっと見つめているだけで

あの日の時間へ誘いてくれる



誰もが忘れかけてる追憶の園

誘いてくれるあの城へ

わたしは自然と足が向き

紫の灯を携えて 雲ひとつない月の夜

蔦の絡まる城へ行く

迷い猫を装って




光る茸が群れを成し 遠くで鐘の音が響く

蕾をつけた花たちは眠り

獣道には大きく無骨な足跡が

狩人の足跡辿り

わたしは静寂に支配された庭園へ




眠りの姫が支配する 御伽話のお城には

綺麗な鏡が沢山あって 影の姿が見えてくる

月明かりに照らされて蠢く影は

紅黒く錆びた臭いに囚われる



尚も城を探索すると 小さな階段を見つけた

灯を携え進んでいった 戻ることはもうできない

まるで零落を象徴するかのような

その螺旋の先には一つの扉が現れた




紅い扉にいくつもの扉の向こう 暗闇の中で蠢くは

主を喪い彷徨う人形達

サーカスかグランギニョルを思わせる見世物のようにして 虚ろな眼をして踊ってる




大きな扉を開いた先の 部屋の中には壊れた人形達

吊るされた人形が 何かのショーを思わせる

そんな風に飾られて それでも妖しい彼女達

想いを口にすることなく 月の光を浴びつつも

わたしに襲いかかってくるの




か細い腕を払い除け 甘美な幻を見せる

彼女達は尚も立ち上がり

首を切り 漸く静かな眠りについた



儚く散り行く人形達 わたしは只々泣いていた

割れた欠片を踏みしめながら

無慈悲な刃を振り翳す

遠い異国のギロチンみたいに




刃は紅く煌めいて

わたしは嗚咽とともに人形達を抱きしめて



人形達は泣いていた

届かぬ声を天に捧げて泣いていた

生まれたままの身体を晒し

乱暴にもがれた細い四肢

刃で髪を切りつつも 嘆きが止まることはない

人形達は 虚な眼でわたしに語りかけてくる

「泣かないで」と




再び灯を片手に進むとそこには

もう生まれることなき人形達

一際大きなその手に触れると

ヒトの生温かさを覚える




ガラスケースの中に収められた

小さな人形達は

わたしの方を向くことはない

中には各々の物語

構う暇なんてないのだから







わたしが出会った貴女は人形で

この古城の姫にして 人形達の母

憂いを帯びたその眼でどうかわたしを……







振り子時計の鐘の音は

わたしの身体も心も

人形へと変えていく

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