ある闇医者の手記
この世で何より脆く儚いもの
それはガラス瓶や鏡などではなく
君の美貌なのかも知れない
君の存在を知ったのはいつだったか
作りものの美しい顔を私に向けてきたあの日
私とは違う 憂いを秘めた鴉のような色のドレスを着ていたね
御伽話の魔女かセピア色の写真の中の貴婦人を思わせるそれは 見てくればかりが美しくとうの昔に枯れ切った現世を象徴するようで 荒廃した雲ひとつない夜空の中 一輪の百合が咲いていた
黒く透き通ったヴェールを被った君は 花嫁のように見えるが その瞳は憂いを秘めている
小さな秋桜のような薄紅色の瞳は ガラス玉のように潤んでいて その奥には虚な焔が揺らめいている
満月の夜 君は月に祈りを捧げていたね
清らかな天使を描いたステンドグラスの真ん中で
燭台の灯りすらも点けずに 月明かりの中
ほのぼのと温かな光を拒んでいるかのようにして
祈祷が終わると 冷たい部屋に戻っていった
秘密の花園に ブランコはなく
東屋の柱も 偶像達も残らず風化してしまった
野荊が絡みつき 小さなベンチで囀る君は
哀しい唄を聴かせてくれた
誰に語るでもない物語を
古ぼけた小さなオルゴールの優しいメロディにのせて 傍にいる小さな動物へ
得体の知れない動物は笑顔を見せて 君は少しだけ顔を綻ばせた
未だ帰ってくることのない主を待ち続け
君は明日もまた すすり泣くように唄うのだろう
夜空に紛れるよう 黒いドレスとヴェールを纏って
君と主の思い出は ホールの柱時計だけが知っている
セピア色の色褪せた写真の中にいる 華やかなドレスを纏った君は 幸せだったのか
その笑顔はどこか虚でも
間違いなく幸せはそこに在った
薄明の空に響く 切ないピアノの調べ
君はあの日からずっと戻ることはなかったのだ
過ぎ去った栄華も 幸せも 何もかもを失ったあの時のまま 幸せな思い出にしがみつきながら
君は人形のように生きている
螺子を廻す人が誰もいないとしても
涙を流せない身体になったのだとしても
君を求める者は確かにいるのだから
空っぽの城の中
君は一人人形と戯れる
何処も映していないその虚の瞳を
君は愛おしいと思うのか
ヒトの姿を真似たその儚い身体に
君は安らぎを覚えるのか
何故君は人形を友とする
ああそうか 君の瞳はガラス玉
君の身体は滑らかで 白くとろける陶磁器だった
その美しい白銀の髪でさえ
作りものなのだとすれば
「本物」はどこにある?
私をその眼に映すことがないのなら
君は何を見ているのだろう
錆びつきながらまだ生きている時計の音も
大理石の床を叩く乾いた靴音も
小鳥の囀りでさえも
遠い昔に眠った君の心を溶かすには
未だ届かない
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