ある女城主の回想

夜の街 雨で染まりゆく街並みを見ていた

霧雨が雪のように降り積もり

私の視界は白くなる

鏡の中からずっと見ていた あなたのことを

姿亡き後も 私は見守り続けていた



悠久の図書館で沢山の本を読み耽り

万年筆で物語を紡ぎながらも

私は一人きりで過ごしていた

ワルツを踊る相手もいないし

ピアノを奏でる者もいないから

あの煌びやかで懐かしい時代に想いを馳せながら

時告げの鐘に全てを委ねる



あれほどけたたましく鳴っていた鐘の音は

とうの昔に消え去って 螺子を巻く者も今はいない

昔に起きた惨劇は人を残らず消し去って

城は荒れ果て私は独り

美しい花たちが咲き誇る庭も

井戸の水も噴水も全て枯れ果て

見る影もない



賑やかだったあの頃は何処へ?

私はまた彷徨い続ける



庭に咲くジギタリスの花

私が生まれた日に植えられたと

母から遠い昔に聞かされた

美しい花の園 私は日が暮れるまで

遊んでいたけれど

庭のブランコもテーブルも

ベンチでさえも錆びて朽ち

偶像たちも残らず失った

門には蔦が絡みつき

荊姫の城のよう

外から見れば荘厳だけど

中を見ればがらんどう



私は死を恐れ死ぬことが出来ずにいた

ありとあらゆる邪道に手を染めて

少しでも美しく在ろうと思い

魔法や錬金術を学んでも

死期は確実に私を蝕んで

死の影から逃れようとした私は

自分を模した人形に魔法をかけた

在りし日の美しかった私のまま生きられるように

そうすることで死だけは免れたから

けれど孤独からは逃げられず

私は空っぽの城で独りぼっち

 


目覚めた時には冷たい部屋 誰もいない筈なのに

あなたの声が聞こえてくる

あなたは私にゆっくり近づいて小さな身体で腕にしがみついてきた

私の魂を封じ込めた人形に

構わず懐いてくるあなた

あなたが来てから私の心に再び火が灯った





鏡を見ても私は美しいと思えない

鏡の中にいる私 作りものめいた笑顔を浮かべながら 暗闇の中 虚しい眼をして見つめてる




格子窓から覗く月 私を照らしてはくれず

あの時の美しささえもう届かない

求めるものは遥か遠く

光砂の中に埋もれゆく



止まった時は動いていた

私だけを置いて もう鐘は鳴らずとも

未だ歯車は廻ってる

螺子を回す人はおらずとも

掠れた墓石が全てを語る




空っぽの城には別の人が住んでいた

まるで影のように虚で黒い人たち

私のことが見えていないのか

ランプの光を見るなり逃げる

私はまた独りなのか?




惨劇の爪痕は綺麗に片付けられていて

元の美しい城に戻っていた

けれど誰一人として私を知る者はいない



だからあなただけでも覚えておいて

私がいたことを

この城でかつて惨劇があったことを

ステンドグラスの前であなたに

語って聞かせたあの日の夜




月に祈りを捧げ

私は久遠の眠りについた



後に残ったのは一体何?

私は何の為に永らえたというの?

あなたにはきっと分からない

私ですら忘れてしまったのだから




虚飾 強欲 傲慢

私の行いは罪だったのでしょうか?

縋る神などもういないのに

私はあなたに問いかけた

たったの一つ 些細な問いを

あなたは答えない それでいいの

全て終わったことだから




全てのものは流転していくと

とうに分かりきっていた筈なのに

それでも抗い続けた

いつまでも無垢なまま

美しく在りたかったから



美しく在り続ければ私を愛してくれると

信じていたから

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