×××××

失う度に泣いた 死の影を取り払おうと 己に迫ってくる影を忘れ去ろうとしていた だから気づかなかった 脚が千切れた時に振り向いたら その時が最期だったことに 何故守れなかったのだろう 目を閉じて後悔を噛み締める 漸く解った 己がしていたのは只の偽善だということを そんな己に酔いしれていたということを 血を流し 力無く微笑む己の目からは止めどなく涙が零れていく 事切れる間際 己の口から紡がれた言葉は何だったのか 今はもうそれすら分からない


墓前で嘆いている私の前に一人の男がやってきた 彼は私を嘲るかのようにして

「お前の望みを叶えてやろう」と低い声で言う

私は彼が誰なのか知らないが その黒い姿は悪魔を連想させ 私の不安を掻き立てる けれど もし彼が悪魔なら彼に願いを託せるだろう 私は泣いて頼んだ

「私には何もない だからこのまま独りで逝かせて欲しい」

男は困った顔をしつつも 私に不治の病を贈ってくれた 最期の時まで共にいることを誓いながら

きっとお前は私が憎いだろうに お前は沢山話をしてくれた 美味い酒もくれた 何より心からの笑顔をくれた お前と契りを交わした私の魂は 地獄へ堕ちるだろう 旅立ちの日 私の目が映したのは

お前の泣いている顔だった


異国の書物 贄の杖 硝子の琴 宝玉の弓

奏でるは血の音色 紅の光

瓶詰めの宝玉は 死の海を映す

骸切り裂くは 死神の大鎌

その領域に 数多の神は踏み入ることを許されず

刑に処するは 鎧の骸 死神の聖域

鴉の揺り籠 墓に咲くのは薔薇の花 骸は夜に起き上がり 邪なる宴を催す

夜の城 籠の部屋 道化の騎士と人形の姫

今宵も姫の掌に口付けを 眠りの城の牢獄で

騎士が手にするは血の剣(ツルギ) 罪人の首を手にかけて 静寂(シジマ)の中響くは 断末魔の叫び

血が染み渡るのは血の底迄 月の光は照らずとも 騎士の心は焔(ホムラ)の如し 憐れみの眼は誰が為に 

虚ろなるその眼から 零れる涙は誰のもの

騎士は頽れ 姫を抱き寄せた

物言わぬ姫に語りかけ 虚ろな瞳で見つめ合う

独りの騎士は 鏡を見つめ静かに紡ぐ

最期(オワリ)に紡ぐは懺悔か呪詛か 姫と共に喉を掻き切り 虚ろな笑みを浮かべた

時が経ち 朽ちゆく城に残されたただ一つの

大きな剣(ツルギ) 時計も灯も全てが錆びつく中で

剣だけは紅に妖しく光り 惨劇を語り継ぐ

人形の姫に心奪われたその日から 騎士の歯車は狂ってゆき 姫への狂おしい愛故に 全てを姫へと捧げていった 姫の瞳は虚ろなまま 最期の時を迎えてもひたすらに見つめ続け されるが儘に絡め取られ 朽ちて尚何一つとして残さずに 城の跡には硝子の破片 映し出すは陽の光 蔦と草が生い茂り

あの時を知るものは何もなし






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