第97話 佐藤夏樹の修行(その2)

 佐藤夏樹が空手、弓道、剣道をしていたというのは小学生の頃の話で、中学二年に入ってからきっぱり辞めてしまったのだ。


 (クソっ!異世界で県の修行をするんなら剣道辞めるんじゃなかったぜ!いくら木刀の素振りや筋トレしているからって感覚が研ぎ澄まされるわけじゃないのは分かっていた筈なのに……ちくしょう、ジンジャーの口車に上手く載せられちまったけどこれじゃ道化じゃねえか……)佐藤夏樹は内心そう思いながら過去を思い出し後悔をしている。


 「もう一回!」


 「佐藤夏樹、今日の稽古はこのくらいにしておこう。今のお前の技量に執念のなさを考えればこれ以上練習したからと言って急に強くなるわけではない」


 テレサはさっきまで剣に殺気があったのに唐突に木剣を下ろし後ろを振り向く。佐藤夏樹は「ちょっと待てよ!」と怒号をあげテレサに木剣を勢いよく振り上げるもテレサはすんなりと躱す。


 「お前は私の話を聞いていなかったのか?今日の稽古は終わりだということを」


 いつも厳しいテレサが稽古を途中で放棄すること自体が珍しく、マリーは物陰に隠れながら見ている。


 佐藤夏樹は自分の技量の低さに「クソォっ!」と獣のように咆哮をあげ木剣を地面に叩きつける。地面にドサッと倒れ込み手を空にかざしながら考え込む。


 太陽は手をかざしたことにより隠れるも光が微妙に漏れている。その光の微妙な漏れを見て佐藤夏樹は「俺の器ではこんな風に簡単にこぼれるように漏れちまうんだろうな……」と呟きながら泥だらけになった顔を汚れていない右袖で拭う。


 「テレサちゃん、あなた佐藤夏樹君の修行を途中放棄なんかしちゃってらしくないんじゃないの?」


 マリーはヘラヘラとした表情でテレサに尋ねる。


 「佐藤夏樹の攻撃には強くなろうという執念がなかった。ただそれだけだ」


 「本当にそれだけ?」


 「何が言いたい?」


 テレサはしつこく質問をするマリーに尋ねる。


 「ようするにジョセフ君と比較しすぎているのよ、テレサちゃんは」


 「確かにマリーの言う通りジョセフと比較していたのかもしれない。ジョセフ以上に強くなる見込みが今のところなかったから今日は稽古を途中で終わりにした。それにあいつの剣を見ていると昔の私を思い出す……」


 テレサは苦い表情で過去の自分が頭の中によぎっていた。


 「まっ、私も魔法の修行していた時期は今のテレサちゃんみたいに師匠から見放されて考えさせられたものよ」


 「マリーにもそんな時期があったのか?」


 「ええっ、あったわよ。魔法が全然上達しなくてね、今の佐藤夏樹君みたいに葛藤したりと色々と辛くて魔法の修行を辞めたいとも思ったけど努力した結果今みたいに魔法が得意になったのよ」


 テレサはマリーにもそんな出来事があったことに驚愕し何も言えずにいた。


 一方佐藤夏樹はテレサに心を見透かされているかのような錯覚をし、苛立ちと情けなさでいっぱいになり心が壊れるほどではないがかなり精神的に辛いようだ。


 「確かにテレサの言う通りだ。俺が修行をしているのも頑張っているアピールがしたいだけで執念があるわけでもジョセフみたいに本当に強くなりたいと思っていたわけじゃない……そもそも俺はジョセフと一緒にいることで自分自身をダメにしているんじゃないかとも思えちまう……」


 佐藤夏樹はブツブツと小声で呟きながら地面に仰向けとなり両手を広げていた。


 「だったら強くなればいいんじゃないの?」


 後ろからマリーが佐藤夏樹にそう言う。


 「強くって……俺は本当に強くなろうって思っていないんだぜ?修行だってジンジャーから言われたからでやる気があったわけじゃないんだ!俺ってのは最低だよ!俺はそんな自分が嫌いなんだよ!変われるなんて思ってもいないのに……」


 佐藤夏樹はマリーに本音をぶちまけ自己嫌悪に浸り涙を見せないようにと右腕で顔を隠す。


 「君は本当にそれでいいの?」


 「マリー、お前は結局何が言いたいんだ?」


 「ジョセフ君だって結構その辺は悩んでいることだと思うよ?リサちゃんが結構抱きついたりしているのを拒んでいるけど本当は嬉しいんだと思うけど素直になれないというかね。でもジョセフ君は本当はリサちゃんを思いきり抱き締めたいんだと思うよ」


 「それはされたくないだけだろ。あいつが」


 「それだけだったらリサちゃんもあんなに依存しないと思うけど?ジョセフ君自身もそれほど嫌そうには見えないけど」


 マリーはジョセフとリサの普段の出来事を佐藤夏樹に語り始める。佐藤夏樹はジョセフのことを思い出しながら嫉妬と葛藤、羨ましく感じたりと複雑な気分になっていた。


 「まあ、あたしが結局何が言いたいのかというとジョセフ君と比較する必要もないし君は君のやり方で強くなればいいってことよ。君には無属性魔法の適正があるんだしそのうち頭の中に呪文名とかが浮かんで使えるようになるかもよ?」


 「気休めはよせよ……」


 マリーは佐藤夏樹にニコッと笑顔を見せ励ましているが佐藤夏樹は気休め程度で言っているのなら……と思っているみたいだ。


 「取り敢えず今日は早く帰って休息しなさい」


 マリーは無軸性魔法『クリーニング』を発動し、佐藤夏樹のジャージと体中に付着していた泥は一気になくなり綺麗になっていた。


 「怪我は治してくれないんだな……」


 佐藤夏樹は不満に思ったからなのか肩を竦めマリーに愚痴をこぼす。


 「注文の多い坊やね、君は」


 マリーは嫌な顔一つせずに光属性回復魔法『ヒール』を発動し佐藤夏樹の腫れた瞼と痣は無くなり痛みも引いていた。


 「ありがとな、んじゃ俺今日はゆっくり休んで考えるとするよ……」


 佐藤夏樹は何か頭の中で閃いたかのような顔をし走り去るのだ。

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