第六章 保護
緊急走行のけたたましいサイレンを鳴らして続々パトカーがやって来た。各校舎の窓から学生たちが不安な面持ちで見守っている。学生たちには危険な状況はもうないので各部屋に待機しているように指示が出されている。
畔田は管理棟にある警備員詰め所に連れてこられていた。
三十分ほどして、刑事の訪問を受けた。
「霊能師ねえ……」
中堅どころのコンビは顔を見合わせてうさんくさそうに畔田を見た。
「で、その霊能力って奴で、この事件を予言したってわけだ?」
不審者ということで素性は調べてある。どうやら霊能力うんぬんについてはまったく信じていないようだが。
「そこまでの力はわたしにはないよ」
意気消沈した体で畔田は言った。手遅れだったのだ、察知したときには、既に。畔田は相川一哉の壮絶なる死の霊波にひどくダメージを受けていた。
「麻倉尚樹君の事件とこの事件はいっしょだ」
「なんだって?」
刑事二人の目つきが変わった。
「あんたどうして麻倉尚樹のことを知ってる?」
うん?と畔田は顔を上げ、二人の険悪な顔に少し驚いた。刑事はもう一度訊ねた。
「どうして麻倉尚樹のことを知ってるだ?」
実は刑事二人も死者の身元が分かったことで通っているN大学に来て、相川の事件が起きた時にはこの管理棟にいたのだ。そうでありながら現場に駆けつけるのに警備員に遅れを取り、大失態だ。間に合わなかった、ことについては畔田と同じなのだったが。
「知り合いが調べて教えてくれたんだ。紅倉美姫君、知らないか?」
「聞いたことはあるな」
確か警察番組に出て死体とか見つけている霊能者だ。
(なるほど、そういうコネから情報を得たのか)
……と、納得しかけたが。
(それにしても到着が早過ぎるじゃねえか?)
「あんた、東京の人だろう。こっちにはいつ来たんだ?」
刑事たちは同じ大学の学生がそれぞれ起こした異常な事件を、クスリかカルト宗教が原因だろうと考えていた。そこに霊能師なんてのが現れて……
畔田は自分に対する疑いが強まったのを感じて辟易したが、気持ちを切り替えて言った。
「原因はね、清野病院だよ。若者たちがそこに行って、邪悪な霊を怒らせてしまったんだ」
刑事二人は(おいおい)と呆れた顔をした。もちろん病院の噂は知っていたが。
「邪悪な悪霊ねえ。ホラー映画によくあるよなあ」
「これは現実の出来事だよ!」
畔田はつい大きな声を上げて、我ながら疲れてるなと思った。姿勢を正し、真剣に二人に話した。
「わたしを自殺した学生に会わせてくれないか? これじゃあ終わらない。いっしょに行った仲間がいるはずだ。彼らも危ない。一刻を争うんだ。頼むよ」
(どうする?)と二人は視線を交わした。疑り深い二人にイライラして、畔田はまたつい強い調子で言った。
「死ぬぞ、また悲惨な死に方で。周りにも被害が及ぶかも知れないぞ」
刑事たちも苛立った目で畔田を睨んだ。昨夜の事故も多くの負傷者が出て、今日もまた、複数が凶行の被害に遭った。
畔田は頭を下げた。
「頼む。彼らを見つけ出して、守ってやってくれ」
刑事たちは(しょうがねえな)と言う顔をして、
「ああ、分かった分かった」
と畔田に頭を上げるように手を振った。相棒に言う。
「とにかく、事情を知っていそうな『お友だち』を捜すとしよう」
畔田はひとまずほっとした。
優秀な刑事たちのおかげで麻倉、相川共通の友人である赤西翔太が捜し出された。
赤西も当然ショックを受けていたが、刑事の問いに対して「心当たりなんて全然ありませんよ」と答えた。経験豊富な刑事たちはすぐに(アタリだ)と見破った。
刑事は面白くないながら訊いた。
「君たち、土曜の夜に清野病院に行かなかった?」
赤西ははっきりと驚愕した。
「行ったんだね?」
「行ってませんよ、そんなところ……。な、なんだってんですか!?」
うろたえる赤西に刑事の方こそ「こっちこそなんだってんだだよ」とうそぶいた。
「あんた今、……死にたいって思ってる?」
相棒がおいおいと止めるのを『いいから』と振り払い、刑事は赤西を睨み付けるようにして言った。
「ある人によるとだな、あんたも、麻倉尚樹や、相川一哉のように、悲惨極まりない死に方を、自分でするんだとよ?」
赤西はまた目を張り裂けそうに見開いた。
「麻倉も……、死んだのか?…………」
「昨日の交通事故だよ。知ってんだろ?、迷惑な馬鹿が道路に飛び出して、十台以上車を追突させて、てめえは轢かれておっ死にやがって。その迷惑な馬鹿が、麻倉尚樹だったんだよ。あの死に方も、ひっでえもんだったぜ?」
赤西の肩がガクリと落ちた。
「そんな………、ほんとうに………、い……、いやだ……、お、俺は……、『あんな』、死に方はしたくない…………」
ガタガタ震える赤西をしばらく眺めて刑事は「ちっくしょう」と呟き、相棒を振り返って言った。
「どうやらあのオッサン、本物らしいな」
待たされて苛々していた畔田は携帯で連絡を受けた別の見張りの刑事に連れられて外に出て、今や警官だらけになったキャンパスを歩き、校舎の一つに入った。
「畔田俊夫先生」
さっきの刑事がわざとらしく慇懃に呼びかけて、椅子に座ってガタガタ震えている学生を紹介した。
「こちらがお友だちの赤西翔太君です」
赤西を見た途端、畔田は弾かれたように後ろによろめいた。
「ば、馬鹿な……」
畔田は顔を真っ赤にしてブルブル震え、大声で赤西を叱りつけた。
「君らはなんてことをしたんだ! この大馬鹿者っ!!! なんて、なんてことを……。言うんだ、彼女の名前を! 早く言いたまえ!!!」
赤西はビクッと起き上がり、ひきつった顔で歯をガチガチ言わせながら言った。
「だ………だ………、大門………、マリイ…………」
「その子は……、この大学の生徒じゃないのか!?」
「b……b……、B大学………」
「刑事さん!」
畔田は鬼気迫る顔で刑事に命令した。
「ただちにB大学の大門マリイという子の所在を確認してください。そして今すぐ、清野病院を徹底的に捜索してください。大急ぎで!」
刑事は素直に頷き、走った。
畔田はまた別の刑事が赤西から他の四人の名前を聞き出すのを見守った。
色川祐助。
阿藤桃子。
須貝明奈。
初田香織。
色川祐助だけここN大学の生徒で、後の女性三人は大門マリイと同じB大学の生徒だ。B大学は隣りの市で、遠くはない。そちらもただちに警察が向かって三人を保護するはずだ。
問題は色川だった。
聞き取りの最中にその所在が捜されたが、一報では今朝は確かに通学してきていたが、今はどこにいるか分からないと言う。相川の事件を知って逃げたのか? 畔田はとにかく色川も早く見つけ出して保護するように頼んで、ようやく、相川一哉に会わせてもらうことになった。
相川の遺体はまだ現場にあった。三時になろうとしていて、もう四時間以上そのまま置かれたことになる。それはあの刑事の畔田に対する配慮と、なにより、遺体のあまりのひどい有様による。
現場を見て畔田も慄然とした。
飛び散り、塗りたくられた、血の跡があまりにむごたらしかった。そこに展開された残虐行為をイメージして目眩がした。
そして。
腹かっさばき、自害して果てた相川一哉の、最期の苦悶が凝固した遺体。
「なんということを………」
畔田は手を合わせ、深々と彼の冥福を祈った。
「ずいぶん……痛かったろう…………」
そんな畔田を鑑識官が苦々しく眺めて言った。
「こいつに襲われた留学生もひどい大怪我だよ。命に別状はないらしいが、こんな目に遭ったんじゃあ、一生悪夢を見続けるだろうな」
畔田も手を下ろし顔を上げると言った。
「そうだろうねえ。しかしこの彼は、その悪夢の中にいたんだ。生きている人間にはとうてい耐えられないような、ひどい悪夢の中にねえ………」
納得のいかない鑑識官の顔に仕方ないなと諦めた。
畔田は別に探偵ではないが、興味があって訊いてみた。
「凶器の鎌はありますか?」
刑事に協力してやれと言われていた鑑識官はわざわざケースから取りだして見せてくれた。もちろんビニール袋に入っているが、そのビニールも、被害者及び犯人の血に濡れていた。
畔田は眺めるだけで眉をひそめた。
「そりゃあ……、人の肉を切れるような代物なのかね?」
鑑識官はチラリと見て、
「ふつうは無理だね。思い切り振り回せば刃の部分で指くらいスポンといっちまうだろうが、先のこの、丸まった部分を人の体に突き立てるなんて、まあ無理だ。殴りつけるのがせいぜいだな。まして……、自分の腹に突き刺すなんてな…………」
と解説した。畔田はゾッとした。そのことからも相川の狂気の程が思われる。
畔田は相川の死体に向き合った。魂は逝ってしまって、ここにはない。しかし成仏はしていない。魂はないが、その怨念は濃厚に肉体に、場に、残っている。
畔田は暖を取るように両手を丸く開いてかざし、目を閉じた。ヒクリと眉が苦悶した。髪の生え際から見る見る脂汗がにじみ出た。畔田は耐えられず手を握ると目を開けた。
「大丈夫かね?」と見守っていた鑑識官が心配そうに声を掛けた。
「ああ…………、あまり大丈夫じゃないな……」
こめかみを押さえて頭を振った。
「ありがとう。もういいです。連れだしてあげてください」
よし、運ぼう、と鑑識官たちは緑色の人型のビニールカバンを広げて、相川の死体を詰めた。はみ出す腸を中に詰めて、ファスナーを閉めた。担架に乗せて運んでいく。
リーダーらしい畔田の相手をしてくれた鑑識官が訊いた。
「で、何か分かったのかい?先生さん」
畔田は難しい顔で答えた。
「混沌と混乱……。そんなものだね。どうにも役には立たないね」
鑑識官はふうーんと気のない声を出し、
「ま、俺たちには関係ねえや。お化け相手じゃ警察屋の出る幕じゃねえもんな」
と、畔田に現場を出るように手で促した。
入り口で待っていた刑事が手招きし、ないしょ話するように斜めに体をくっつけた。
「すみませんがしばらく我々につき合ってください。『東京』の方からあなたの推薦がありましてね」
畔田は紅倉が手を回したのだなと直感した。
「ま、こちらへ。あ、わたし大分県警の加賀と言います」
歩きながらまだ二十代の柔道家らしい肩幅の広い刑事が名乗った。
「よろしく」
と、畔田は紅倉と違ってこういう経験がないので今さらながら居心地の悪いこそばゆさを感じた。
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