第一章 エロバカ怪談
そこに行ってみようというのはちょっとしたバカ話の弾みだった。
カラオケボックスで大学の男女四人ずつの合コンの席、一人の男子が言い出した。
「なあ、心霊スポットでエッチしたバカップルの話って知ってる?」
やだ、なにそれー?と女の子たちから笑いと非難の混じった声が上がる。発言者の男子は上々の反応に調子に乗って話しだす。
「その二人、毎日毎日大学そっちのけでアパートにこもって朝から晩までセックスばっかりしまくってたんだって。で、あんまりやり過ぎちゃって、さすがに飽きた。でもやりたい気持ちだけは抑えられない。でさ、刺激を求めて有名な心霊スポットに行ったわけ」
「なんで?」
「さあ? イメージセックスってやつじゃないの?」
「それって違うだろ?」
「いいじゃねーか、話の腰折るなよ。とにかく刺激を求めて行ったわけだよ」
「有名な心霊スポットってどこ?」
「うるせえなー。え〜と……、病院だよ、廃病院。でだな、
そこのベッドでエッチを始めたわけ。ギシギシギコギコってな」
やだ〜、とまた女の子たちが恥ずかしそうに笑う。男子はニヤニヤ笑って続ける。
「そしたらさ、すんげー気持ちいーんだって! 恐いもんだから異常にセックスに集中してさ、怖さを忘れるようにわざとアア〜ンアア〜ン!って大声出してさ」
実演して見せて笑い声を上げさせる。
「なんかすっかり盛り上がっちゃって、やりたい気持ちがムラムラ汲めども尽きぬって感じで湧いてきて、次々いろんな体位を試して、それがもう気持ちよくてたまんないんだって。次はこうしよう、次はこうして!って、男も女も我を忘れて新しいセックスにのめり込んで。一晩中アンアン、アオ〜〜ン!って大騒ぎして、朝日が射してきてようやくぐったり精根尽き果ててやめることが出来たんだって」
「うわー、スゲー、よくそんなところでセックスなんて出来るなー。ほんと、バカップルだわな」
「まあ、そうなんだけどさー」
男子はニヤニヤしてわざともったいぶって続きを話した。
「これってさ、実は恐い怪談なんだぜ? そこはさ、本物の心霊スポットで、実は、セックスしてる男と女にはそれぞれ次々に霊たちが取り憑いて、幽霊たちが生身の体を借りて一晩中セックスしまくっていた、って話なわけだよ」
「うえ〜」
女の子たちは気持ち悪そうに顔をしかめた。男子はおっとと慌ててオチを付けた。
「そういう話なんだけど、その後もそのカップルは毎週土曜日の夜にその廃病院に通い続けたんだって。その気持ちよさが忘れられないってのと、週末一晩セックスしまくるとスッキリして平日はちゃんと大学に通って勉学に集中できるようになったんだってさ」
「ワハハ、バカー!」
男たちは大笑いし、女の子たちも女の子同士気にしながらクスクス笑った。
男子が言った。
「今日も来てやってんのかなー……」
別の男子がニヤニヤしながら言った。
「覗きに行かね?」
「いいねー、行こうか?」
男子たちは盛り上がる。女の子たちは笑いながら睨んだ。
「変なところに連れ込んでエッチする気でしょー? そんな手に乗るもんですか」
そう言いながら頬をほんのり赤くしている。別に欲情しているわけでもないだろうが、雰囲気に酔っている。
彼らは皆大学の一年生で、十八、十九歳の未成年だ。この場にアルコールはない。だが気分的にはアドレナリンが出て酔った状態に近い。スナックを食べ散らかし、歌も一通り歌い終わり、さりとてガブガブ飲んだウーロン茶でカフェインをたっぷり摂取してしまった。擬似的にハイな酔っぱらい気分を楽しみながら、まだ長い夜を何か面白いことをして潰したいと思っている。
女の子が言った。
「ねえその病院ってどこにあるの?」
ええ?と男子が目を輝かせる。
「モモちゃん、興味あるの〜?」
「ちょっとねー」
と言いながら、モモ……阿藤桃子はおどけた男子とは別の男子を熱っぽい目で見た。ワイ怪談で場を盛り上げたおどけた男子……色川祐助はその視線に(チェ〜)と思いつつ、他の女の子たちにも話を向けた。
「ねえねえ、みんなで覗きに行っちゃおーよおー?」
えー、と女の子二人は顔を見合わせた。祐助は今日は当たりだったなと内心舌なめずりしている。この下心が成就した試しはないのだが、今日はなんとなく行けそうな気がする。別にエッチまでこぎ着けなくても……もちろんそうしたい気持ちはモンモンだが……まあそこまで行かなくても多少なりとも女の子たちと親密になって楽しく過ごせればいいのだ。
どうするー?と女の子二人……須貝明奈と初田香織……はすっかりその気らしい桃子を見てもう一人に視線を向けた。
彼女は他の女子のような浮かれた笑みもなく、ごくふつうの調子であっさり言った。
「いいわよ。清野(せいの)病院でしょ?」
場が凍り付いた。
おいおいマジかよと祐助は黒くそびえるシルエットを見上げて思った。
運転手は県立清野総合病院の裏手の道に隠すように車を止めた。運転してきたのは麻倉尚樹。祐助は助手席に乗り、後ろには須貝明奈と初田香織が乗っている。もう一台、相川一哉の運転する車に赤西翔太と阿藤桃子と、大門マリイが乗っている。祐助がかわいいなと思った阿藤桃子のお目当ては赤西翔太だ。男四人が同じ私立大学、女四人が別の同じ私立大学の生徒で、相川一哉と阿藤桃子のお膳立てで今日の合コンがセットされた。
祐助は後ろの席を振り向いて訊いた。
「ねえ、あのマリイちゃんって、どんな子?」
彼女のせいでここに来ることになってしまったのだ。いかにバカな若者でも地元の人間ならビビって夜中に来ようなんて絶対に思わないこの廃病院へ。
「大門さんねえ……」
明奈と香織は顔を見合わせて困った表情を浮かべた。
「お嬢様よねえ、やっぱり」
「ああ……そう。見たまんまだね」
大門マリイはハーフの女の子だ。髪の毛は黒いが、欧州寄りの彫りの深いくっきりした顔立ちをしている。背が高く、ボン、キュッ、ボン、のダイナマイトボディで、脚が長い。着こなしもビシッと決まっていて、まるでファッションモデルみたいだ。美人だ。ただし好き嫌いが分かれる。祐助は苦手に感じた。
「帰国子女?」
「ううん。地元生まれの地元育ちだって」
「じゃあ……」
祐助は呆れる思いがした。
「ここのこと知ってるんだろう? なんでここに連れて来ちゃうかなあ〜」
思わずすねたような顔になってしまう。
この話を言い出したのは確かに自分だ。でもまさか、ここに、本物の心霊スポットに来るつもりなんてなかった。
別に彼女が強硬に主張したわけではない。ではないが、
「やだー、みんな、お化けなんて信じてるの? サンタクロースなんていないって知ってるでしょ?」
なんて言われたら、黙るしかないじゃないか。どうしてあそこでサンタクロースが例えに出てくるのか分からないが、そこが帰国子女の感覚なのだろうとその時祐助は思ったのだった。
けっきょく、じゃあちょっと覗いてみるだけ……ということでここに来てしまった。
運転手の麻倉が降り、仕方なく祐助も車を降りた。後ろの女の子たちも諦めたように降りてきた。もう一台からもバタンバタンと降りてくる。
四人と四人は、上の方が夜空に溶け込むようにそびえる灰色の壁を見上げた。
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