霊能力者紅倉美姫27 死霊塊

岳石祭人

プロローグ 禁断の廃病院


 この物語はフィクションです。

 物語から想起される実在のいかなる土地、施設、団体、個人も、作中描かれるいかなる事象ともいっさい無関係であることをここに明記します。




 九州地方某県某市。

 ここに地元では知らぬ者のない有名な心霊スポットがある。

 十年前に廃業したS総合病院である。

 営業中から良くない噂が絶えなかった。

 たいして重傷でもない患者がいつまでも良くならず入院期間が通常の二倍にも三倍にも伸びた。

 夜間、怯える入院患者からのナースコールが絶えなかった。ノイローゼになった看護婦が何人も退職していった。

 この病院は呪われているという噂が絶えず言われ続けた。

 ついに重大な医療事故が発覚し病院は戦前からの長い歴史に幕を閉じることとなったが、それに際してその責任を追及された病院長と婦長が病院の東と西でそれぞれほぼ同時刻に首をくくって死んだ。

 その後廃屋となった病院では多くの人に死者の姿が目撃されている。

 自殺した病院長か、婦長か。はたまたそれ以前から巣くっている怨霊たちか。



 霊能師畔田俊夫(くろだとしお)は周囲を歩きながら灰色にくすんだ建物を見上げる。フェンスの内に南国らしくシュロが植えられているが、ずいぶん立派に成長し、二階を優に越えて一〇メートルにも届きそうだ。黒々と硬そうな大きな尖った葉を手のひらのように広げている。

 畔田は周囲を見渡し言う。

「何もないところだねえ」

 市庁舎のエリアであるこの一角は、広い駐車場とゴルフの打ちっ放しとテニスコートに囲まれ、裏手は砂利道を挟んで大きな川が流れている。整備されたエリア内にこの病院だけが長い時間に暗くくすんで異彩を放っている。いや、封じ込めている。

 病院も決して古い建物ではない。四階建ての大きな建物で、本館に、建て増しされた新館の最上階は丸いおしゃれな展望室が載っている。

「ああ、これがいけなかったんだねえ」

 畔田は新館を眺めて言う。

「そもそもここはね、戦争で大勢の人が亡くなっているんだね。となりに大きな(ピー)市があって、負傷した兵隊さんが多く運ばれてきたし、空襲でケガをした人たちもここまで運ばれてきたんだね。それに後ろの川、あそこにも多くの死体が流されてきたんだね。まさに地獄の光景だね。本当に、大勢の人が亡くなっています」

 畔田は病院に向かって手を合わせ犠牲者の冥福を祈った。

「ここに」

 新館の敷地を指さして言う。

「その供養の碑が建てられていたんだね。でも長い年月の内にだんだんと顧みる人もいなくなって、すっかり忘れ去られてしまったんだね。それで新館を建てるときにその碑を壊してしまったんだね。

 ここで亡くなった人たちにとってはお墓といっしょだからね、すっかり心穏やかでいられなくなってしまったんだね。

 悪い思いっていうのはたまってしまうんだね。いわゆる悪霊というのが特に悪さをしなくても、土地にたまった悪い思いっていうのは、生きている人間にもやっぱり悪い影響を与えてしまうんだね。そうした悪い影響のせいもあって、医療事故も起こってしまったんだろうね。事故で亡くなった人の思いもあるし、その責任に思い悩んで、自ら命を絶ってしまった人の無念の思いも強いし。


 この場所は、

 駄目だねえ………。


 あまりに多くの辛い、苦しい思いが溜まりに溜まりすぎている。

 静かに眠らせてあげるしか仕方ないね」

 畔田は再び手を合わせて長い時間祈った。

 自分自身吹っ切るように顔を上げると、スタッフに対して怖い顔で念押しした。

「ここはね、大きなお墓なんだ。病院の中は、すなわちお墓の中、死者の世界なんだ。決して、生きている人間が踏み入れてはいけない聖域なんだ。決して、興味本位の、遊び半分で近づいてはいけない場所なんだ」

 畔田はテレビカメラを通し、番組視聴者にも強く念押しした。

「いいですか、

 絶対に、

 遊びで近づいてはいけない。必ず、ひどい目に遭うからね」



 八月に放送された中央テレビ「本当にあった心霊事件ファイル〜夏休み恐怖現場スペシャル」での一コマである。



 話は、その二ヶ月後、十月のことである。

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