第十二夜 歪んだ顔

「自信のある根拠があって言っているわけじゃないですよ。ただ」


「ただ、なんだ? 根拠もなく僕を犯罪者のように決めつけて本当に不愉快な奴だな。君は」


「図書室の照明は点いていたはずですよ。台風であれだけ暗かったんだし。香織は本を読むのに没頭していたと言っていましたよね?」

 晴矢は畳み掛けた。


「普通は照明が点いていれば、用務員の沢あんたのことだ。中に入って照明を消すに違いない。違いますか?」

 と、更に沢崎に詰め寄った。


「さあ、どうかな。校内放送では『外出は控えるように』と言っていたじゃないか。三谷さんは、それを破って学校に戻ったんだ。」

 挙動が怪しいまま沢崎は続けた。


「僕に見つからないように照明をつけず、密かに本を返しに来たんじゃないか? その頃はまだ本が読めるほどには明るかったと思うけどね?」

 そう反論する沢崎の表情は硬く、青ざめているかのようにも見えた。 

 声も若干震えていた。


「では聞き方を変えます。用務員は、照明が点けっ放しの部屋を放置しておきますか? それとも消灯しますか?」

 ここからは晴矢のブラフだ。


「香織からのLINEには、部屋は照明が付いていて明るいから怖く無いって書いてありましたんで。どうなんです?」

「えっ、」


 恐らく沢崎の頭の中では、晴矢に対する返答をどのようにしたらよいのか会話のシミュレーションが0コンマ数秒で行われていることだろう。


 実際には、香織からのLINEには、そんな事は書いてはいなかった。

 沢崎さんは、数秒の沈黙の後、こう話し始めた。


「な、謎解きごっこかい? 生憎僕にはそんな事に興味はなくてね」

「謎解きごっこじゃ無いんですよ。沢崎あんた、香織に何しようとしてたんだ? 事の次第によっちゃ許しては置けないぜ? ガキだと思って舐めてもらったら困る」

「そ。そんな喧嘩腰は止めろよ。ぼ、僕は何もしてないし、そんな邪な事をしようなんて事は全く思ってない!」

「先ずはワザと閉じ込めたのかどうかはっきりさせようぜ? 沢崎さん」

「ぼ、僕はそんな事やってない!」

「香織を起こして呼んできましょうか?」

「よ、よせ! 三谷さんは疲れて寝ているんだ! そっとしておいた方が…」

「それからもう一つ。これもはっきりさせておこうぜ、沢崎さん。香織をここに呼び出したのも、アンタだな?」


 香織は空気は読めないが、律儀な人間である。


 学校からの指示を破ってまでここに来る理由なんて誰かの意思に沿った行動としか思えなかった。この問いも、晴矢のブラフだ。


「もう止めてくれ! この通りだ。なんでもする! だから他の人には言わないでくれ!」

 晴矢の顔からは表情が抜け落ち、沢崎に対する憎しみの塊となっていた。


「なんでも、するんだな?」

「あ、ああ、なんでもする。何が望みなんだ?」

「考えておく。取り敢えず、もう香織には関わらないでくれ」

「分かった、そ、そうするよ」

「俺は香織のところに戻る。沢崎あんたは?」

「僕はここにいるよ」

 沢崎の卑屈な態度に晴矢は腹が立って仕方がなかった。


 晴矢は用務員室のドアを静かに開け、思い切り力を込めて閉めた。そのまま、昇降口を通り過ぎて保健室へ向かった。途中、大きな姿見が掛かった壁がある。


(真夜中に大きな鏡を覗くと、そこに映ったのが本当の自分の姿だって聞いたことがあったな……)


 そこに映った晴矢の自分の顔は、歪んで引きつった知らない人間の顔のように見えた。


 沢崎に対する憎悪だけがこの顔つきにさせたのではない。

(俺の本性がここに表れているんだ……)

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