第七夜 帰れない二人
校内を駆けずり回ったが、なかなか用務員は見つからなかった。
大声を出しているから気がついておかしくないはずだ。
「仕方ない」
晴矢はそう言って「技術」の時間に使う大工道具を自分のロッカーから持ってきて、釘抜きを使って鍵を壊すことにした。
「香織、大丈夫か?寒くないか?」
「大丈夫。ごめんね、こんなことに巻き込んで」
大丈夫、という言葉とは裏腹に声が震えている。
「巻き込まれて嫌なら来ねえよ! もう少しで出してやるからな」
正直、鍵を壊すことで後々何が起こるか想像しなかったわけではない。
でも、考えても仕方ない。引き戸に釘抜きをねじ込んで、力任せに反対に反らせた。
鍵はあっけなく開き、ドアの前には全身ずぶ濡れで、ガタガタと震える香織がいた。
「大丈夫か?香織!とにかく、着替えないと!」
「着替えるって言ったって」
「体操服とかジャージがロッカーにあるだろう?」
「アタシ、昨日持って帰っちゃった」
「マジか!仕方ねえな。俺の貸してやる」
「えー、晴矢のなんか臭そう」
「お前そんなこと言ってられるかよ。それに洗ったばかりだ」
「な、なら、着てやらないこともないけど」
「なんだよそのツンデレ芸は! お前らしくない」
「アタシのことなんだと思ってるのよ!」
香織はそう言って晴矢の身体を何度も叩いた。
そんな香織を見るのは珍しい。
それから晴矢と香織は教室に行って、晴矢のロッカーから体操服袋を取り出し、香織に渡した。
「タオルも入ってるぞ。ちゃんと拭かねえと風邪引くからな」
「晴矢ありがとう…」
「いいから着替えろ」
「あのぉ、出てってくれないと着替えられないんですが」
「あ、ああ」
「覗かないでよ?」
「ったりめえだろ!」
と言いながら横目で制服の上着を脱ぎ、ブラウス姿になった香織を見てドキッとした。
ブラウスら肌にはりついて、ブラのストラップが見える。髪も濡れてなんだか色っぽい。今までそんな目で見たことは無かったのに。
晴矢は廊下に出て、香織が着替え終わるのを待った。
問題は、壊した鍵と、帰り道だ。
廊下から壁越しに話しかけた。
「香織!着替え終わったか?」
「うん、もう少しで何とか」
「早くしろ」
「これでも急いでいるんだから待ってよ」
「俺、用務員さんもう一回探してくる。何やってんのかな、あの人」
「沢崎さん、って言うんだよ。あの人」
「へー、用務員さんの名前は知らなかったな」
「とにかく行ってくる」
「独りにしないでよ!私も連れて行ってよ!」
「わかったから早くしろ」
「あー、なんだかダボついてダサいなー」
香織が、そう言いながら引き戸を開けて出てきた。
《2-C 禎元》と、晴矢の名札がついたジャージは、女子としては長身の香織の身体にはそれでもフィットしていない。
たしかにダボついているが、それはそれで可愛い。
いやいや、香織だぞ? 自称コミュ障、空気の読めないオンナだし。
晴矢はちょっとドギマギしながら、
「さすが俺のジャージ、誰が着ても似合うな?」
と言った。
「晴矢ってさあ、」
「何だよ」
「馬鹿なの?」
刹那、遠くでいきなり何か音がして、教室の電灯が落ちた。
廊下では赤く非常灯が点った。
「えつ、なに?怖い!」
こんな時に停電かよ。香織は身を固くした。
「かかか香織、おちおち落ち着け!」
「落ち着くのは晴矢だよ」
まだ外は薄明るく、香織は少し笑っているのが見えた。
「これ、帰れないぞ。下手すると。どうする?」
「お母さんにさっきからLINEしてるんだけど、既読つかない」
「お前のお母さん、看護士さんだもんな。患者さんは台風だからって待ってくれないから忙しいんだろうしな」
「うん。それからお父さん、今海外出張」
「お父さん、結構海外行くんだろ? どこに出張?」
「今回は上海だって。トレードショーで説明するんだとか言ってた」
香織の父親は、武蔵山市最大の企業、カワバタ製作所のエンジニアだって教えてもらった事がある。
カワバタ製作所は本社は東京の機械メーカーだ。
ここ武蔵山にメイン工場があって人口のかなりの割合がカワバタ観覧の仕事についている。武蔵山は典型的な企業城下町だ。
両親とも忙しく、香織は本が友達みたいなものだったらしい。頭の良さや、空気を読まないのは孤独が生んだ香織のキャラクターなのかもしれない。
今回この事件も本がきっかけになっている。なんとか香織を家に届けないとと思い、晴矢は真澄に電話を掛けた。
「あ、母さん? 俺。さっきはごめん。香織が学校に閉じ込められてるって言うから助けに学校に来たんだ」
「晴矢、それであんたと香織ちゃんは大丈夫なのかい?」
「ああ、でも雨風がさっきより酷くてちょっと帰れるかどうかわかんない。車で迎えに来れる?」
「母さんだって怖いよ。あんたを追おうとしてさっきちょっと乗ったんだけどさ、雨が強すぎてワイパー効かないんだよ。それに、治水橋通行止めだって。迎えに行けないね」
「えー、どうすんだよ」
「そこには先生はいるのかい?」
「いや、探してんだけど、なかなか見つけられなくてさ」
「分かった。私から太刀川先生に連絡取ってみる。とにかく動くんじゃないよ。香織ちゃんからはお母さんにちゃんと連絡してもらって。後で母さんが説明しておくから」
電話を切ると、晴矢は香織の目を見て、
「やばい、ここで泊まらないといけないみたいだ」
香織は最初ビックリした顔をしたが、
「うん、そっか」
と言って黙った。
「お母さんに、連絡しておいてくれ。うちの母さんからもお前のお母さんに説明はするって」
「うん」
香織はただ微笑んだ。
晴矢は平静を保とうとしたが、鼓動は早鐘を打つかのごとくカラダの中から聞こえてくる。
ヤバイ。香織のくせにやけに可愛い。
(俺はこの変な気持ちをどうしたらいいんだろう……)
晴矢は香りに抱く初めての感情に戸惑っていた。
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