第六夜 ホットライン
晴矢は豪雨の中ようやく家に着いた。
びしょ濡れになった制服を脱ぐと、晴矢の母に、
「皺になるからハンガーに掛けて干しておきなさい」
と言われた。
まだ午後3時過ぎだというのに、日が暮れたように暗く、雨戸を閉めているので殆ど夜になったかの様だった。
晴矢の母、真澄は齧り付くようにNHKの台風情報を見ている。
台風二十一号は、中心付近の気圧が930hpaのまま、依然として強い勢力を保っている。
時折滝のような雨が降り、だんだんと風も強くなってきた。しかも時速が25kmとかなり遅い部類だ。
オレはやることもなく暇だった。
仕方なく晴矢はスマホでツムツムをやることにした。
「白目の見えるツムで650Expとか無理ゲーじゃね?」
未だにレベルが低いから上手くいかなくて、30分もやるとすぐに投げ出した。
すると香織からLINE。
短く、
「助けて」
助けてだって?
おい、これは尋常じゃないぞ?
晴矢はすぐに返信。
「どうした?どこにいる!」
すると香織から返信。
「学校の図書室の中に閉じ込められた」
は?
(あいつとは自転車でさっきびしょ濡れになりながら帰ってきただろう?)
「香織、何やってんだ?」
「今日までに返さなきゃならない本があって返しに来た」
「そんなの明日でも大丈夫だろうが」
返信には土下座しているキャラクターのスタンプ。
「わかった。直ぐ行くから待ってろ」
「ごめん、途中気をつけて」
少し頭にきた。
(香織らしいと言えばそれまでだが、普通学校の図書を返してなかったからといって台風の中返しに行くか? 普通?)
香りは挙げ句の果てに締め出されようだ。
晴矢は、
「でも俺を頼ってくれてる事だし」
と、怒りを抑えてサムアップしたキャラクターのスタンプを送った。
そしてカッパを着込んで自転車に乗って学校へ向かった。後ろから真澄が何やら怒鳴ってるが緊急事態だ。
「母さんごめんよ!直ぐ帰る!」
母さんの声は強い風でよく聞こえなかったが、そう言って振り切って出てきた。
学校までの道には、すでに増水している赤笹川の堤防を走らなければならない。
時折物凄い勢いで雨が叩きつけてくる。
今は向かい風だ、今までのどんな時より自転車のペダルの重さを感じたことはない。
フットサル場も完全に浸水している。フィールドの上30cmは水に漬かっている感じだ。
クラブハウスの入り口も見えるが、少し嵩上げされて建てられているのでまだ浸水は許していない。
しかしどうだろう。時間の問題なんじゃないか?
雨はどんどん降ってくる。
目を開けているのがかなり厳しくなってきた。
堤防の道を終えて、今度は水田地帯の一本道に入る。稲刈りはとっくに終わっているが、田んぼには水が入っていて、まるで田植え前みたいだった。
なんとか学校に着いた。カッパを着ていたがまたグチャグチャに濡れて体が冷え切っていた。
入り口は閉まっていた。校庭に回って、用務室に誰かいないか見に行こうとした。
図書室の灯りは点いていなかったが、良かった! カーテン越しに灯りが点いているのが見えた。誰かはいるみたいだ。宿直の先生か、用務員さんか、どちらだろう。
用務室は校庭に直ぐに出ることができるようにドアがある。ドアををドンドンと拳で叩いた。
「誰かいますか!」
返事はなかった。
もしやと思ってドアノブを捻ってみた。
あっけなく開いた。
用務員室の中には誰もいなかった。
見回り中だろうか。
キーボックスを見つけて図書室の鍵を探した。
「図」と書いてあるタグが付いた鍵を見つけた。
これだ。
鍵を見つけて、用務員室から出、四階まで駆け上がった。
図書室前で、
「おい、香織!いるのか?」
と声を掛けた。
「晴矢? 来てくれたの?」
「お、おう、お、お前が俺を呼んだんだろう?」
図書室の鍵を開けて中に入ろうとしたが、鍵が合わない。
「馬鹿な!ちゃんと『図』って書いてあったのに!」
と自分で言った刹那、
「『図書室』じゃなくて『図工室』だったのか! 紛らわしい!」
と理解した。完全な早合点だ。
「香織ごめん! 鍵が違うみたいだ。用務員さんはいるみたいだから探してもらってくる!」
「ダメ! 晴矢。晴矢は悪くないのに学校に戻ってきたことが分かったら、用務員さんが、先生に密
晴矢は
(だったら呼ぶなよ、って話だけど、ホットラインで呼び出しかかったからな)と独り言ちた。
「お前もどうせ台風でびしょ濡れなんだろう?風邪ひくぜ?そんなこと気にするな!」
「晴矢……ごめんね。晴矢しかお願いできる人、いなかったんだ。お父さんもお母さんも、家にいなかったし」
「ああ。いいぜ。気にすんなよ。あの時の罪滅ぼしだ」
晴矢は図書室を離れて廊下を走りながら叫んだ。
「誰かいませんか!」
「図書室に友達がいるんです! 誰か! 誰かいませんか?」
何度も叫ぶ晴矢の声は廊下で反響し、むなしく消えていった。
外は暗く、室内の灯りが消えている中では、木々が激しく揺れるのが辛うじてわかる。窓ガラスにはバシ、バシっと雨が当たるのが聞こえてくる。台風はこれからが本番だ。
早く香織を助けなければ。
(今度は、あいつを助けるんだ)
晴矢はそう心でつぶやいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます