第二夜 月がみていた

 晴矢たち四人は富士坂三丁目の交差点まで来た。ここが二つ目の分岐点だ。


 富士坂三丁目は、富士坂市の中心街だ。

 地元のデパート「木下屋」を中心に、東側にはブティックやカフェが並び、西側には歓楽街が並ぶ。


 歓楽街の外れには、晴矢たちのような中学生でも出入りができるファストフード店がいくつかあり、下校途中に密かに買い食いをしていた。


 同級生の中で、たまに歓楽街で見回りの生活指導の先生に見つかると、親が呼び出される事になる。


 誰が付けたか福岡の歓楽街と同じ「親不孝通り」と中学生にはそう呼ばれていた。


 富士坂三丁目で、麻里奈と双葉とはお別れだ。


「じゃあ、グラウンドでな。ちゃんと来いよ?」


「わーったって。じゃあ後でな。双葉」


「香織、禎元先生に変なことされないようにね!」


「麻里奈お前なあ!」


「麻里奈、私は大丈夫。晴矢にはお医者さんになれる頭脳は無いわ」


「おい、そこかよ!」


 香織の反応には、笑うしかない。


 麻里奈と双葉の家は富士坂三丁目から自転車で2〜3分の住宅街にあり、晴矢と香織の家は、方向は違うが同じくらいの時間で着く。


 晴矢と香織が二人きりになると、どうしても「あのこと」が話題になる。


「もう、三年経つんだね」

「ああ」

「アタシ、たまに夢に見るよ」


「俺もだ」


「私は正直立ち直ってない。麻里奈も奈央も、あれから立ち直って凄いと思う。私には無理だったわ」


「確かにな。でも、俺たちは忘れなきゃいけないと思う。俺たちの未来のためには」


「あの事をそんなに簡単に忘れることなんて! 特に私、あんな事までして!」


「香織! 不可抗力だあれは! 出来なくても忘れるんだ。このまま一生、お前だけがあの事を背負って行くことなんて必要ないんだぜ?」


「晴矢は心が痛くならないの? 締め付けられるように苦しくならないの?」


「なるさ。なるから逃げたいんだ。俺は、俺はそんなに強くない」


「真実から目を背ける事で、本当にアタシ達に未来なんて来るのかな?」


「……」

 晴矢には答えることができなかった。


 そのうち香織のウチに着いた。


「すまない。香織。俺、逃げてばかりで、頭の中こんがらがってて、本当にごめん」


「晴矢、アタシこそごめん。アタシもいつもうまく自分の事コントロールできてない」


「なんでそうなのかは、わかってるさ。気にするなよ」


「アタシ、」


「じゃあ、また明日な」


「晴矢!」


「うん?」


「ううん、何でもない。練習がんばって」

 香織は何かを言いかけたが、晴矢はその続きを聞きたくはなかった。


「ああ、今度勉強教えてくれよ。俺、医者にならないといけないみたいだしさ」


「バカなの?」

 香織は二人きりになるといつもとは違う顔を見せる。


 同性の麻里奈や奈央には見せたくない顔がようだった。

 その顔を垣間見たその途端、晴矢はは苦しくなって逃げたくなるのだ。


(俺は卑怯だ)

 晴矢は聞こえない様に独り言ちた。

 そして頭に浮かんだ言葉が自然と出た。

「実は、俺も独りになるのが怖いんだ」

 

 香織は頷いて、首を垂れた晴矢の頬に、その白く長い指の右手を掛けた。



*******

「香織が言ってた転校生ってさあ、どんな人かな?」

 晴矢と香織と別れた後、麻里奈と双葉は双葉の家の前で自転車を止めて話していた。


「どんな奴かね。サッカーやってたりしないかな」

「ねえ、双葉」

「あん? なんだ?」

「アタシたち、どうなっちゃうんだろう」

「どうもなんねえって。誰にも分かりゃしねえって」


 麻里奈は、少し不愉快な顔をしながら続けた。

「あの子、仲間に入って来たけど大丈夫かな?」

「ああ、オレれもちょっと気にはなるな」


「余計なこと言わないようにしないとね」

「そうだな」

「他の四人にも言っとかなきゃ」


 双葉は、少しため息をついて言った。

「まあ、あいつらだってみんな傷ついたし、ずっと恐れてたりしてるんじゃないかと思うんだよ」

 

 麻里奈も頷いて言った。

「香織もあれから随分変わっちゃったし」


「奈央は変わらないよな。雄二もな」

「本当そうだよね。晴矢の事は、どう思う?」

「晴矢は人の目ばかり気にするようになった気がするよ。あいつ、前は結構俺が俺が!ってタイプだったのにさ」


「うーん、そうかもね」


「悪りい。俺そろそろ練習行かないと」


「うん分かった。また明日ね」

 まだそれらしい台風の気配は無い。上弦の月が山の稜線から六人を見ていた。

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