第8話 さあ、始まるぜ、俺の新生活! 死んでるのに生活というのも変だが

 戸惑いの中、天使長の部屋を後にした俺とミルク。


 天使長ミカの格好にも驚いたが、強烈過ぎるキャラにも圧倒された。




 正直、あんなのがトップで天使の仕事はうまく回っているのだろうか。


 うまく回っていないからララファのような問題児が出るのではなかろうか。


 しかし、それにしてはミカはララファを厳しく罰したようだ。


 身内に甘いタイプでないだけ、部下を回すのも巧いのだろう。




 そんなことを考えていると、エレベータが一階まで下りたピンポン音が聞こえた。




「真彦さん、まずは真彦さんの死者としての生活拠点を決めなくてはなりません」




 ドアが開くと同時に、ミルクがそんなことを言ってくる。




「基本的なことを教えておきますね。まず一つ目、死者はお腹が空きません。無論餓死もしません」




 そういえばちょっと前に読んだ漫画でそんな設定あったな。


 って、あれはリンゴを食いたがる死神の話だったか。




「もう一つ、死者は眠くなりません。そもそも天界に夜は来ません。暗い空が見たければ地下の方へ行って地獄か煉獄へ行くしかありません。行きたくないでしょうけど」




 地獄、煉獄。


 どちらもろくなところではないことは想像に難くない。




 夜が来ないということはいつでも明るいということだ。おまけに眠くならないとは、好きなことをやりたい放題ではないか。




「三つ目、天界の死者は基本的に先に死んだ親等の近い身内のところに行きます。真彦さんの場合、ご両親もご祖父母もどちらもご健在ですので、父方の曽祖父か母方の曽祖母のところですね」




 ミルクの言葉に俺は長く祖父母に挨拶すらしに行っていないことを思い出した。


 たしか、どちらも孫の俺が入院中にお見舞いに来てくれたんだったか。


 親もそうだが、先に死んでしまったのは少し申し訳ないことをした気がする。




 しかし。


 おや、三つ目のミルクの説明の中で不思議なことが判明したぞ。


 俺だってここまで代を重ねてきた家系の人間なわけだから、父方の曽祖母、母方の曽祖父はここにいてしかるべきではないだろうか。なにせこれ以上死なないのだから。




「ミルク、俺の行く先はひいじいさんと、ひいばあさんのところしかないのか? その奥さんと旦那、つまり父方のひいばあさん、母方のひいじいさんはどうした? それにひいの時代までさかのぼれば、もっと先祖がいてしかるべきじゃないのか」


「そのお二人以外はとっくに『転生の炉』で転生されました。もう何十年も前の話ですから、わたしにも正確な転生時期は分かりませんが」




 なるほど。


 死んでいるのを止めたくなったときは転生すればいいわけか。


 俺はミルクがいる限り、そう簡単に転生したくはならないと思うが、一応覚えておこう。




「さあ、お二人は別々に暮らしてらっしゃいますが、まずは両方にご挨拶に行きますか?」




「そうだな……」




 顔を見たことがない曽祖父母だが、二十三で死んだひ孫不幸者として一応挨拶はしておくべきだろう。




「ちなみにわたしはお爺さんのところへ行ったんですよ」




 ミルクが明るく、自分が死んだときのことを説明してくる。




「『親より先に死んで悲しませたな!』って怒られましたけど。それ以上に顔を変えたことに驚いてましたが」




「いいじゃないか、念願の美少女になったんだから」




「ええ、念願の美少女……なんですけどね」




 そこで、ミルクは肩を落とす。


 なんだ? 死の直前の願いで美少女にしてもらって満足なんじゃないのか。




 いや、ミルクの視線の先を追ってみる。




 ははあ、ぺちゃぱいなのを気にしてるわけだ。


 そういえば四年前に話をしたときもそんな風だったな。




「真彦さん、今わたしに対してものすごく失礼なこと考えませんでした?」




 そう言って、ミルクは俺の手を放し、両手で死神の鎌を構える。鎌だけに。




「死者の体って魂だけだから基本傷はつかず、例外的なもので傷つけられたとしてもすぐに修復するんですけど、その例外的なものの一つが、この死神の鎌なんです」




 ミルクはどうやら顔には出していないが、相当怒っているらしい。


 もうこの子に対して胸が小さいだのぺちゃぱいだのの印象は抱かない方がよさそうだ。




 そんな微笑ましいやり取りをしながらも、俺は、現世で例えると東京くらいの都会度の街並みを歩いていた。


 しかし、それは規模の話であって、道はまるで混雑していない。


 ちなみに俺の曽祖母はもっと田舎なのどかな町並みでどちらも死神庁寄りの和風な平屋にそれぞれ独り暮らしをしているらしい。




 その曽祖母とは一応挨拶したが、顔も知らない、しかも思ったより若い老人だった。


 基本的に部屋に籠って、毎日毎日、生前仕事にしていたという針仕事に精を出しているらしい。




 これもミルクが説明してくれたことだが、『転生の炉』で転生するときに死者としてどれほどの「徳」を積んだかが次の人生の幸福度を決めるらしい。


 正確には生まれた時点で持つ幸福量はその前世の「徳」で決まり、それを使い切らないで死んだ場合、俺の様に死神が死後もしくは死の直前のサービスを訊きに来るというわけだ。




 うーむ。


 どうやら、俺は近場真彦として生まれ変わる前の死者生活でろくな「徳」を積まずに転生を選んだらしい。




 まあ、それは今はミルクが隣にいてくれるんだから全体としてプラスマイナスで考えればプラスだったと考えよう。




 ちなみに都会に住んでいる曽祖父の方はと言うと、天界図書館に籠りきりで、めったに自室にすら帰らないらしい。




 おい、ちょっと待て。


 天界図書館? ものすごく魅力的な単語が聞こえなかったか?




「おい、ミルク。天界図書館って何だ? どこにある?」


「天界図書館というのは現世の全ての本が収められた、天体クラスのほぼ無限の広さを持つ図書館のことですよ」




 おいおい。


 これはこれ以上ない暇つぶしができるスポットなのではなかろうか。




「場所は天界のさらに上です。中央エレベータでずっと昇るか、飛んでいくしかないんですけど、真彦さん飛べませんから、明日連れて行ってあげますね」




 おお。


 図書館デート!




 色気なく聞こえるかもしれないが、これが凄まじく男心をくすぐるものなのだ。




 俺は今日はとりあえずほとんど無人だという曽祖父の部屋で過ごすことにして、仕事が残っているというミルクと一旦別れ、明日(夜はないのに次の日が来るというのも変な話だが)、ミルクと一緒に図書館デートの約束をしたのだった。




 図書館でバイトしてたら真面目な子に間違われて、純情な男に惚れられるって歌、昔あったよな。


 とにかく、これで二つの意味で楽しみができた。




 明日はミルクと図書館デート。


 その上、めちゃくちゃ暇をつぶせそうな場所の目星までついた。




 俺の死後第一日目の滑り出しは非常に順調だ。

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