第7話 天使には変なやつしかおらんのか!
痴女だ。
間違いなく痴女がいる。
俺は目の前にいる、亜麻色の髪の、素っ裸に白いリボンのような薄い布でデリケートゾーンというか、トライアングルゾーンというか、とにかく、そういう見えちゃいけない場所だけを隠している女を見てそう思った。
顔立ちは、これでもかというほどタレ目で、唇にはピンクのルージュが引いてあり、抜けるような白いほほにはこれまた桃色のチークが施されていた。
これほどの美人にお目にかかったことはないというほど、絶世の美女だったが、ララファと同じく、なぜか絶対にお近づきになりたくはない。なぜか。
「こんにちは、天使長」
「まあ、あなたがミルクちゃんね。お噂はかねがね」
ミルクが天使長とやらと平然と会話を交わしている。
やはりこの天使長あの服装では俺を誘惑したりそういう意図は全くなく、これが平常運転のようだ。
「今日、あなた方に来てもらったのには二つ理由があります。まず一つ目は謝罪」
天使というより、女神然とした天使長は俺の動揺などお構いなしに会話を始める。
と、そこで何かに気がついたようで、
「あらあら~……、もしかしてそちらのボクにはこの格好刺激が強いのかしら? まだ死に立てだからそういう感情も抱けるのねえ。うふふ、なんだか新鮮で楽しいですわあ」
「あ、あ、いや、その、そういうわけでは」
「大丈夫、死んでしばらくするとなんとも思わなくなりますわ。ほらほら、もう体が反応したりはしないでしょう?」
たしかに、言われてみるとあんな格好の扇情的な美女を見たら、普通、アソコがこらえきれなくなるはずなのに、まったくそういう劣情は湧かない。
別になくなったわけでもないのに、言われたとおり、反応しない。
うーむ。
これが死ぬということなのだな。
俺は今更ながらに自分が死んだという実感が出てきた。
最悪の感じ方だが。
さておき、天使長は続ける。
「あらあら、そういえば自己紹介がまだでしたわね。私はミカ。天使長をやらせてもらってますの、うふふ」
ミカ。
随分と普通な名前なのだな。という印象を抱きつつ、俺も軽く名乗って挨拶した。
するとミカ天使長は、
「あなたのことは知ってますわよぉ。だって、うちのアホタレでお間抜けな妹のララファがご迷惑をかけてしまった方でしょう?」
アホタレだのお間抜けだの、この美女には似合わない単語が魅惑的な口からほいほい出てくる。
ん? そういえば「妹」ということはララファは天使長の妹なのか?
それなら立場的にあの傲岸不遜な態度も多少うなづける、が……。
「真彦さん、天使って言うのは皆お互いを兄弟姉妹と扱うのですよ。別に生前ミカ天使長とララファさんが姉妹だったってわけではありません」
俺の疑問が顔に出たのか、ミルクがそう説明してくれる。
「そうなの。だからバカでボケナスのララファのスットコドッコイには罰を与えることにしたの。これが謝罪と、もう一つのお話」
ミカ天使長はその美顔に似合わない罵倒をララファに対して言いながら、そんな事をのたまった。
「本当にごめんなさい。ララファのバカモンにはしばらく閻魔庁で悪魔に混じって悪人の魂を天界まで引き上げさせる刑罰を命じたから、どうか、これであなた方の邪魔をしたことは水に流してくれないかしらん?」
「あ、悪魔に混ざって仕事!?」
また微妙に言葉遣いが変なミカ天使長に、今度はミルクが驚く番だった。
俺は悪魔だの閻魔だの言われても具体的にはどんな感じなのか良くわからない。
……わからない、が、ララファが今回の件でやらかしたことで、ろくな目に遭わないであろうことだけは想像がついた。
「ミカ天使長、そこまでしなくても……。現に四年遅れたとはいえ、真彦さんの死の直前の願いはこうして叶い、わたしたちは一緒にいるわけですから……」
ミルクはなんとどういう心情か、ララファを庇っているようだ。
「一回くらいの嫌がらせなら謹慎程度で許してあげたんだけど、まあ二回もやろうとしたとなるとねえ。このくらいしないと懲りないと思ったのよ」
「はあ……」
ミカ天使長の言葉に、ミルクは納得が行ったのか、行かなかったのか、とにかく生返事を返すだけだった。
★★★★★★★★★★★★
一方その頃。
悪魔のサナタンは閻魔庁でえっちらおっちらと書類を運んでいた。
そばかすのある、およそ悪魔らしくない幼い顔立ち。ただし、その血のような色の真っ赤な真新しいスーツだけが彼女に悪魔っぽさを与えていた
サナタンが今運んでいるのは今日天界に召され、煉獄へ堕とされた後、速攻で『転生の炉』へ放り込まれることになる悪人たちのリストの束だ。これは非常に重要な書類で、ひっくり返しでもしたらえらいことになる。
そもそも、臆病すぎて悪魔として悪人の魂を抜きに現世に下りる仕事がまだ回ってこないサナタンにはこの程度の仕事がちょうどいいのだ。
そう思いつつも、重たい書類の束を持って、閻魔庁の廊下をあっちへふらふら、こっちへふらふらと歩いているサナタンは、あるとき、足がもつれて転びそうになった。
しかし、そこで、書類の束は誰かに支えられ、危うく転ぶところだったのを支えてもらえた。
(た、たすかった~…、誰か親切な人が支えてくれたんだ)
が、思えば彼女のサナタンの不運はここから始まっていた。
支えてくれたのは、閻魔庁の制服ともいうべき血色の服を着た悪魔ではなかったのだ。
白いドレスに白い羽根。この閻魔庁においては否応なく目立つその格好をした恩人は、紛れもない、天使だった。
(え? なんでこんなところに天使が居るんだろ……)
という疑問をものの一秒で打ち消したサナタンは慌てて、
「あ、ありがとうございました! おかげで助かりました!」
と、頭を下げそうになるも、本当に下げてしまうと書類まで手から零れ落ちるので、できるだけ大きな声でお礼を言った。
「お、ちょうどよさそうなの、みーっけ」
助けてくれた天使はサナタンのお礼が聞こえていたはずなのに、そんな事をボソッとつぶやいただけだった。
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