第9話 明日はドキドキ図書館デート! ちょっと待て、スマホもないのにどうやって連絡する?

 俺は顔も知らない曽祖父の部屋に勝手に上がり込んだ。




 基本的に図書館通いで帰ってこないというのだから部屋のものを好きにしたって別に怒りはしないだろう。


 可愛いひ孫のすることだ。大目に見てくれ。




 なんだか俺、死んでから、ミルクの大雑把さの影響を受けてか、どんどんやることが適当になってきてる気がする。




「さーて、ものの見事に本しかないな。これは持ち物なのか、それとも返してない図書館の蔵書なのか?」




 ひいじいさんの部屋を見回してみたが簡素な本棚が一つ、お膳と座布団がワンセット。当然ながら寝るための布団やベッドらしきものは見当たらなかった。


 どうやら、ここの住人は本当にたまに帰ってきても本ばかり読む生活を送っているようだ。




 と。


 お膳の上に実に大切なものを見かけた。




 時計だ。


 現在時刻と、その下に日付らしき数字も書いてあった。




 どうやら、現実世界と日時はリンクしていないらしく、ただ五と十九とだけ書いてあった。


おそらくこれが月と日で、五と二十になったとき、明日になるのだろう。


 そういえばミルクとは「明日図書館に行こう」と約束しただけで具体的な時刻を決めていなかった。さらに言えば待ち合わせ場所も決めていない。迎えに来てくれるつもりなのだろうか。


 改めて考えたら非常にまずいことをしたかもしれない。




 ミルクの職場であろう死神が働く場所に行こうにもどうやっていけばいいか分からない。


 明日になってもミルクが迎えに来てくれなかったらどうしよう?




 うーむ。


 参った、早くも難題ができてしまった。




 しかし、兎にも角にも今はなにか暇つぶしを探さなければ。


 と言っても、ひいじいさんが本棚に残して行った本を読むくらいしかやることはない。


 まさか、古文で書かれているということはないだろうが、英語とかドイツ語とか、俺の読めない言語で書かれていたらどうしよう。




 ああ。


 ミルクとの再会の件といい、暇つぶしの件といい、問題だらけだ。


 現世なら、スマホでも持って、ミルクと簡単に連絡を取ればいいのだろうか。




 そんな風に俺があたふたしていると不意に首元から発信音のようなものが聞こえた。




「真彦さん、そういえば言い忘れてました」




 俺の髑髏の、ペンダントが、喋っているのだ。


 そして聞こえてくる声は間違いなく、ミルクの声だ。




「あー、テステス、聞こえますか、真彦さん。わたしです、ミルクです」




 俺は服の中に手を突っ込んで、水晶でできた髑髏のペンダントを取り出す。




「ああ、聞こえるよミルク」




「よかった。こっちからこのペンダントを通じて真彦さんに連絡することはできるんです。わたし、明日の零時になったらそっちのお部屋に迎えに行きますね」




「お、おお、天使だ、君は天使だ。なんで俺が困り果てているときにタイミングよく助けてくれるんだ」




「天使じゃなくて死神ですってば。とにかく、明日ちょうどに迎えに行きますから、勝手に出歩いたりしないでくださいね。それと、その水晶髑髏はわたしのもので、今は職場からかけてます。あした図書館に行くついでに、真彦さんの分も申請しましょう。これでいつでも連絡が取れるようになります」




 す、素晴らしい。


 四年前のあのとき、ミルクは俺にちゃんと連絡手段を渡してくれていたんだ。




「念のために確認しますけど、私とお揃いの水晶髑髏か、一般の死者が持つ電話型か、天使が持つ、羽型のどれかで申請しますけど、電話型でいいですよね?」




「いや、ミルクとお揃いの水晶髑髏にしてくれ」




「分かりました。死神用なら今日中に申請できます。明日持って行きますね。ではまた明日。わたし、明日はオフなので、会えるのを楽しみにしてますね」




「ああ、仕事頑張ってな。俺も楽しみにしてる」




 そう言うと、水晶髑髏での通話は切れた。




 思えば、ミルクは自分の水晶髑髏を俺に渡してしまった後、どうやって他人と連絡していたのだろう?


 たしか、宝物と言っていたが、明日返すときにでも聞いてみよう。


 そうか……俺はミルクの宝物をそうとは知らず四年間も預かっていたのか。




 俺は天使という存在に何度か会い、あまりのイメージの違いに愕然としたものだが、ミルクは本当に天使そのものだ。


 どうしよう。


 これから行く図書館とやらで死神もののラノベや天使ものの漫画を読んだとき、俺の中で両者のイメージがひっくり返ってそうだぞ。


 死神は、清楚で可愛く、甲斐甲斐しく気が回り。


 天使は、こちらを混乱、困惑させるばかり。


 そんな印象が焼き付いてしまった。




 もっとも、俺はミルク以外の死神に会ったことはないので、他の死神はもっと怖くて、顔もおどろおどろしいのかもしれないかもしれないが。


 そういえば、ミルクが言っていたメルテさんとかいう先輩の死神は優しくてとてもいい人なんだったか。


 いったいこの世界の職業観はどうなっているんだ。




 とにかく、あと八時間ほどで明日だ。


 色々疲れることがあったにもかかわらず、眠気は全く訪れないので、ひいじいさんが本棚に置いている本を適当に読んで過ごそう。




 読んでいてわかったことだが、天界には言語の壁というものがないらしく、どんなに古い文体で書かれていようが、その本に書かれている意味が理解できる。


 おかげで、ひいじいさんが置いておいてくれた文芸小説を読むだけで時間を潰すことができた。




 そして数時間後――




 もうすぐだ。


 もうすぐ、ミルクがやってきてくれて一緒に図書館に行ける。うまくすればひいじいさんにも挨拶できるかもしれない。


 せめて部屋を間借りさせてもらっているお礼を一言伝えたいのだ。




 本棚の本を読んでわかったが、俺の曽祖父はよっぽど小説が好きらしく、おそらく図書館で読み耽っているのも小説なのだろう。


ただ、いわゆる、ラノベの類はなかったので、その辺は世代の違いという奴だろう。推理もの、恋愛もの、時代ものと多種多様なジャンルの小説を自室に置いていたが、さすがに魔法が出てきたりするものはなかった(武士が刀で戦う作品はあったが)。




 ピンポーン。




 そうこうしていると、この部屋の呼び鈴が鳴った。時刻はまだ一時間も早いが、ミルクだろう。


 俺に逢うのが楽しみ過ぎて、早く来てくれたのだろう。もう俺は嬉しくて嬉しくてたまらなくて、飛び上がらん勢いでドアまで行き、開けた。




 そこにいたのは――




 真っ赤な血のような色のリクルートスーツのようなものをまとった、栗色の髪をした、小柄で子供っぽい顔の、赤いピアスをしたそばかすのある少女だった。


 小柄で、子供っぽいところに若干ミルクと似たものを感じをないではなかったが、間違いなく、待ち人ではない。




「あ、あの、あなたは昨日亡くなられた近場真彦様、で間違いないですよねっ?」




 そのミルクではない、招かれざる客はいつ頭を大きく下げてもおかしくない丁寧さで訊ねてくる。




「ああ、そうだが、君は誰だ? 俺に何の用だ?」




「申し遅れました。あたしは閻魔庁事務員、悪魔のサナタンと申します」




 そういって、サナタンと名乗った悪魔らしい少女は俺に胸ポケットから出した名刺を渡してきた。




「閻魔庁 事務二課 サナタン ピアスNo.XXX-XXX」……などとその名刺には書いてあった。




 これが生前なら、なにかのキャッチセールスだと思って追い返すところだが、ミルクとの待ち合わせにもまだ少しばかりの時間があるのでちょっとだけ相手をしてみることにした。




「で、その悪魔のサナたんが俺に何の用かと訊いている」




「実はこのサナタン、死にたての近場様に天界を案内する役目を仰せつかりました。どうぞよろしくお願いします」




「はぁ……?」




 悪魔のサナタンは今度こそ頭を大きく下げた。


 このとき、俺は勿論、物陰でほくそ笑むララファになぞ一切気付かないままだったのだ。

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