第2話 あんまりいきなりな告白に慌ててOKなんだかよく分からない返事をしたら天使まで出てきて大変なことになりました
「え、ええええっ?」
意外なほど驚くミルク。そんなにも大変なことを言ってしまったのだろうか?
だってミルクは死神な訳で、俺の命を刈り取る役割も行えるはずな訳で。
「あの~…真彦さん、申し上げにくいのですが」
「無理な願いなのか?」
「い、いえ、絶対に無理というわけではなく、実はわたし、今日真彦さんに死の直前の願いを訊きに来るのが死神として最初の仕事でして……」
「な、なに……?」
「だから魂を抜きに来るのは別のもっとベテランの死神さんが行う予定になっていたと言いますか……、その……、わたしみたいな半人前に召喚まで任せてもらえるかどうか、上司に掛け合わないことには、お返事のしようがないと言いますか」
ミルクは両人差し指を合わせながら非常に申し訳なさそうに言ってくる。
「お前、“魂取扱い何級”とか言ってたのは何だったんだよ」
「あれも、資格を持ってるからっていきなり実地でやらせてもらえるかというとそうでもなくて……ああっ!!」
そこまで言ったところでミルクが一際大きな声を上げる。
「え、えらいことです。止めていられる時間の限度が来ました! このまま時を動かすと真彦さん車に轢かれて死んじゃいますので、とにかく、一旦戻せる最長時間の二十四時間前まで巻き戻します!」
「な、なんだそりゃ!?」
「何とか二十四時間以内に何とか説得して何とかしてみます。何とかなったら迎えに来ます!」
「おい、『何とか』の回数が多いぞ、大丈夫かそれ」
俺は不安になって慌ててミルクに問いかけた。
「わ、わたしも真彦さんにまた会いたいんですっ! それだけは分かってください!」
ミルクは慌てて、自分の首の後ろに手をやった。
そして、宝石のようなものがついたペンダントを外し、素早い動きで俺の首にかけさせる。
「こ、これ、わたしの宝物なんです! だから絶対、絶対返しに来てくださいね! また会いましょうね! 約束ですよ! 今日は会って話せて本当に楽しかったです! それだけは、それだけは……」
俺はそれだけ言って急に空に飛び立つミルクに、手を向けて叫んだ!
「俺もだ! 楽しかった! また会いたい! まだ話したい!」
*****************
「ミルクーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
と、俺が右腕を天へ掲げながら叫んだ時には俺は山上大学の講義室でまだ講義を受けている最中だった。
時刻は午後の三時五十分。
ちょうど四限目が始まったばかりの時刻だ。たしか、明日の金曜日は三限で講義が終わるので早く帰れるが、今日は木曜日なのでだるい四限目まである。
「みるくーだってよ、なんだあいつ」
「よっぽど牛乳飲みたかったんじゃない?」
講義中に自分でも意味不明な大声を上げたので、周りからひそひそという笑い声が聞こえてきた。
しかし「ミルク」?
なんのことだろう?
幸いなことに、教授には何を言われなかった。こんな意味不明なことで減点を食らって単位に影響が出たら笑い事では済まない。
そういえば、胸元に違和感がある。
俺は適当に講義を受ける振りだけしながら、首にかかっているネックレスを取り出した。
それは、一目見ただけで不気味で、かつ神秘的な代物だった。
形で言うと、髑髏の形をしている。しかしそれはシルバーアクセサリーなどではなく透き通った、まるでガラスのような石でできているのだった。髑髏の眼球部分にシルバー製と思しきチェーンがかかっており、それが、いつの間にか、俺の首にかかっていたのだ。
先程の「ミルク」という言葉、そして、この髑髏のネックレス、どちらにも得も言われぬ感慨がある。
うまく言葉では説明できないが、決して忘れてはならない何かが……頭の片隅に引っかかったままだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
同時刻。
わたしは急いでいた。
なにがなんでも二十四時間以内に死神長のマクスウェル様に許可を頂いて、真彦さんが死を迎える瞬間に魂を抜き、共に天界へ昇らねば。
天界の死神庁は割と広く、現世から戻ってきてすぐに死神長の執務室まで辿り着けるわけではない。しかもわたしは死神の立場でありながらまだ羽も生えていないのだ。飛んでいくわけにはいかない。
わたしが慌てて死神庁を駆けている間、ほんの一瞬の奇跡が起こった。庭で、マクスウェル死神長がパターゴルフに興じているのを見かけたのだ。
「マクスウェル死神長! ご相談があります!」
わたしはとても慌てていたので廊下から大きな声を出してしまった。
もちろんマクスウェル死神長は目を丸くして驚いている。
マクスウェル死神長。
見た目は人間でいう七十歳くらいの外見の温和そうな老人だ。
今はタートルネックの黒服に、黒いジーパンというラフな服装をしており、背中からはカラスを思わせる大きな羽が生えている。
すべての死神の頂点に立つ業務を行っており、対等の立場の者は天使長と閻魔長位のものだ。
実を言うとまだまだ仕事を始めたばかりのわたしには、直属の上司というわけでもなく、こうして直接相談できるような立場ではない。
しかし、この状況、どうしてもこの死神(ひと)以外には対処の仕様がないと思った。
「見習いミルク、いったい何事かね? 初仕事はどうだった? うまくやれたんだろうね」
自分で言って、マクスウェル死神長はなにかに感づいたらしい。
「さては初仕事で何かやらかしたかね? どうした? さては死亡予定者に希望を聞けなかったか? それとも無理難題でも吹っ掛けられたか?」
うっ、さすがに勘が鋭い。伊達にわたしと違って千年以上も死神をしていないよね。
「し、失礼はあとでいくらでも謝ります。え、えと、今は、……どちらかというと後者です!」
「ほう、落ち着いて話してごらんなさい」
死者は基本的に経済や社会体制というものに縛られないため、本人の意思をもっとも尊重する部分がある。
そういった意味で、見習いでも等しく部下の死神の面倒を見るという心構えのマクスウェル死神長は、閻魔庁、天使庁など、多くの庁所の中の権力者の中でも頼りにされていた。
それが、今のわたしには幸いだった。
わたしは真彦さんとの一件を真摯に語り、なんとか彼の願いを叶えてあげたいと告げた。
マクスウェル死神長はしばらく顎に手を当てて考え込んでいたが、やがて、ゲートボールのマレットにしていたスティックを鎌の姿に変えると、
「見習いミルク、『運』を使い果たせなかった死者の願いはほぼ”絶対”に近い。生と死が不可逆である以上、生あるうちに叶わなかった願いは本人が希望する以上、順守されねばならん」
「死神長……!」
わたしは自分でも顔がぱあっと明るくなるのが分かった。
だけど、死神長は続ける。
「しかし、そのためには見習いである君の手でその“近場真彦”とやらの魂を抜かねばならん。君はまだ一度も人間の魂を抜いたことがないだろう? 失敗した場合はそれ相応のペナルティがつく、その覚悟を持って、近場真彦の魂を抜き取り、天界まで連れ帰るならそれでよかろう」
マクスウェル死神長が手に持つ鎌がわたしの喉元に突きつけられる。
でも、負けてはいられない。
「ぐっ……、わたし、確かに一度も人間の魂を抜いたことはありませんけど……ありませんけど、それが真彦さんの願いなら、やってみせます!」
「死神長、ぜひやらせてください!」
「君には四年ほどは『運』を使い切っていない死者へ願いを聞く使者の仕事だけを申し付けるつもりでいた。よいか、死神が抜く魂は天使が抜く魂より未練が強い。よって修行の期間も長く取る。だが、今回に限り許そう。基本を忘れず、しっかりと近場真彦の魂、抜き取ってこい」
「はい! はい……! ご許可を頂きありがとうございます!」
わたしは突きつけられた鎌に触れるぎりぎりまで頭を下げ、そして、再び現世に戻って真彦の魂を抜くべく、死神庁の廊下を駆けだしていった。
だから、あまりの嬉しさに気が付かなかった。
わたしとマクスウェル死神長のやりとりをこっそり聞いていた者がいたことに。
★★★★★★★★★★
さて、その様子を陰から窺っていた者――天使のララファは全てが気に入らなかった。
ララファは死神のミルクとは違い、天使だ。
頂点が紅色になった髪は腰まであり、色が髪の先端へ行くほど撫子色に近くなっている。鼻が高く、ややつり目がちな、正しく「天使」と言わんばかりに整った顔立ち。その清廉さを象徴するかのような純白のドレス。
『天使』とは『死神』とは違い、天寿を全うした者、つまり運を使い果たし、死んだ者を天界へ召喚する役目を追う。
ただし、ここで天寿で死んだか、運悪く死んだかの判断がつかず、よく死神と天使の間で揉め事が起こる。よって、死神と天使は往々にして仲が悪いのである。
そんな天使VS死神の構図の中でも特にララファは天使の方が正しいという思想の持ち主だった。
しかし、天使のララファはそれを抜きしてもあの死神見習いの小娘、ミルクが気に入らなかったのだ。
あんな、死の際の同情で愛らしい外見を手に入れたことも、落ちこぼれの成績のくせに必死に努力して見習いとはいえ、死神の資格を取ったことも。
そしてなにより、今回は、自分が初めて死の宣告を行った相手と、
“もう一度、会いたいから、自分で魂を抜く“?
全てが馬鹿げている。前々からバカだ馬鹿だと思っていたが、まさか死者に下手な肩入れをして自らの分を弁えずに天使でさえ何年も修行しなければやらせてもらえない、人間の魂抜き、などという大それた仕事をこなしてみせようとは。
だから、ララファは、ただ「気に入らない」というだけの理由でミルクを邪魔してやることにしたのだ。
★★★★★★★★★★
そんな天使の悪意にも気づかず、わたしはただただ、
「真彦さんともう一度会いたい」
それだけを胸に、初めて使う、さっき受け取った魂抜き取り用の鎌の柄をぎゅっと強く握りしめていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます