「臨死状態で死神美少女に出会ったら転生するんじゃなく、恋しちゃいました!?」
天野 珊瑚
第1話 死んだら転生してチート冒険生活だとばかり思ってたらやってきた死神少女が可愛すぎました
「わぁっ!」
俺は思わず叫んでいた。
大学からの帰り道、俺の通う大学は「山上大学」などという名前の通り、山の上にあり、坂道を徒歩や自転車で通うのは億劫なので、中古の原付を買って毎日通学していたのだが、その原付のタイヤが急に滑った。
そこに突っ込んでくる一台のトラック。
俺は受身すら取れないまま無様に転んでいるので、ププー!という意味のない大きなクラクションを聞きながら、そのまま大きな鉄の塊に轢かれ、あえなく絶命する。
はずだった。
「時よ止まれえ!」
その女の子の声が割り込まなければ。
「えー…、えっと、まだ当たってませんよね?」
どうやら時を止めたらしい黒い服の少女は、肩で息をしながら俺の方へ降りてきた。
そう、この女の子、急に宙に現れたのである。
そして今、ぜえはあと息をしながら原付とともに横転している俺のところまで降りてきている訳だ。
まったく持って訳が分からん。
いや、待て。
俺はもしやアニメやネット小説くらいでしか観たことがなかった展開の中にいるのではなかろうか。
きっとあの女の子はこう言うのだ。
「あなたに力を授けますから異世界に転生して魔王だか竜だか何だかを倒して英雄になってください!」
Oh! なんとベタ過ぎる、かつ俺が待ち望んでいた展開か!
さあ転生させてくれ。剣士か? 魔法使いか? それともどこかの国の王子か?
「ふぅ、えーと、あなたの名前は近場真彦(ちかばまさひこ)さん…ですよね?」
「ああ、そうとも」
素晴らしい。この子は俺の名前まで知っている! これはもう運命に選ばれた証拠に違いない。
しかもこんな好みの金髪碧眼で華奢な体型のゴスロリファッションな使いを寄越してくれるとは。神様もサービスがいい。
これはますますチートな性能を与えられる可能性が高そうだ。
「近場真彦さん十九歳、一浪して地方二流公立大学の山上大学に入学。彼女なし、異性との交際も経験なし」
「まったくもって正解だけど、その真ん中あたりからの情報要る?」
「要りますよ、あなたが資格ありかどうかの情報なんですから」
腰のポケットから、メモ帳を取り出して俺をチラチラ見ながら確認してくるゴスロリ美少女。いや、正確にはゴスロリではない、フリルがない、ただの黒いワンピースだ。
なんだか喪服めいて見えるが、そろそろ暑くなってきたので、この季節には涼しくていいだろう。
って、そんなこと気にしている場合ではなくて。
「享年十九歳。死因、交通事故。家族関係、大きな不幸要素なし、ふむ情報通りです」
喪服っぽい服装の少女は勝手にそんなことを言ってうんうんと頷いている。なにがうんうんなのか。
「えーと、まず確認するけど、俺、これから死ぬんだよな?」
「はい! そりゃもうはっきりきっちり死にます。なんたって、死神のわたしがここに来てるんですから!」
なにやら雲行きが怪しくなってきた。
死神?
って、あれだよな? 死者の魂をあの世へ連れて行くっていう……。
「あっ、も、申し遅れました! わたし、これでも死神なんですよ、らしくないかもしれませんケド」
そう言われて俺はじっと目の前の自称『死神』を見てみる。
はっきり言って、死神かどうかより、まずこの子の可愛さに目が行ってしまう。
髪は見事なブロンドのロングヘア。ぱちくりと大きな瞳は透き通らんばかりの綺麗なエメラルドグリーンだ。肌は抜けるように白く、俺たちと同じ有色人種ではないだろう。
コーカソイドの美少女だ。歳は十六、七だろうか。
そんな美少女だが、今は怯えと緊張の色が濃い。
「あ、これも申し遅れました、わたし、名前をミルク、と言います」
ミルク。
魅瑠玖だの未流久だののキラキラでない限り、間違いなく、外国人なのだろう。改めて考えたら、なんで明らかな異邦人がこんな流暢に日本語を話しているのか。そんなことに疑問を抱かなかったのも、俺にはある確信があったからに他ならない。
「そうかミルク、君が俺を『転生』させて『異世界』に連れて行ってくれるんだな?」
ごく真面目に俺がそういうと、ミルクはぱちぱちと二回ほど瞬きをした後、呆気にとられたような表情になった。
あれ?
なんか反応が予想と違うぞ?
「『転生』って、真彦さん、死んですぐに『転生の炉』に入りに行くんですか? 気の早い人ですね。てか、『異世界』って、天界のことをご存じなんですか? いやあ現世だと知ってる人っていうか、信じてる人はほとんどいないんだとばかり」
「おい、ミルクはこれから死ぬ俺を転生させてロマン溢れるファンタジックな世界に連れて行って冒険させてくれるんだよな? 違うのか?」
「えーと、わたしは死神として真彦さんの最期のお願いを訊きに来たんですけど……」
どうやら誤解があったらしい。
それから数回の問答を繰り返したが、同じような内容なので略す。
ようするにミルクがしに来たのは、
・前世で碌な目に合わず、産まれた時に持ちえた「運」を使い切らずに死んだ人間はある程度の願いを叶えてから死ねる
・俺こと近場真彦はその「運」をまだ残したまま死んだので昨日まで時間を巻き戻して、未練の残らない過ごし方をさせてもらえるか、死の時に味わう痛みを味わわずに済むように先に魂を抜いてもらうかのどちらかのサービスを受けられる、とのこと
それだけらしい。
なんじゃそりゃあ!?
チート能力は? 伝説の剣は? なんか高貴な血筋は?
ファンタジー世界はどこだ!? ハーレム展開はー!?
「あの~…、なんだかご期待に沿えなかったようですけど、早く決めて頂けませんか? 実を言うと、真彦さんのこれ、普通に産まれて死んだくらいじゃ受けられないくらいのラッキーな処遇なんですけど」
真彦さんってツイてない人なんですね、と付け加えてくるミルク。
「ふざけるなッ! 十九で死んでなにがラッキーだ。せめてもう少し長生きさせやがれ!」
「ですから、それを最期の一日をハッピーに過ごすことでですね……そんな大きな声出して怖い顔しないでくださいよぅ……」
「ハッ、そうか、これは夢だな。そもそもこんなおどおどした死神がいるもんか」
そう言ってやるとミルクは本気で傷ついた顔になった。
「ひ、酷い、わたしだって一生懸命努力して資格とって死神になったんですからね! “魂取扱い二級”も持ってるんですから、馬鹿にしないでください!」
夢だ。
これは夢だ。
「死神っていうのは、もっとこう、頭が髑髏で黒いフード被ってて、鎌持ってて……、とにかくお前みたいな小娘じゃないんだよ」
「死神も色々なんですよ。そりゃわたしは威厳も凄みも死神にしてはないかもしれませんけど!」
何度も何度も夢だと思い込もうとする。しかし、転げた原付、迫ってきたまま止まっているトラック、何よりも自分自身の心がこれが夢だということを否定している。
「くそっ、何故だか分かっちまうんだよ。お前が本物の死神で、自分が死ぬってことが」
「こんなおどおどしたぺちゃぱい小娘の死神なんかいないんじゃありませんでしたっけ?」
「おい、ぺちゃぱいは言ってないぞ」
「わーん」
くだらないことを言いあったおかげでほんの少しだけ上を向いた心。だが、ダメだった。俺の心はもう、認めてしまっていた
ちくしょう。
死ぬのか、俺は。
一年も浪人してやっと受かった大学への通学路で。
なんとなく大学生になって自由時間が増えれば彼女を作る機会にだって恵まれると思っていた。
受験勉強だけじゃなく、サークルに入ったり、一緒に呑みに行ったりする友達ができたりすれば、女の子と巡り合うチャンスもできると思っていたんだ。
それがなにもしないまま数か月。
ただ家と大学を往復して単位を落とさないように講義に出て。
死ぬのか。
知り合った可愛い女の子からアドレスを訊き出したり、明日のデートには何を着て行こうかとかそんなことで悩んだりすることももうなく。
俺は死ぬんだ。
「死にたく、ねえよ……」
それだけを呟いて、俺は時が止まったままの、自分の原付が転げた地面にしゃがみこんだ。
「真彦、さん」
そんな俺にミルクが声をかけてくる。
「なんだよ」
ぶっきらぼうに俺は返す。
「ない、てる…んですか?」
「あ?」
気が付くと俺の両目からは涙が溢れていた。
「もう放っておいてくれ」
俺はもうミルクの顔を見たくなかった。こんな可愛い女の子に情けない泣き顔なんて見られたくなかった。男として生を受けた以上、これ以上恥を晒したくなかった。
ぺたん。
すると、背中に何かが当たった。
「えへへ……、わたしも、同じように、今の真彦さんみたいに泣いたこと、あって……」
ミルクがオレの背中に背中をくっつけて座ってきたのだ。
声を聞くだけで、ミルクも泣いているのが分かった。
「嫌、ですよね? 死ぬの」
「嫌だよ、嫌に決まってる」
「わたしにも、来たんです。死神さん。そして自分が死ぬってこと聞かされて、担当の死神さんを何度も何度も殴りました。だって、まだ十六だったんですよ? 銃乱射事件であっけなく死にました。こんなのないって、それはもう死神さんの体がへこんじゃうじゃないかってくらい殴りました。そうしたら、死神さん、あ、メルテさんって言うんですけど、その人が言ってくれたんです」
「なんて……?」
「『死にたくないのは、いいこと』って。『死にたくなかったのは、幸せだった何よりの証拠だから』って」
「……」
そこで、ふと気が付いた。
十六歳で、銃乱射事件で死んだ。そして、死の間際に死神が来た、ということはミルクも俺と同じように何か願いを叶えるチャンスを貰ったはずだ。
「お前は、何を望んだんだ?」
「容姿、です。わたし、死ぬ前はもっとブスだったんです。だから、死んだあとはもっと美人になるようお願いしたんです」
「ははっ、死んだ後に美人になりたがったのか」
「ええ、メルテさんから死んだ後も世界は続いていくって教えてもらいましたから」
おい、待て。
死んだ後の世界って何だ?
そんな疑問が口に出さずとも伝わったのか、ミルクは答えてくる。
「だから言ったじゃないですか。『真彦さん、死んですぐ転生の炉に行くつもりですか』って。死んだら死んだで食欲睡眠欲性欲がなくなるだけで生活は続いていきますよ」
「な、なに……?」
「そして死に飽きたら『転生の炉』に入って記憶を捨てて生まれ変わるんです。別にずっと死んでいたければいつまでも死んでいてもいいんです。それ以上死ねないんですから」
「なるほど、産まれて、死んで、自分の意思で生まれ変わるまでがそいつの存在、記憶って訳か」
「そうです、うまいこと言いますねー、真彦さん。わたしはまだまだ死神続けたいから当分転生する気ありませんけどね。こないだニン〇ンドース〇ッチも手に入れたばかりですし」
それを聞いて俺は、座ったままコケてしまった。
「なんだそりゃ。天界ってそんなに平和なのか?」
「ええ、死んでまで戦争する人もいませんし。割と皆自由に過ごしてます。でも大抵の人はいい加減生まれ変わりたくなって『転生の炉』に入りに行きますよ」
俺はミルクと話していて、気が付いたことがあった。
産まれてから、こんなに長く楽しく女の子とおしゃべりしたことがあっただろうか。
その話題があの世の話であっても、俺はこう思っていた。
女の子と話すのって、すげー楽しい、と。
「さて、真彦さん、私が時を止めていられる時間にも限度があります」
こうして「真彦さん」などと親しげに呼んでもらえることのなんと嬉しいことか。
「そろそろ、『不運な人用チャンス』を選んでもらえませんか? 私としては、一日巻き戻してその一日を幸せに過ごす方をお勧めしますけど」
この楽しい時間も、終わりを迎えなければならない様だ。
だから、俺はこう言った。
「ミルク、俺は最期の一日の過ごし方や死の直前の痛みは別にいい。ただ、あの世だか天界だかに迎えに来るときにミルクにもう一度来て欲しい。ミルクにもう一度会いたい。
ダメか?」
正直、俺はもうミルクが可愛くて愛しくて仕方なくなっていたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます