第5話




「バスケ部にどうですかー」


「体操部やってます!初心者でも大歓迎で〜す」


「ねぇねぇダンス部来ない? そんなに忙しくないし、是非!」



入学からしばらく経過した。

今日はどうやら新入生の部活動勧誘が行われているようだ。他にも弓道部、水泳部など、とにかく部活数が多く、同好会も含めたら、30以上はあると思う。相変わらずこの学校には驚かされる。部活は既に体験入部をしているところもあり、新入生らはみな色々見て回っている。それはクラスの人にも言えることで、半数ほどは、何かしらの部活に入るか、見学に行ったりしているらしい。


俺もありがたいことにいくつか誘われることはあったが、全てお断りさせてもらった。なぜなら俺にとっての部活とは時間の無駄に他ならないからだ! 決して部活動を頑張ってる人のことをバカにしている訳では無い。ひたむきに頑張っているものも中にはいるのだから、それを否定する気は毛頭ない。単純に必要ないと思ったから入らないだけだ。


それに、


――何かやりたいと思えるものが今の俺には無い。



先生にも、部活は入りたければ入るよう言われている。実際、この学校は文武両道をスローガンに掲げている。特進でも色んな部活動に入れるようになっているのもまたそういった理由からだ。


その日はまっすぐ家に帰り、すぐに寝た。

自分でもまさかここまで人とのコミュニケーションで疲れるようになっているとは思っていなかった。今更ながら今までの自分に深く後悔する。中学の時は、と思っていたが、いざ色んな人と会話すると、思いのほか自分が人との交流を得意としていなかったのかもしれないと感じた。



それから、特に目立ったことはなく、あっという間に時が過ぎてゆき、今に至る。


「はい皆さん! 今日から中間考査期間に入りま〜す」


高校で初めてのテスト。

部活動はその週はない、もしくは短い時間のみで行われる。あくまで学生のうちは勉強が本業だという姿勢を忘れないためらしい。


「ようやく勉強が出来る!」


(テスト期間中なら、姉さんも特に何も言わないだろう。まぁ多分参考書は没収されたままなんだろうけど…………)


そう頭の中で考えていると、


「あ! 勇斗君だ。本屋以来だね」


聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「ああ、久しぶりだな。えっと……そういえば、俺の方はまだ名前聞いてなかったな。」


「私は立花 燈。好きな呼び方でいいよ。私は勇斗君って呼ん出るし」


「なら俺は立花さんって呼ぶよ。それより、結局あの本は面白かったの?」


「うん! すっごく。特にラストに明かされた伏線なんかは鳥肌ものだったよ!」


「へぇーそんなに面白かったんだ」


「ただのミステリーとかじゃなくて、ちょっと恋愛要素も含んでるんだけど、なんかいいバランスで、全然読んでて飽きなかったよ!」


「そんなに面白いんだったら僕も買ってみようかな?」


「なんなら私が貸そうか?」


「いや、大した値段じゃないし、自分で買うよ。もし借りて汚れたり折り目つけちゃったら申し訳ないし」



しばらくは本の話が続いた。彼女はだいぶ読書家らしいことがわかった。


しかし、


「立花さんは陸上部なんだね」


「そうだけど……なんでわかったの? 今は着替えてないし、特徴らしいものもないと思うけど」


「いやあるよ。その袋の中、多分スパイクでしょ。ランニングシューズとか、中で使う靴とかとは違って袋が少しトゲトゲしてるし。それに凄く姿勢がいいし、スタイル良くて、元々何か運動をしているんだろうなっていうのは思ってたし。それに足の筋肉とか……」


「わかった! なんか恥ずかしくなるからもう辞めて! …まぁ今日からテスト期間中までは部活は無いんだけど」


「陸上部は休みになるんだね」


「そう。この学校の陸上部は割と有名なんだけど、やっぱり勉強優先っていうのは変わんないんだって!」


「でもしっかりと両立しながらもいい成績を残すんだから凄いことだと思うよ」


「…………そうだね」


(あれ? なんだか歯切れの悪い返事だったように聞こえたけど……気のせいか? )


お互いに話し終え、俺はすぐ家に帰ろうと思って玄関に向かって歩き出す。


すると、


「あ! 勇斗君、帰っちゃうの? 私たち今から自習室で一緒に勉強しようって話してたんだけど、 良かったら勉強教えてくれないかな?」


「えっ? 僕に勉強を?」


「うん…本当に良かったらでいいの」


クラスメイトの女子達が僕に尋ねにきた。

教えるのは嫌いではない。自分の理解も深まるし、時間の無駄ではないんだろうと思う。


しかし、一緒に勉強しているお互いが切磋琢磨し合えるのなら別だが、そうでないなら基本1人での勉強の方が好ましいとは思っている。それに相手は女子3人。居ずらくなるのはほぼ間違いない。


「ダメだよ! 勇斗君は私に勉強教えてくれることになってるんだから!」


そこへ突然声が聞こえた。立花さんだ。

ここまで走ってきたようで、ほんの少し息を切らしている。


「えっ? 立花さんもなの?」


(シー! ここは私に合わせて! そうすればみんな居なくなるだろうから!)


ああ、なるほど。1人に教える約束をしているとなれば、彼女たちも諦めてくれるということか。


「ああ、そうだった。忘れてたよ。そういう訳で、ごめん」


「立花さんが相手じゃねぇ〜」


「ここは引き下がるしかなさそうね」


「学年一の美少女相手じゃね〜」


彼女らは渋々といった表情でその場を立ち去っていった。嘘をついたのは少々心苦しかったが、何とかなったようだ。それよりも、


(まだ入学式から2ヶ月ほどしかたってないって言うのに、学年一の美少女とかって呼ばれてるのか。なんだか大変そうだな。姉さんみたいに苦労してるのかな?)


言い方はあんまりだが、普通そこそこ可愛い子がいても、学年一の美少女なんてまず呼ばれない。

彼女もまた、優れた容姿故に面倒臭いことになっているのではないかと思う。しかし、そんなことよりもまずは、


「さっきはありがとう。お陰で助かった」


「いいって! それより勉強。一緒にするでしょ?」


「え? 今のは俺を助けるために言ってくれたんじゃ……」


「……ごめん。私も勉強教えてもらいたかったから」


「……そういうことか。なるほど」


一緒に勉強するって言ったのに、お互いが別々に勉強してたら嘘だと思われてしまう。そうなればさっきと状況は変わらない。この状況をうまく利用したということか。これは……一緒に勉強するしかないようだ。


「そうだな」


勉強を教えると言っても、僕と彼女のやっていることは別々だった。時々僕に質問をして、僕はそれについて答えるだけ。彼女は、勉強中は打って変わって、まるでスイッチが入ったかのように、いままでのような明るい雰囲気から打って変わって、静かでちょっと品のあるような雰囲気に変わっていた。


普段から彼女の姿勢は真っ直ぐで綺麗だが、椅子に背が着くことはなく、常に真っ直ぐ座っている様子は、それを一層際立たせているように感じた。周りには、その姿に見惚れている人達もいた。


「あの子めっちゃ可愛くない?」


「ああ、それにしても横の野郎、くそ羨ましいな!」


「あの2人凄くお似合いって言うか、もしかして付き合ってたりしてんじゃない?」


「いいなぁ〜青春だねぇー」


気のせいか、俺の方にも注目が集まっていた。

俺も集中して勉強しているので、会話自体を頭からシャットアウトする。俺は所々周りの会話がうるさいと感じたが、彼女は一切反応せず、ひたすら問題を解いている。


「勇斗君、この問題なんだけど……」


「ええっと……それは、直接命題が真だって言うのは証明しずらいから、背理法を使うんだよ。そうするとこの条件が矛盾するから」


「あっ、そうか! ありがとう。勇斗君教えるの上手だね! 」


「いや、別に大したことないって」


「でも私一人で勉強してた時は全然わかんなかったのに」


「それは解き方を知らなかっただけ。しっかり方針を立ててどうアプローチすればいいのかさえ分かれば、つまずくことはないよ」


「そうだね! 頑張るよ」


勉強を始めて大体一時間。


どのくらい進んだのか、ふと彼女の解いている辺りをチラッと覗いた。高一で使う教科書や問題集、そしてファイルから落ちそうなプレテストの結果。 ん? プレテストの結果?


「……立花さん、これ立花さんがとったやつ? 」


「……あ、うん、どう? 勇斗君から見て、 本番大丈夫そう?」


「これは……確かこの学校は確か最低50点は超えないと赤点だから、確実とは言えない。ギリギリになっちゃうかもしれない……多分だけど」


国語以外の点数が絶望的に低かった。

見れば集中力が切れていて、勉強前の彼女に戻っていた。


「やっぱりそうだよね……うぅどうしよう? 」


激しく狼狽えた様子を見て、

彼女が本気で困っているのがひしひしと伝わってきた。


(めんどくさいけど…………やっぱりこういう人は見過ごせないんだよなぁ〜 ほんと面倒臭い性格してるよ)


俺は、人との関わりを極力避けながらも、本気で悩んでいる人を見ると放っておけないたちだ。どっちつかずで情けない。


「良ければ明日も教えようか? 立花さんは呑み込みが早いし、きっと次の中間テストには間に合うと思うから」


「えっ? いいの! 私の勉強教えてたら勇斗君の勉強の邪魔しちゃわない?」


「まぁ多少そうなるかもしれないけど、そこまで気にする事はないよ。どっちかって言うと僕が教えたいと思っただけだから。気にされると逆にやりにくい」


「わかった! ありがとう。じゃあよろしくお願いします」



約一週間、俺は彼女の勉強を教えた。と言っても、空いてる時間に彼女が苦手そうな問題を選んで教えてあげたり、やっといた方が良さそうな問題を俺が選んで教えたりしただけだ。


彼女は思っていたよりも遥かに飲み込みが早かった。毎日正しく勉強していれば、間違いなく首位の成績でいられるだろう。


そして、試験当日。


「どうだった?」


帰りに 立花さんと会ってテストの結果について話した。


「最後までいけたよ! 勇斗君のお陰! 本当にドンピシャでテストの類題が出たし、苦手な問題も私なりに解けるところまで解けたよ。ありがとう!」


「あっ、いや気にしなくていいから、ドンピシャだったのもたまたまだし、それにまだ結果が帰ってきてないんだから、安心するのは早い!」


「そうだね、勇斗君はどうだったの?」

 

「俺のテストの出来がってこと?」


「うん! 勇斗君の点数は凄いんだろうなぁーと思って」


(参ったな。正直に……話すのはダメだな)


正直に言ってしまえば、多分全部満点だろう。全ての問題で躓くことはなく、見直しをする時間も十分に取れた。


「俺は結構自信あるよ」


結局こういうことにした。嘘をつく必要もない。ただ、昔みたいに満点だろうとか言っちゃうと間違いなく嫌われる。自信があるというのは人それぞれだと思うから、いやみにもならないだろう。

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