第4話


次の日の学校での事だった。


俺がいるのは特別進学コース、通称特進。まぁ特進と言ってもピンキリらしいのだが、勉強に力を入れているコースなのは間違いない。


俺は、この学校でも、別段友達が欲しいとか、ましてや恋人が欲しいなんて思っていない。姉さんには悪いけど、やっぱり俺は1人の方が楽だし、喋りが得意な方でもない。入学式で多少目立ったかもしれないが、特に勉強以外に取り柄のない俺に話しかける奴なんていないだろう。


「おっす!おら野沢颯太! 皆よろしくな!」


「俺は、空前絶後の高校1年生! 加藤快斗だぁ! 」


……入学初日の教室の様子は、俺の想像を遥かに覆すものだった。


(一体どうなっているんだ? まだ先生も来ていないし、それに何も言われずに自己紹介なんて……)


一部の 男子に至ってはもはやカオスと言ってもいい。既にいくつかのグループが出来上がっているようだ。初対面で人とここまで話せるやつがいるなんて…………これは嘘だと信じたい。 俺の、1に勉強2に勉強、3、4も勉強、5も勉強! という特進コースのイメージが…………


結論、特進クラスに殆ど陰キャなどいなかった。

というより、個性的、親しみやすい生徒が非常に多かった。まぁ陰キャ=勉強できる、冴えない奴=優しい人って訳では無いので、この学校には偶然、勉強のできる、そして冴える陽キャの男女が集まってしまっただけだろう。


中学時代のことはあるが、これでも一応コミュ障ではないと自負している。しかし流石にここまで流暢には喋れないぞ!


俺は教室に入って、しばらくクラスの雰囲気に圧倒されていた。


「ねえ! 昨日スピーチしてたよね! なんかすごくかっこよかったよ!」


「ちょっと、抜けがけするのはなしよ!」


「あー! 私も〜」


教室の扉の近くで呆然としている俺に2,3人のクラスメイトの女子が話しかけてくる。


しばらく現実逃避をしていた俺だが、すぐに我に返った。どうやらまた、昨日のことを言ってくれているようだ。


(僕のスピーチでそこまで感動してくれたのか)


褒められるのは嫌いじゃない。自分からグイグイ自分の自慢をするタイプでは無いが、実際そう言ってくれるのはありがたいと思っているので、


「ありがとう」


と、しっかりと顔を見ながらお礼の言葉を述べる。すると、


「これは…… やばい! 」


「私、もう直視できない!」


…………うん、分かってた。

ヤバいとか、直視できないとか……それに、1人はずっと両手で顔を隠して床に突っ伏している。要は、結局いいこと話してても、顔で台無し! ということが言いたいのだろう、多分。今までは影でグチグチ言われていたものだから、少し動揺した。

ただ、中学の時のように避けられているといった感じでは無い。普通に残念だった、という感じだろうか?


「チッ! 調子乗ってんじゃねぇよ」


「ちょっと顔がいいくらいでお高くとまってやがる」


何やら不穏な声も聞こえてくる。


(俺に言っているのか?でも別に俺は調子に乗って なんか…… あっ! そうか、彼はあのカオスグループに言っているんだな! そうに違いない! )


しばらくして、俺の周りの人達がようやく落ち着き、俺も席に座ったところで、


ガラッ


再び教室の扉の開く音がした。そこには、見るからに神々しいオーラを纏っている美少女がいた。 黒髪ロングの、身長は多分俺より少し高い。それと、こんなことを口に出すのは、少々はばかられるが……まぁなんだ、その


「すっげぇー美人! それにめっちゃ胸がでかい! 巨乳!」


どうやら、俺の心の声を誰かが代わりに代弁してくれたっぽい。他の男子生徒達も皆一様に彼女の方に視線が向いていた。背筋が常にピシッとしていて、凛としている。漫画とかでよく使われる、ヒロインたちのことを指す代名詞『高嶺の花』。まさにそんな感じだと思う。さっきの彼は、無言の彼女に鋭い視線を向けられていた。他の生徒たちも彼女と話そうと近づこうとしていたが、あえなく撃沈。



「皆さん、席に着いてください」


担任の先生が教室に入って来て、周りの生徒たちが慌てて席に着き始める。


「それでは、皆さんおはようございます。私はこのクラスの担任の、高木桔梗って言います。高木先生でも桔梗先生でも、呼び方はなんでもOKです」


「よろしくね、高木先生」


「よろしく桔梗ちゃん!」


「こちらこそよろしくお願いします。早速ですが、今日のスケジュールを皆さんにお伝えします」


「1時限目は初めての授業ということで、事前にお配りした日程どうり、私が担当で行うLHの時間です。内容は主に自己紹介です。2、3時限目からは、すぐに本格的な授業に入ってもらいます。担当の先生によっては授業が無いかもしれませんが、みなさんはあるものと思っていてください。今日以降の日程については、今配る時間割道理に進みます」


特進コースだからなのかは分からないが、このクラスは他クラスとは違い、初日からガッツリと授業に入っていくようだ。

その方が俺にとっては願ったり叶ったりだ。今配られた時間割についても、七時限目まで授業がびっしりと入っていた。

しかし、


(自己紹介いらないだろ! クラスメイト殆どがそれ終わってるから! )


勿論その殆どに俺は含まれていないが。


(憂鬱だ)


ただでさえ目の前で喋った女子達にガッカリされたばかりなのだ。それにあのカオスグループとは……会話出来る気がしない。


だが、こんな所でつまずく訳にはいかない。中学の時と同じになるのはあまり好ましくはない。あの時は割と酷い虐めにあっていた。まぁそれも学業になんら支障が出なかったので殆ど気にしなかったが、流石に机の上にネームペンで落書きされたのはショックだった。それに、今年からは姉さんと同じ学校になる。俺がなにかされるのは一向に構わないが、姉さんにまで迷惑はかけたくない。



自己紹介はスムーズに行われていった。名前や中学時代の部活や、人によっては好きな番組、アイドル、格言とかを言ってる生徒もいた。例のグループは、今回もまたクラス中の笑いをかっさらっていた。ここまで来れば、もはや尊敬せざるおえないだろう。俺の場合は、


「水上勇斗です。部活はやってませんでした。趣味は読書です。得意なことは……特にないです。……えっと、よろしくお願いします」


だ。どうだろう? 簡潔にまとまっていて素晴らしいと思うだろう? …………分かっているから反論は聞かない。これでもさっきより明るく話そうと努めたのだ。


クラスの人達は俺が話終えるとパチパチと拍手する。そしてすぐに何事も無かったのように次の人の番になった。もしかしたら、さらに近づきがたいイメージが着いてしまったのかもしれない。


俺の事はどうでもいい。前にも述べたが、友達を作りに学校に来ている訳じゃない。おそらくこのクラスは、彼らを中心に動いていく。不満はない。ぼっちが確定しただけだ。それに、


「私は星ノ宮冴織。よろしく」


先程の美少女は俺よりも短い自己紹介だった。偶然にも俺は彼女と席が隣同士だったが、お互い特に喋ることは無かった。


その日の学校が終わり、家に帰ろうと席を立つと、


「水上君! れ、連絡先教えて!」


「私も!」


「…………お願い!」


朝俺のスピーチのことをほめてくれた女子から連絡先を聞かれた。


(なんでだろ? )


人生で初めて連絡先を聞かれたことに驚いた。俺の事は残念な奴だと思ったのではないのか? ……まぁどちらにせよ期待には答えられないのだが、


「ごめん。俺携帯持ってないんだ」


「嘘! そんな訳ないのわかってるから!」


「私たちのこと嫌いなの?」


「いやいや、そんなことは無いよ。ほんとに持ってないんだ。確かめたいならカバンの中全部見てもらってもいいけど……」


そう。俺は携帯を持っていない。今どきの高校生にとって必需品とまで言われているスマホをだ。理由は単純明快。そもそも俺は遠出することが無いので、家族でさえ俺に連絡する必要がない。それに調べたいものは本を読めばいいし、家にならパソコンがあるので、それを使えばいいだけ。わざわざ携帯で調べものなどしない。あって困ることは無いかもしれないが、無くても困らないので両親にはいらないと言った。そもそも勉強に専念していたら携帯を開く時間なんて皆無だ。


「……ほんとに持ってないんだ」


改めて彼女らにそう告げる。


言い終えたあとの彼女らは残念そうな顔をしていた。それと、先程は無かった

[こんな人いるんだ]みたいな驚きの表情も見られた。


「……水上君って自己紹介の時も思ったけど、少し変わってるね」


変わってる、だろうか? 俺は 至って普通だと思うが。まぁ俺の感性がおかしいのは間違いないので、本当にそうなのだろう。


「携帯無いんじゃしょうがないよね。じゃあまた明日」



そうして彼女らとは別れた。隣の席の星ノ宮さんは、終礼のチャイムがなった瞬間に教室を出ていっていた。


入学初日からこの調子だ。正直不安しかない。今まで他人との関わりを避けてきた弊害だろうか。でもまぁ、少しづつ慣れていけるように頑張ろう。それがきっとこの学校で俺がやらなければならないことだと思うから。













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