第2話
一週間後。
いつものように机でペンを握らせてもらう事が叶わなかったので、本でも読むことにした。
本というものは実に素晴らしい。常に学びや驚きを与えてくれる。その中でも俺は特に紙の本が好きだ。最近はデジタルの本もたくさん販売されるようになってきたけど、ページをめくるたびに訪れる喜びは、やはり紙でしか味わえない。
そうして本を読むこと十分程度、
「勇斗。散髪しに行くわよ……って、何やってるの!」
「何って、勉強できないから本を読んでるんじゃないか」
「それは英単語帳でしょ! それは読書じゃなーーい。ったくもう。目を離すといつもこうなんだから。せめて新入生の代表挨拶の練習してるっていうんだったら許すんだけど」
「ああ、それなら大丈夫だよ。セリフは覚えてるし、言いたいことはもう決まってる。本番を楽しみにしててよ」
俺がこれから通うことになる高校は、姉さんが通ってる高校で、校舎はとてもきれいで広い。そんな学校が掲げるスローガンは、[文武両道] 特進の人たちでも自由に部活に入ることができたり、それらの設備も十二分に備わっている。
「まあ大丈夫っていうんならそれでいいんだけど…それよりほら、髪切りにいくよ」
「はいはい。そうだ。姉さんは髪型きまったの?」
「う~ん。もうここのところずっとロングで洗うのが大変で、そのあと乾かしたりといたりするだけで結構時間かかるの。だから短めのボブショートみたいにしようかなーと思うんだけど」
「まあ姉さんならきっと何でもに合うから全然問題ないよ」
「もう! いい、勇斗、そういうのは私じゃなくてほかの女の子とかに言ってあげなさいって言ってるでしょ!」
「それは無理だよ。だって俺にそんなこと言われたら女子はどうせ、『キモッ』ていうだけだから」
「ならその女子たちは見る目がないわね。私はそんなこと言われたらドキドキしちゃう」
「はいはい」
相変わらず姉さんはお世辞がすぎる。それも見え見え。明らかにお世辞だと分かってしまう。
「それより髪形、どうすればいい?
別に決めてないから何でもいいんだけどけど」
「そうねぇ.......前も言ったけどその伸びすぎた前髪はよくないと思うの。せっかくなんだからバッサリ切ってもらいなさい」
「まぁそうだね。別に伸ばしてたわけじゃないし、短い方が洗うの楽だし」
と話しているうちに目的の場所についた。ここはカットするだけならなんと千円なのだ。
姉さんも俺も切るときは大体ここで、姉さんは基本自分の身なりは自分で整える。だから髪は切ってもらうだけでいいし、俺はそもそも髪型ごときで人は変わらないと思っている。
何度も言うようだが、それで大きく変わる人っていうのは一部の美女やイケメンのみだ。俺が髪型を変えても、それこそ母さんに
「あら、髪切ったのね」
と言われて終わりだ。店内に入って、俺と姉さんは別々の場所に移動させられた。
店の人に
「どんな感じにします?」
と言われたので、
「前も後ろも短めにお願いします」
と言った。
「あ、じゃあ刈り上げとかしちゃっても大丈夫ですか?」
と再度質問される。
「来週から高校に通うんですけど……一応規則としては……………………」
と学校の身だしなみの規則を説明し、こんなこともあろうかと家にすでに送られてきた心得と書かれたものを見せた。店員さんはしばらくしてから、
「このぐらいまで刈り上げしてそこからハサミで短くしようと思うんですが」
と説明してくれた。俺も規則に反しないんだったらどんな髪型にしてもらっても一向にかまわなかったので、
「それでお願いします」
とだけ言った。
というか、なんだかんだ散髪に行ったら店員さんが言うことに
「お願いします」
と言うことしか出来ない。
しばらく目をつぶりながら待っていたら、
「お疲れ様でしたー」
と言う声が聞こえたので、閉じていた眼をゆっくり開けた。
(結構さっぱりして軽くなったなー)
まぁ多少雰囲気は変わったのかもしれないが、いつもと大して変わっていないと思う。
姉さんはもうしばらくかかるみたいなので外で待つことにした。
カウンターに俺と同じくらいの年の女の店員さんがいたので、声を掛けた。
「は、はい! な、何でしょうか?」
(すごいてんぱってるように見えるけどバイトかな?)
声をかけると店員さんはすごく驚き、また顔が少し赤みがかっているようだった。
「そこにいる人僕の姉さんなんですけど、もし彼女が終わったら僕が外で待つって言っていたと伝えてもらっていいですか?」
「はいわかりますた。伝えておきます」
「同い年ぐらいなのに偉いなー」
そう思いながら僕は外に出た。外は別段暑くなくて、散髪後の頭に風を受けると、散髪前とは違っていて、特に後ろからの風がとても気持ち良く感じられた。
外に出てしばらくして、俺は妙にあたりが騒がしいことに気がついた。
「なんかあったのかな~」なんて考えていると、
「ごめん勇斗。私結構時間かかっちゃって」
「いいよ全然。それより早く帰ろうよ。どうせ勉強はしなくていいっていうだろうから、まだ読んでなかった本でも読むことにするよ」
「今度はちゃんと小説とかを読みなさいよ」
「わかってるって」
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二人がそうしてしゃべってる間に、周りはというと、
「キャーーーすごい美男美女」
「お似合いのカップルね」
などと周りのひとたちが騒いでいる。
しかし、
「さすが姉さん! どんな髪型でも似合う」
「勇斗こそ見違えるようにカッコよくなったじゃない!」
と、恥ずかしげもなくお互いをほめちぎっている。周りはだからこそさらに勘違いをして、
「あーーおれもあんな美人と付き合ってみてーなーー」やら、
「なんか相思相愛って感じがする~~あぁぁー私もあと二年若かったら…………」
なんて会話が飛び交っているが、本人たちは気づくことなくその場を歩きながら去っていった。
家に帰ってもお互い特にやることがなかったため、姉さんはテレビを見て、僕は読書をしていた。久しぶりの読書(小説)だったためか時間の経過をとても早く感じた。
又、なんというか、髪を切った時とは違う別の心地の良さを感じた。
「勇斗。学校いくわよー」
「いやいや高校生にもなって一緒に登校とかないから。姉さんは友達と一緒に行きなよ」
「私の友達はみんな電車だから一緒じゃないの! いつも一人で寂しかったんだから今日ぐらい一緒に行こ! ね!」
「うっ。そういわれると断りずらい」
勇斗が渋々折れて一緒に登校していると、
「あれって唯さんじゃない」
近くで生徒が姉さんのことをヒソヒソと話しているような声が聞こえた。
「えっ。お姉ちゃん。じゃあやっぱりあのきれいな人が入学から毎日男子に告られてるって噂の?」
「……姉さんそんなにモテてるの?」
「そこまでじゃないわよ。確かに入学してから一週間は毎日のように告白されてた覚えがあるけど、それからはたまによ。大体私がずっと断りまくってるのにあきらめない人が少しいるぐらいで、ほかの人たちとはうまくやれてるし。毎日なんて普通、常識的に考えてありえないでしょ!」
「まあそりゃそうか。でもこれは僕は一緒に登校するとややこしくなるんじゃ…」
「何言ってんの! 弟おとうとなんだから何にも言われないでしょ。それより私はあんたの方が心配よ」
そう言って姉さんが辺りを見渡すと、
「ねえあの新入生カッコよくない?」
「わあぁすっごくイケメン! 私ここはいってよかったかも」
と口々に話していた。
「みんな誰のこと言ってんだろ?」
そう思ったので周りを見てみる。すると姉さんは、
「これはみんなあんたのこと言ってんのよ!気付きなさいこの鈍感!」
といってきた。
冗談だろ? と思っって首をかしげると姉さんは深いため息をついた。
「いい、これからは周りの話も受け流さずにちゃんと聞きなさい。勿論悪口にいちいち反応しろって言ってるわけじゃないわよ。人の話をしっきり聞くことも、時には自分にとってプラスになるものだから言ってるのよ」
「わかったよ。俺も中学の頃はムキになりすぎてたってちょっとは思ってるから」
別に、中学の俺の態度が間違っていたとは思わない。ただ、今思えばそんなことしなくてもいいと思うことも多くあった。結局のところ、俺はまだまだ子供なのだ。
◆
さて、存在不明のイケメンのせいで騒がしかったが、無事入学式が始まり、いよいよ俺の出番となった。別にかっこいいスピーチがしたいとは思っていないが、今日はどうしても言いたかったことがあるのだ。
……とそんなことを考えていると、
「新入生代表。水上勇斗」
自分の名前が体育館内に響いた。
「はい!」
僕は力強く返事を返した。中学ではこういった経験をしたことはなく、僕自身久しぶりのことだったのだが、思いの外緊張はしなかった。まあ、生まれてこの方緊張すると感じたことはあまりないのだが……
勇斗は持っている原稿は手に持ったまま、それを1度も見ることなく淡々と語る。まっすぐ前だけを見て、全くぶれない姿勢で。新入生たちは、
「すごい!」
「凛々しい!惚れそう」
「いやいやあんなのただのカッコつけってか誰だってできるだろ」
「「なんか横の奴イケメンにひがんでるーマジダサイ(笑)」」
という小声が飛び交う。
勇斗はそんなことは全く気にせずにどんどん話を進める。
「最後に、僕達はこれから幾度となく困難な目に遭うことでしょう。しかし、そこで歩みを止めてはいけません。たとえ自分が大好きだったことが、続けてきたことができなくなったとしても。僕たちにはまだ沢山の時間があります。今までやってきたことだけが全てじゃありません。1度挫折したぐらいで、折れるなんて勿体ない。これから3年間、決して諦めることなく、……最後は笑って卒業しましょう。これで終わります。
新入生代表、水上勇斗」
会場からは惜しみない拍手が送られた。
新入生達はその言葉に胸を打たれ、在校生は感心しているようだった。その中には1人泣いているようなものもひとりいたが、会場の誰も、それに気づくことは無かった。
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