第1話
「勇斗おぉぉぉ~~~ご飯できたからおりてきなさい!」
「ちょっと待って。あと五分ぐらいで解き終わると思うから」
「勇斗おおおぉぉぉぉぉ~~~ご飯「もうわかってるから! あれだったら先に姉さんたちで先食べててもいいから!」
そう言って、朝から割と重たいタイプの参考書を解いているこの青年、水上勇斗は現在高校生…ではギリギリなくて(多分)、昨日無事卒業式を終えた中学生(と未だに呼べるのかもわからない)だ。
毎日毎日家にいるときも、学校にいるとも、
はたまた布団の中でさえも、常に勉強ばかりしているこの青年は、中学校在学時その時の彼の同級生達からしてもはや『人外』と思わせるほどの凄まじい勉強量をこなし、二年の終わりごろから「ガリ勉メガネ」と呼ばれていた。
その学校にがり勉が彼以外にいなかったのかと言われれば……勿論そんなことはない。
休み時間を宿題に当てたり、昼休みを返上してまで勉強する者は僅かではあるが存在していた。しかし、そんな彼らにも遊ぶ時間があったし、学校でクラスメイトや友達と会話することもあった。
結論を言ってしまえば、彼だけが他生徒から完全に異端認定をされていて、彼以外にはスポットライトが当たることがなかったということ。一体どれだけ勉強したのか。それは、あえてご想像にお任せする。そうやって、ほかのものからは避けられ、時には笑われていた。しかし、彼はもちろん、怒ってなどいなかった。
(自分よりも知能が低く、ただ人をあざ笑うことしか考えられないような脳みそしか持たないようなやつに、いくら罵られても、怒りなんてちっとも沸いてこないな)
と、怒りというよりは少し見下しているといった方が合っている。これが彼の心の中である。
(それにむしろ彼らには憐みの感情すら覚えてくる。彼らだってきっと、いずれこうなりたいとか、こんな仕事に就きたいと、思うようになっていくだろう。そしてなりたい!と心の底から自分の将来を考えて導き出したとき、彼らは気づく。なりたくてもそれに見合う大学に自分がいけない。なりたくても自分にはそれだけの力がないということに。今からならまだ間に合うだろうが……)
勇斗自身にもまだなりたいもの、やりたいことなんてない。しかし、「それに気づいてからでは遅いんだ!俺は絶対そうはならないしさせない!そんなダサい失敗はしない!」
そうして彼はほかの生徒たちが卒業の余韻に浸っているにも関わらずに、また一人で勉強に励む………………………………はずだった。
「勇斗! もう我慢できない。あんたがそうやって勉強ばっかしてて、私やお母さんがどれだけ心配してると思ってるの! いい、勇斗。学校はね、勉強も大事だけど、それ以上に青春を謳歌することも大事なのよ!」
「姉さん…それ言うの何回目だよ! わかってるから、心配かけて悪いとは思ってるから!」
「ったく。どうせもう高校の勉強なんてとっくに終わってるくせにぃ!」
そう言って、姉の水上唯は少し声を張り上げて、また少しあきれながらも、やっぱり弟である勇斗を心配するように静かに溜息を吐く。
しかし、逆にその言葉が勇斗を調子に乗らせてしまったみたいで、
「そうなんだけどね……でも僕には使命があるから! 全国模試一位! 僕は今まで受けてきた模試の中で、一度として一位の座を逃したことがない。つまり! 僕がトップ!」
彼は中学二年のころから模試を受けた模試は必ず一位を取っている。
初めは興味本位でいろんな模試に挑戦していただけだった勇斗だが、結果が返ってきてからは本人もびっくり! どの模試でも総合順位で自分が一番だったのだ! それからというもの、彼は今まで以上に勉強に打ち込むようになり、いつの間にか両親が『勉強をすることに』心配するようになってしまったのだ。そんな弟を見て姉は、
「それこそ私に言うの何回目よ! まったく! そんな自慢、人様の前で堂々とやってないでしょうね!」
「もちろんだよ姉さん。能ある鷹は爪を隠す。同級生はもちろん、ほかの生徒や僕を罵る愚か者どもにだって一切しゃべったことなんてないよ」
「コラ! 人のことを悪くいわない!」
そういいながら、いつまでもそういった人を馬鹿にしている勇斗をみて、
(本当はとても仲間思いの優しくていい子なはずなのに……でもこうなった原因の一つに私も関わってるからあんまり強く…………ううん。やっぱりだめ! このままじゃきっと勇斗に良くないことが起きる)
姉は自分の心の中で自問自答をした。そして、
「言っても変わらないなら没収するしかないわね。これも、これも、その参考書も…………」
「ちょっとそれまだ解き終わってないよ姉さん!」
そんな優斗の言葉を無視して、姉は黙々と参考書たちを没収していく。
「姉さん! 確かに僕はもう高校の範囲は全部学習済みだよ? でもこういうのは知ってるだけじゃダメなんだ! 知識を得たらすぐにアウトプットする、そしていろんな応用問題をこなしていくんだ。その過程で必要のないものなんて……「ふうぅこれで全部ね!
後は…そうだ! なんかこれあると根暗っぽいから眼鏡も外しましょう! 多分こんないかにも陰キャみたいな格好だからいけないのよ! 」
そう言って勇斗のつけている眼鏡が外される。
「全国の陰キャの方たちに謝れ!それに、そんなので変わるのはもともとイケメンな人だけだよ。ああいうのは、イケメンだから通用するんだ! どこにでもいそうな人がちょっと眼鏡外しただけで外見が一変したら、世の中から整形なんてものはなくなるし、非リア男子は地球から絶滅するはずだろ?」
「うん! 身内びいきとかそんなの差し引いたとしても、結構いけてると思うわよ」
「聞いてないし…ってそんなはずないだろって言ってるじゃないか姉さん。姉さんはめちゃくちゃ美人かもしれないけど、俺はそうでもないってことぐらいわかってるよ!」
「ちょっと! いきなりそういうこと言うのはやめなさいって!」
そう言いながらも姉の唯はとても嬉しそうに顔を赤らめている。
「あっ、一応僕も身内びいきなしで言ってるよ」
「もういいから!」
たたみかけようとする勇斗を手で制した後、
「そうだ! 今度の週末髪切りに行きましょう。ほら私もちょうど切りたいと思ってたし。髪型を変えたら、更に印象はよくなるはずよ!」
そう言って何とか話題を切り替えようとする唯に勇斗は、
「わかったよ。ほんと姉さんは一度決めたら絶対に曲げないんだから」
いつものことだとしぶしぶ承諾する。
「あ! いけない忘れてた! そんなことよりご飯だった。ほら、一緒に降りるわよ」
そう言って二人は階段を下りてご飯を食べた。
【ここからは勇斗視点です】
「勇斗ちょっと来なさい」
そう言ったのは母の水上沙也加。昔どこかの劇場で舞台をやっていたらしいが今は専業主婦となっている。
「もう受験だって終わったんだし、少しは息抜きも大切よ! それにここにいる父さんだって今や会社の副社長よ。勇斗の方が勉強できるんだしかっこいいんだから! 少しくらい休んだってて大丈夫よ」
「本人の前でそこまで言うことないじゃないか母さん」
そう言って、見るからに落ち込んでいるのは父の水上徹。ⅠT企業に勤めている。会社では偉い立場なのに家ではその地位は最底辺。
なんだかかわいそうだなぁと思ったので、
「母さん、あんまり言ったら父さんかわいそうだよ。それに、父さんだってきっと途方もない努力の上で今の仕事をしているんだからさ」
「そうなんだよ。わかってくれるのはお前だけだ、勇斗」
そう言って父さんは元気を取り戻した。こんな感情を実の父に抱いてもいいのかわからないが、………………チョロいそう思ってしまった。
しばらくそうやって両親とのだんらんを楽しんでいた。
(こうやって話すの久しぶりな気がする)
ふとそんなことを思っていたときに、
「勇斗。お前は十分頑張っている。父さんだってそりゃ頑張ってきたが、お前みたいな努力家にはきっとなれないだろうさ。だからお前がうちの子として生まれてきたことをほんとに誇らしく思っているよ。
でもな、人はオンとオフ、どちらも使えなきゃダメだ。そのオンオフが使えるからこそ、俺はこうして楽しい日々を送っているんだ。あまり無理しなくていい。何かあったらいつでも言ってくれ。俺たちは家族なんだから」
久しぶりに、父の父らしい姿を見た僕は、少し驚いた。
……でも、
「無理なんかしてないって!父さんも母さんも心配しすぎだから」
僕は少し笑みを浮かべ、軽く返事をした。
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