第10話

 烈人はアレックス邸の浴場にいた。


 広い湯船に浸かりながら、烈人は先ほどのアレックスの話を思い返し、考えている。


 「……俺が勇者の息子? ……親父がここの世界の勇者だった? ……一体どういうことなんだ……」

 「……」

 「……あ、面倒臭いこと考えるのは止めよ、……俺は勇者の息子でもないし、親父は親父だッ!!」

 「俺はヒーロー!! ……それは変わらないぞッ!!」

 「それより……さっきのあれは……ないよな~……」


 烈人達がアレックスと別れて直ぐの出来事だった――。


 ――約10分前、客間にて――


 「皆様、お風呂の支度が出来ましたので、いつでもどうぞ……浴室脱衣場にはお着替えもございますので……」


 メイドが伝えにやって来る。

 本当に至れり尽くせり過ぎて、このままずっとここにいたいと思う三人なのだった。


 「何かありましたら、何でもおっしゃって下さい」

 「では、ごゆっくり……」

 「あ! メイドさん!! すいませんがいいですか!?」


 碧は客間から出ようとしたメイド達を呼び止めた。


 「はい……? どうなさいました?」

 「洗濯をお願いしても……」

 「ええ、よろしいですよ」

 「あ、私のではなく……アイツのスーツね!! 匂いがキツイの!!」

 「おーい!! 胸に突き刺さるよ!! その言い方!!」


 碧はオブラートに包んで物を言うことを知らなかった……。

 

 そして現在――。


 「はぁ……、とりあえずスーツを洗ってもらえるってだけでも良かった……俺もあの匂いとずっと一緒には、いられないからな~……」

 「……ふぅぅ~、いい湯だなぁ~……」


 ――――。


 お風呂から上がり、この屋敷のパジャマを借りて客間に戻ってきた三人だった。


 「はぁ、さっぱりした~」

 「本当に気持ち良かったわね」 

 「ね~!」

 「……それより碧~! また、胸成長してたね! 半分僕によこせ~!!」

 「やめッ……やめなさい黄華ッ!!」


 碧の胸に飛び付く黄華のなんと愛らしいこと……。


 「賑やかですね」


 アレックスの妻、エリーゼが烈人達のいる客間へとやって来て、二人のやり取りを見て優しく頬笑む。


 「ハハハ……いつも俺たちこんな感じですから!」

 「いいわね~、きっと子供が沢山いたらこんな感じになるのでしょうね、フフッ!」


 先ほどのドレス姿の時には気付かなかったが、パジャマ姿で現れたエリーゼはお腹に少し膨らみを帯び、自分のお腹を擦っていた。

 

 「エリーゼさん? そのお腹!?」


 そのエリーゼのお腹の膨らみのことを最初に気づいたのは碧だった。


 「ええ、赤ちゃんがいるの……さっきまでドレス、キツく縛ってたから……苦しかったわ~、ウフフ」

 「まだまだ生まれてくるまで先のことだけど……今から楽しみで仕方ないのよ」

 「生まれたら、皆さんに抱っこしてもらわなきゃね!!」

 「僕も抱っこした~い!!」

 「フフッ……ありがとう、それでは、私は先に横になりますので」

 「……また明日、おやすみなさい」

 「はい!! おやすみなさい!」

 「おやすみ~!!」

 「おやすみなさい」


 エリーゼはそう言って客間を後にした。


 「僕たちも寝よッか~!!」

 「ああ!! 明日の早朝にはアレックスが帰ってくるって言ってたしね!」

 「ええ…… 忘れてたけど、1日で色々ありすぎて疲れたわ……」

 「それじゃあ皆も、おやすみ~」


 長い長い1日が幕を閉じたのだった。


 ――――。


 翌朝、早朝。


 『コンコン』と客間の扉を叩く音が響く。

 扉が開くと、そこには相変わらず無表情なメイド二人が立っていた。


 「失礼致します、皆様おはようございます! 朝のお食事の支度が出来ましたので準備出来次第、食堂の方へお越し下さい」

 「ん……おはようございます! はぁ~……よく寝たわ……こんなにぐっすり寝たのはいつぶりかしら……」


 碧が目を覚まし、そして隣の簡易ベッドで寝ていた黄華を揺すり起こした。


 「黄華朝ご飯だって! 起きて準備するわよ!」

 「ふわ~、食べ物がいっぱいです~、でも私はもっともっと食べれるよ~」

 「……昨日のデジャヴかしら……もぅッ!! いいから起きなさいッ!」

 「あ痛~ッ!! 痛いですよ~」


 さすがにイラッときた碧は黄華を叩き起こした。


 烈人の方も、起こそうと声をかける。


 「ほら、烈人も起き……」

 「えッ!?」


 すると、上半身裸で逆立ちをしながら腕立て伏せの動作をしている烈人の姿があった。


 「な、……何してるの?」

 「あ、おはよう碧!! 何って……筋トレだよッ!! ヒーローなら基本でしょ!!」


 そう言うと、逆立ちの状態から、腕だけで『ピョン』と跳ね上がると、空中で一回転半、前方に回転しキレイに足から着地した。


 「ふぅ、とりあえずこれで終了ッと!」

 「ジムの器具も無いから物足りないけど……しょうがないか……」

 「それじゃ碧! 黄華! 先に着替えて行ってるね!」

 「あ……うん……」

 「アハッ! 烈人君て~、時々真面目だよね~」

 「ふ……ふんッ! ……あんなの、ただの筋トレバカじゃないの!」

 「それより黄華! 私たちも早く準備して行くわよッ!」


 その時、烈人の汗を流してる姿にみとれていたことを碧本人はまだ気付いていなかった……。


 数分後、食堂にて――。


 「おはよう諸君! 昨晩は寝られたかな?」


 爽やかなイケメン騎士の副団長、アレックスが王都より屋敷に帰ってきて早々に皆に挨拶をする。


 「おはようございます! おかげ様で凄くよく寝られました!!」

 「ご飯もお風呂も、何から何までまでさいこ~でした~」


 碧と黄華は感謝の言葉をアレックスに述べた。


 「フフッ! それは、良かった」

 「ん? どうかしたかい烈人君?」


 烈人はなぜか眉間にシワを寄せて難しい表情をしている。


 「ん~強いて一つ言うなら、筋トレの道具が何かしら欲し……ムグッ!!」


 烈人が話をしてる途中で彼の口を手でふさぎ、自分の表情で烈人に圧をかける碧だった。


 「ね……ねぇ! お腹も空いたことだし、朝食をいただきましょ!!」

 「賛成~! いっぱい寝たらまたお腹すいちゃったよ~!」

 「黄華は腹八分目ね!!」

 「えぇぇぇ~!? ……はぁ~い……」 


 (この二人の間にいると疲れるわ!!……メッチャ損な役回りだし!! ……私、ツッコミ担当じゃないッつーのッ!!)


 アレックスや奥さんのいる手前、心の中で愚痴る碧だった。


 「フフッ、あなた、……皆とても賑やかでいいわよねぇ……昨晩もとても楽しかったのよ」

 「エリーゼ……君がそう言うならよほどだったんだろうね!」

 「皆ありがとう、エリーゼもこの通りお腹に赤ん坊を宿していてね、あまり自由に外に出られず窮屈な思いをさせている……おかげで楽しい時を過ごせたようだ!」

 「いえ……私たちはいつものことなので……」


 食事を取りながら少し恥ずかしい様子で碧は応える。


 「それはそうとアレックス!! 王都へ行ってどうだったんだ!?」

 「うむ! 昨日の情報はすぐに私の上司である団長と王の元に報告してな、昨晩のうちに王都とその周辺の町には軍を配置する許可が降りたよ!」

 「この町にもまもなくすれば軍がやってくるだろう……、軍の到着次第私もまた、王都に向かわねばならない!」

 「そこでだ……昨日、王に君たちの事を伝えた時、王も君たちに一目会いたいと言ってたのだが、……一緒に王都へ行ってもらえないだろうか?」

 「俺たちも王都に!?」

 「ああ、どうかな?」


 少し考えた表情をしたあとすぐに碧が話始める。


 「皆! 王都へ行きましょう!」

 「ん~、昨日からお世話になりっぱなしだしね~」

 「ああ! 俺も皆がいいなら構わないよ!」

 「うむ、ありがとう! 助かるよ!」

 「……それでは軍が到着するまで今しばらくの間ゆっくり過ごしていてくれ! 私もこれから出立の準備をしてくるので先に席を外させてもらうよ!」

 「おう! 俺はもう少し朝飯食べさせてもらうよ! また後でな!」

 「僕も~!!」

 「はぁ……あんたたちは……」


 アレックスは先に食事を済ませ、準備のため席を外した。


 烈人達三人はそのまま食事を続け、エリーゼやメイド達としばらく団欒をしていたのだった。


 「……良かったわね烈人! やっとそのスーツの匂い取れたみたいで!」

 「あ……うん……ようやくあの匂いともおさらばできたよ……メイドさんたちに感謝しなきゃね」


 碧は嫌みったらしく烈人に話しかけ、烈人は苦笑いを浮かべた。


 「中々匂いがすぐに落ちなかったので、この国の特殊な洗剤で丸々夜中の間浸け、その後私たちの魔法にて早急に洗濯、今朝方すぐ風と火の魔法を協力して乾かした次第にございます……」


 メイドたちも嫌みったらしくグチグチとと烈人に言ったのだった……。


 「……すみませんでしたーー!!」


 烈人はメイド達に頭を深々と下げたのだった……。

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