クラブ勧誘~鍛冶科編02~

 

 御影が見たとき、口論していて、商品を守ろうとした売り子の女の子に、柄の悪そうな男が蹴ろうとしたときだった。


 どういう状況か分からなかったが御影は直ぐに行動に移した。


 三人組の背後に移動し、首筋に手刀を叩き込み、蹴りが当たるぎりぎりの所で、昏倒させ間に合った。


 土下座ポーズから、でじ子が上を向く。


 ドワーフか。


 御影は理解した。あどけない顔立ち、ずんぐりむっくりな体型、ポパイのような手足。髭を生やしてない所から女性だと分かった。


 しかし、解せない部分が御影にはあった。


 この世界では、初めてドワーフにあったが、異世界では、鍛冶のエキスパートで、ドワーフが集まれば作れないものは無いとまで言われていて、少なくてもこんな場所に、につかわしくないと思っていた。


 そんな思いを込めて、御影はちらりと今日子を見る。


 意図を察したのか、今日子はノートをめくる。


「理由は分からなかったが、襲われているようだから助けた。俺の名前は御影友道、あっちは白波今日子と言う。君の名前は」


「でじ子の名前はデジュでじ。でじ子と呼んでほしいでじ。あの三人組はいつも、暴言を吐いて買わない客だから困っていたでじ、助けてくれてありがとうでじ」


 でじ子はちょこんとお辞儀する。


「ありましたですます」

 でじ子には聞かせられないと判断し、御影に小声で囁き見せる。


 御影は目線をノートに数秒向け、大まかな理由を理解する。


「間に合って良かった。ここには掘り出し物を探しにきた。見てもいいか」


「木の作品しかないので恥ずかしいでじが、誰も来ないでじし、でじ子の作品ゆっくり見てほしいでじ」


 久しぶりに作品を見たいといわれ、でじ子はテンションが高くなり、顔を上気させながら、ちらちらと御影の顔色をうかがう。


 御影は商品を手に取り、一つ一つ真剣に見る。


 一つ一つが丁寧で、グリップもよく手に馴染み、店売り商品と何ら遜色がない。でじ子はもっと評価されるべき人だ。とすると。


 さっき見たノートの内容を頭に思い浮かべる。


 でじ子は運が悪かった。鍛冶の試験官は人族至上主義で採点に主観が入っていた。


 そして、御堂鈴奈に、でじ子の『オリジナル』よりワンランク上の商品を発表され浮上できなかった。


 本来ならSクラスにいる人物。しかし、ボタンのかけちがいで最下位クラスにいる人物。それがでじ子だ。


 御堂鈴奈か。


 御影と鈴奈が話したのは一度だけあった。合格発表の時の、最終試験合格者が集まる待合室で数分間。


 御影の印象として、知的好奇心旺盛で無邪気でどこにでもいるような普通の女の子。


 但し、只者ではないと御影は感じていた。


 何かに飛び抜けた人物は、得も言われぬ雰囲気がある。普通に話していても、不意の拍子でそれを感じる。御影も鈴奈にそれを感じた。


 舞先生や御影とは違うベクトルだが似たような雰囲気が。


 それに御影は驚いた。幼い年齢でここまで突出した人物がいるのかと。


 そして、今日子に『見せて』もらったノートでは、数々の逸話が書かれていた。


 曰く、一目見ればその構造がわかる、触れば、それよりもワンランク上の商品を作ることができる、人なつっこく、懐に入るのが早いが、一部からはこう言われている『笑顔の悪魔だ』と。


「良かったらオリジナル商品を見せてくれないか」


 確かに、一つ一つの商品は、その素材では高レベルだが、御影が求めているのとは違う。


 今日子から情報をもらったとき、『オリジナル』商品が気になっていた。


 しかし置かれているものの中にはそれがなかったため、御影はでじ子に問う。


「まだ開発段階でじから、失敗作でじ」


 でじ子の顔が陰る。鍛冶科で言われてきたことが頭をよぎる。せっかく久しぶりに興味を持ってくれた人をがっがりさせるんじゃないかと。


「俺はその作り手が見える商品が見たい」


 そう、置かれている商品は魂が籠もってない、いわば出来のいい二流品だ。


 だから御影は、失敗作でもいいから、デジ子が作った本気の商品を見たかった。


 でじ子は、奥にある箱から、一つの商品を取りだし、おそるおそる御影に渡す。


 刃渡り十五センチほどの鉄製の短剣。


 美しい紋様に刃に光沢があり、光り輝いているように見えた。見るからに斬れそうな短剣。


 高級店でも中々見かけないようなレベルの作品・・・・・・ただ一点を除いてはだが。


 驚いたな。


 御影がこの短剣の感想だ。


「凄い。よく頑張ったな。これはアルカナ文字か」


 短剣にはこの世界にはない文字が十文字ほど彫られており、所々間違えはあるが、それは確かに、異世界でドワーフの中でも一握りの鍛冶師しか使えないアルカナ文字だった。


 いろいろまわって、この世界では見ることはないと思っていたので御影は驚いた。


 この短剣がではなく、ここまで作ったデジ子の努力と諦めなず作った心に対してだ。


 教えられたり、少し変えたものならできる。しかし、一から違う技術を創造するとなると、途方もない時間と労力が必要だ。さらに、一人で作るとなると、その専門家でも生涯で一つあるかないか。


 新たに創造するという事は周りからなかなか認知されず、失敗の数々で、蔑まれ折れそうになったであろう。それでも諦めず、ここまで完成させ、凄い事を十台の人物が成し遂げたのだ。


 御影の眼には賞賛と尊敬の念が籠もっていた。


 デジ子の瞳からぽろぽろと涙がこぼれる。


 今までさんざん笑い物にされてきた。失敗作はゆうに千を越え、心も体もぼろぼろだった。こうやって、自分のオリジナル作品を認めてくれるなんて今までなかった。


「そんな事言われたの初めてでじ、嬉しいでじ。でも御堂玲奈が完成品を作ったでじ。悔しいけど

 勝てないでじ。それとこの文字知っているでじか」


 でじ子は恥ずかしさと、その完成品を作った御堂玲奈に対する悔しさと、なにか知っている御影への疑問を赤面しながらあわあわ、ショートした頭で感情の赴くままぶつける。


「それは違う。御堂玲奈の作品は残念ながら見たことはない、だから俺の経験から言うが、猿真似は所詮猿真似でしかない。一時期は少し上の作品を作れるのかもしれないが、つきつめていけば必ずでじ子の方が評価される」


 それは、御影が異世界で経験し、教えてもらった事。付け焼き刃で作った作品は必ず限界があり、オリジナルに勝てない。


 御影は虚空から槍を出現させ、でじ子に見せる。後ろから鋭い視線を浴び、情報が漏れるのを覚悟しながら、損しかないと分かっていながら御影は感情を優先させた。


「これが俺の愛槍、でじ子が作りたいと思う一つの到達点だ」


 おそるおそる、御影から槍を受け取り、でじ子は絶句し、御影達がいることも忘れ小一時間ほど熱心に槍を見つめていた。


 凄いでじ。


 でじ子だから分かる。この国で、この日本で、この槍はあり得ないと。


 太陽のように輝いて見える矛先、洗練された曲線、何層にも分かれている紋様。


 これだけでもこの槍は超一流の作品だとでじ子には分かったが、デジ子が注目したのは、小さく掘られている、三十二文字。まさしくでじ子がやりたかった理想を越えたものだった。


 でじ子が研究していく中で、文字が増える毎に難易度が上がると分かった。実は一~四文字のアルカナ文字の武器作成には成功していた。しかし、余りに効果が少なく、有用ではなかった。御堂玲奈は十文字の武器作成に成功し、小効果といえるものを作った。


 そして、理論上でじ子が限界だと思った文字数は三十文字。つまりそれを越えた作品。


「凄いものを見せてくれてありがとうでじ。でじ子には一生かかっても作れないでじ。デジ子は・・・・・・」


 諦めと踏ん切りがついたような顔。意図を勘違いしているでじ子に、御影は割り込む。


「勘違いしている。俺がこれを見せたのは、でじ子が頑張っているから、目標を見せただけだ」


 御影は屈み、でじ子の視線に合わせる。


「この文字はな、アルカナ文字といわれ、俺がいた所でも一握りの職人しか習得できなかったものだ。ここに来た理由を言うよ。でじ子、俺のクラブに入ってくれないか。この槍は俺ともう一人の職人との共同作品だ。だから、アルカナ文字の知識もどうすればいいのかも分かる。俺と一緒にこの槍以上の向こう側を見てみないか」


「・・・・・・こんな失敗続きのでじ子で・・・・・・いいんでじか?」


 唇がわなわな、声は震えていた。でじ子に師匠はいたが、この学校を入るのをきに卒業となった。師匠は最後までアルカナ文字を理解しようとしなかった。


 今、自分の作りたいものを自分以上に知っている人から誘われる。でじ子は信じられなかった。


「ああ、でじ子が必要だ」


 それはでじ子が一番言われたかった言葉。


「はい、でじ」


 でじ子は泣きながら満面の笑みでそれに答えた。

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