おしおき


 まさかここまでやるとは思わなかったの・・・・・・ようやく私にも運が向いてきたの。


 そんな事を考えながら、小悪魔的な笑みを浮かべフェリスは寮に向かっていて・・・・・・意識を失った。


「ここは、ダンジョンなの」


 気づいたら、冷たい石の感触と空間と景色。その全てが彼女の認識と合致していた。フェリスは現実を逃避したかったが、負の記憶がそれを拒み、直視させる。


 そんなはずはない・・・・・・とフェリスは意識を過去へとやり、御影と別れた後へと思い起こした。



 レータに釘をさした後、フェリスは戦闘科実技試験の見学場にきた。


 中は映画館みたいに横は二十席で一列縦は十列あり、一列ごとに段差があり、違う所は一席ごとに少し感覚があり、ゆったりとした卵型のリクライニングチェアで、周りを遮蔽する機能もある。


 前方に目線を向けると、巨大なガラス張りで、まるで至近距離でみているかのように、高性能魔法カメラが複数設置されており、そのおかげで下の実技試験会場がよく見え、試験が始まると、注目選手や、優秀な選手の所に、移動する。さらに各席毎に小型のライブテレビが設置されているので好きな場所をみることが可能だ。


 早速フェリスは端っこの空いてる目立たない席に座り、周りを遮断し、入場口に置いてあった、情報誌を見る。


 それは、今回受ける受験者達の紹介で、戦闘科に限らず、すべての科で、厚みは週刊誌並だ。


 各学科毎によってページの色が分かれており、有力者から順に前の方になり、ページ数も多い。


 フェリスは他のページを流し読みした後、戦闘科のページをじっくりと読む。



 今回は大物が多いの。


 フェイカー一族の最高傑作に踊姫、アクロバット三竦み、ほかにも優秀どころが多数なの。


 本来ならこのクラスの人物が中途試験で来ることは少ないのだが、今回は他の科も含めて優力者が多い。


 だが今回は分が悪かった。


 しかし残念なの、今回はあの癒杉舞教官なの。おそらく合格できるのは三人ぐらいなの。


 そして、戦闘科の一番最後のページを見て。


 本当に楽しみなの。


 被虐的に笑った。





 やっぱり思ったとおりなの、憎たらしいぐらい強いの。


 御影の能力を測るつもりでいたが、一次試験二次試験と底を見せず、三次試験も楽々突破。しかも最難関として有名な舞先生の試験でだ。


 人数も三人に減っている。


 試験に落ちたらさんざんこき下ろそうとフェリスは思っていたが、合格したら合格したで策はあった。


 そして・・・・・・ほどなくして、力の一端を二回みた。


 他の者には、スクリーンや、個別映像は突然途切れ真っ暗になり見れなかったが、契約者であるフェリスには見えた。


 そしてほくそ笑む。


 これはすごいの、想像以上なの。学期契約でいっぱい貸し出し、ぼろ雑巾のようにこき使ってやるの。


 情報を求めようと錯綜とする人々をバックに意気揚々と寮に帰る道で意識を失った。


「くっ、どこの誰か知らないけど最悪なの、分かったとき、めためたのぎたぎたにするの」


 帰還ゲートに入ればリタイアはできるが、それは3回目の失敗、すなわち退学を意味するので、絶対にできない。


 となれば選択肢は一つしかない。


「行くしかないの」


 苦々しげにフェリスは目の前の扉を開いた。




「でどうなんだ、お前のお嬢さんは。後がないんだぞ・・・・・・私にとっては大歓迎なんだがな」


「まぁ、お手並み拝見と行きましょうか」


 ここは保健室・・・・・・から入れる隠し部屋。


 そこには今回の黒幕二人がいた。御影と舞先生だ。


 二人が見ているのは五十型のモニター六台のうちの一つ。そこにはフェリスが移っていた。


「しかし、信じがたいことなんですけど、本当に二回も失敗したんですか」


 あそこにおくついでに、挑戦したが十分とかからずにクリアした。


 そもそもダンジョンと呼べるかどうか微妙である。


 チュートリアルと呼ばれるダンジョンは、三階層からなり、ブロック型と呼ばれる均一の部屋で、罠やモンスターがおり、四方に扉が設置してある。


 スタート部屋と階段を下った直後にある休憩部屋以外で、一階層は一部屋、二階層は六部屋、三階層は八部屋とボス部屋一部屋。


 モンスターはボス部屋だけで、しかもスライム一匹、罠も致死性はなく子供だましのようもので見つけやすい。


「一年一学期だし、いわゆるサービス学期だぞ。現にほかの生徒はクリアしているしな。一つ言えるのは、彼女が特別だということだぞ・・・・・・良い意味にでも悪い意味でも・・・・・・な」


~チュートリアルダンジョン・一階層~


 フェリスはゴクリと唾を飲み込む。


 一人で挑戦するのは二回目で、この部屋は罠は一個だけで、くらっても大したダメージではないとわかっている。


 しかしフェリスの足はなかなか前には進めない。


 後がない今、なかなか一歩がでない。


 悩んでも仕方ないの、いくの、そしてクリアしてこんな事したやつを撲殺するの。


 意を決してフェリスは前に進み、頭にたらいが直撃した。


 ぼこんという音とともに、フェリスは声にならない叫び声をあげ、頭を押さえうずくまる。


 原因は色の違う床はふんだからだ。


「この腕輪があるからいけないの。壊すの死ねなの死ねなの」


 腕に巻かれているハート型の腕輪を壁に叩きつける。


 だが、腕が痛くなるだけで傷一つつかない。


 幾度となく繰り返された光景でフェリスにもそれが分かっていたが、あたらずにいられなかった。


 荒くなった息を整え、いらいらだけが募ったフェリスは、大股で階段を下りた。


 二階層は少し難易度が上がり、床に設置されたある罠の他に扉にも罠が設置されている・・・・・・といっても、大した罠ではなく扉のドアノブの色が変わっていて分かりやすく、その扉は行き止まりの部屋につづく。


 フェリスはドアノブに手をかけると、ばちっと静電気がはしった。


「いたっなの、このくそなの」


 フェリスはドアを蹴り開けるが、行き止まりの部屋だった。


 「もぉーなの、ぶっ殺すの」


 この後も幾つもの罠に引っかかり、息も絶え絶え、体は所々打撲して腫れた状態で、やっと三階層にたどり着いた。


 三階層は、床と扉以外に糸による罠も設置されており、気づかず踏んだり引っ張ったりすると。


「うぎゃーなの」


 フェリスの顔と腹部に壁からペイント弾が発射され直撃した。


 すでに二発食らっており全身がマーブル模様だ。


「ぐぬぬっなの、でももう終わりなの」


 やっと最後の一部屋、ボス部屋の前にフェリスはたどり着いた。


 かつて裏切りにあい、失敗した場所。


 チュートリアルダンジョンは挑戦者が、気絶しない限り、失敗にはならない。


 本物のダンジョンでは死亡、重傷などは常日頃あるが、ここでは、気絶した時点で受付に連絡がくるようになっており、事務の誰かが救出に向かう手はずになっている。


 ちなみにボスのスライムは本物と違い、分解や酸弾はなく、体当たりのみの人工スライムだ。


 しかも当たったら痛いだけで、殺傷性もなく挑戦者が意識を失うと攻撃してこない。


 真ん中の核に刺激を与えればすぐに倒せる非常に弱いモンスターをさらに弱くした親切設計なので、ここに来るものなら負けることなどあり得ない。


 だが、今まさに死闘(笑)を繰り広げていた。


「このなの、このなの」


 ポカポカと殴るフェリスだが、スライムは微動だにせず、逆にスライムの体当たりに吹っ飛ばされ転倒する。


 初めての挑戦の時でもこの流れで結局失神してしまった。


 ゲームによくあるステータスやヒットポイントはないが、ボクシングや格闘技なんかではいいところに入れば失神する事はよくある話だ。


 現にフェリスは意識が朦朧としており、もはや絶体絶命の状況だった。


「私は負けられないの!!」


 残っている力を振り絞り、拳を力一杯握り最後の一撃を振りかぶる。


「うぁぁぁぁぁ」


 最後の言葉癖も忘れ、魂を震わせる位の叫び声とともにスライムを殴った。


「やったなの」


 スライムの消失と合格のアナウンスをバックにフェリスは意識を失った。


「お疲れさん、よく頑張ったな」


 そんな声が聞こえた気がした。



「全く持ってお人好しだぞ」


 スライムを倒した御影を見てやれやれといった感じだ。


「これでも一応雇い主ですからね」


 御影はそういって微苦笑でフェリスを抱き上げ、振り向く。


 フェリスが三階層に来た時点で、隠し部屋からチュートリアルダンジョンに転移した。


 舞先生には受付に協力者がいるらしく、フェリスもここから転移させた。


 舞先生に聞くと、誰でも使用できる転移ゲートは受付だけだが、それ以外の転移ゲートは、分かっているだけで数十個存在し、その内六個を確保しているらしく、ここもその一つだ。


 クリアすると、部屋の中に転移ゲートが現れ、三人はそこに移動した。


「とりあえずは一件落着だな」


 そんな言葉を呟きながら異世界から帰ってきたパラレルワールドのイレギュラーな男の、激動の一日は幕を閉じた。

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