美夜の死闘そして第四次試験の選択


 後何分。


 九体目は相性が良く何とか倒せた。


 しかし美夜の体はとうに限界を迎えており、終わったと同時にうつ伏せに倒れた。


 体を動かすのも億劫そうに、何とか体を横に向きぼやける視線で、残り時間をみる。


 後十分。


 定まらない頭で、今までのことを思い返した。




 父は迷宮探索者、母は踊り子。そこそこ裕福な家庭に私は生まれた。父は職業柄家を空けることが多く、母と一緒にいることが多かった。


 私は母が踊るのを見るのが好きだった。


 母が踊っているのは剣舞と言われる、剣を使った演舞で、見るものを魅了した。


 幼かった私は、横で見よう見まねで踊り、微笑ましい視線を浴びていた。


 あのときは楽しかった。今までで一番といえるぐらいに。


 それが変わったのは十年前。父が死んだ。父は探索者になって十年の『ベテラン』だった。父は二流学校の戦闘科を卒業し探索者となった。


 探索者を目指して学校に入り様々な事情で引退した者や死亡した率は学校在学時に三割、卒業して一年目で二割、二年目~六年目で三割、十年探索者をやっている人物は一割にも満たない。学校に入らないでも探索者にはなれるが、そのときの死亡率は初年度で八割に上る。


 父はかなり強かったらしい。そして仕事ぶりは堅実で、無理なダンジョンには手を出さない、石橋を叩いて渡るような人。


 しかし、情に厚く、少しお人好しなところがあった。今回は当時の私と同じぐらいの女の子を助けるために薬の材料を取りに無理なダンジョンに一人で入ったのが原因だ。その材料を気力で渡した後、すぐに亡くなったのはいかにも父らしい最後だった。


 それから一月後、親戚の家に預けられ、母が姿を消した。


 最後に何か重要なことをいっていた気がしたが、思い出せない。


 ここにきた理由は、強くなるためだ。強くなって有名になったら母親に会えるかもしれない。


 しかし試験官を見た時、今回の合格を諦めた。


 癒杉舞先生。一年前、今回みたいな『枠』が決められている中途試験ではなく、文字通り実力でクラス分けが決まる新入生入学試験。毎年全体で数千人以上受け、六百人担当した戦闘科の試験で合格者五名。前代未聞の大事件を引き起こした試験管が舞先生だ。


 今回第三次試験に残ったのは私も含めて三人。そして絶対に残るのは御影一人だけだと思った。私なんかお呼びもつかないほど隔絶した強さを持っていた。それが悔しくて、ついふてくされた、愚痴っぽい事をいって怒られた。


 確かにそうだ。やる前から諦めたらそれこそうけた意味がなくなる。


 そして御影は言ってくれた。この試験の攻略法と。




「よし、こうしよう。もしこの試験で全力を出したのなら、仲間になろう。そして鍛えてやる、リタイアしなければ一年間でこの学園でトップ三十位ぐらいになれるようにな」



 強くなるための道標を。今のままだと全力だと認めてもらえないだろう。


 剣を支えにして美夜は立ち上がる


「十回戦開始します」

 

 現れたのは奇しくも御影の初戦の相手サイクロプスだった。


 ランク二十五。ノンダンジョンレベル二十五のダンジョンボス。ダンジョンで出会ったなら逆立ちしても勝てない相手。今までの美夜ならそう思っていた。


 不思議と負ける気がしない、試験だからだろうか偽物だからだろうか、それとも覚悟が決まったからだろうか。今のこの思いを表現できる言葉を見つけられない。ただ一つ言えることは。


 腹を括った・・・・・・ということだ。


「テーア」


 無属性魔法でもっとも美夜が得意とする魔法。短時間敏捷が上がる。重ね掛けすると、効果は上がるがそのぶん体に負担がかかる。通常時でも美夜は二回が限界でどんなに好調なときでも四回以上やったことがない。


「テーア、テーア」


 怖いと美夜は思う。自分の体がどうなるか皆目見当がつかない。だけど。


「テーア・・・・・・」


 つかみ取るんだ私自身で・・・これからを。


「テーア!!!!!」


 空気の圧力に耐えきれず床が円状にクレーターの様に陥没する。


 一駆けだけでいい、もて私の体。


 ブチっていう音とともに美夜の姿が消え。


「あぁぁぁっぁぁぁ」


 美夜が吼える。痛みで気を失わないように。


 打算もこれからの事も何を考えず、ただ眼前の時を倒すために。


 反応できないサイクロプスの太股を残った足で踏み台にして。


「頭無花」


 弾丸の様にサイクロプスの頭を吹っ飛ばした。


 勝った・・・・・・。


 一つ壁を越えた気がして、美夜はふっと笑い、空中で気を失った。


「全く無茶するぜ」


 地面に激突する前に、いつの間にか居た御影が優しくキャッチする。


 しかし、その心意気が御影には心地良かった。


「防弾防魔の障壁がかけられていたんだがな」


 呆れた感じで、舞先生は後からきた。


「まっ緊急処置だって事で、勘弁してください・・・・・・それより」


 御影は美夜を優しく下ろし、診てもらうよう視線で合図する。


 本職だけあり、魔力を使ったスキャンと触診で、だいたいのことは分かり、眉を寄せ、やるせない表情になった。


「上半身は、裂傷部分があるが辛うじて大丈夫だぞ。両太股が筋肉の断裂を起こしている、それに

足首の骨折、半月版にひびが入っている。治療促進魔法を使っても、完治に半年、元通りになるのに一年といったところだ。残念だが合格させても留年か退学しか道はないぞ」


 こちらの魔法は生命力を活性化することにより直りを早くするぐらいしかない。


 どうするかか・・・・・・考えるまでもないな。


 御影は出来る事なら手の内を明かしたくなかった。この世界の基準がわからないし、強さを見せたら、何が起こるかわからない。


 しかし、ここまで見せられて何もしないほど落ちてはいない。


「すいません十分だけでいいですので、外の眼を遮断してくれませんか」


 舞先生は興味深げに目を細める。その様子はまるで補食動物を見ているようだ。


「できるかできないかで言えば、できるぞ・・・・・・ただしこちらにもリスクがある。ただでやってくれるとは思わないことだな」


 今日会った人物の言うことを聞き、素直に協力してくれるなど幻想にすぎない。何事にもギブアンドテイク、相手の特になることを提案しなければやってくれないのが普通だ。


 仕方ない・・・・・・か。


 派閥を聞いた段階で、この学校で秘密を守るには仲間をつくる以外に上位人物の協力が必要だと思っていたし、ちょうど良い機会だ。それに御影の勘だが、舞先生は信じられる人物だと思っている。御影の勘はよく当たり、それを御影は信じていた。


「奇跡を見せるってのわ駄目ですか」


「おもしろい」


 交渉が成立した瞬間だった。


「私だ・・・・・・今から、一切この部屋の情報を遮断しろ、むろんお前等もだ。責任は私がとるぞ」


 そう言って、舞先生は一方的に通信を切った。


『にょはぁー舞チャン強引すぎぃー』、『無茶難題は何時ものことですよ。諦めましょう』等の声が聞こえた気がした。


 そして十分後準備が整う。


「さあ私に見せて見るといいぞ・・・・・・奇跡という産物を」


 目を輝かせ舞先生は今か今かと待ち望む。


 御影がなにをするかはだいたい舞先生には予測がついていた。


 その上で思考が答えを弾き出す。あり得ないと。


 迷宮が現れて三百年、魔法が発見されて二百五十年、治療系活性化魔法が発表されて百年、軽傷なら治せるが重傷を短時間で治すのは不可能とされてきた。


 歴史の証人になれるかもな。


 御影は美夜の額に手を当てる。


「人の体は、水と魂とマナでできている。負の部分を取り除きあるべき正常な姿へ、『パーフェクト・リリース』」


 半透明な水色の膜が美夜を包み込み復元していく。


 その様子を舞先生は唖然と見ていた。


 いつも隙のない舞先生からは想像もできないほど、呆けていた。


 それほどまでにこれまで培っていた経験からいうと、あり得ない光景だった。


 すべてが終わり我に返った後、ある欲求が舞先生を強烈に支配する。こんな事は生まれて初めてだった。欲しい・・・・・・と。




 一方御影は上手くいってほっとしていた。何百何千回と使用してきた魔法だが、この世界で使ったのは初めだったからだ。


 やはり、この世界にはこんな魔法はなかったみたいだな。


 舞先生の反応を見れば、誰でも分かる。


 全く持って厄介だな。


 だけど御影は思う。交渉はしやすくなったと。


「賭をしませんか」






 五分後映ってきた映像には、ある一点を除いて何ら変わりはなかった。


「さて、第四次試験の説明にうつるぞ。最もユズリアみたいに棄権してもいいがな」


 分かりきった問いかけに御影は視線だけで答える。


「愚問だったみたいだな。第四次試験は実地、つまるところダンジョン走破だ。ダンジョンの事についてはどこまで知ってる?」


「そこに浪漫があるからじゃ駄目ですかね」


「素晴らしい、零点の回答だぞ。全く、テストにもでたはずなんだがな。仕方ない、手短に説明すると、ダンジョンは大きく分けて六つの分類と一~百の難易度で分けられる。


 そして六つの分類は、


 ノンダンジョン

 〇一般的なダンジョンで罠、モンスターは平均的で癖がないぶん、もっともクリアしやすいダンジョンだが、それは人数が揃っているなパーティーの話で、ソロや尖った構成をしているパーティーは最も不利なダンジョンとされている。



 闘ダンジョン

 〇一階につき一つしか部屋はなく、罠の類も一切ないが、出てくるモンスターはノンダンジョンでは10階層ごとに出てくるボスモンスターで、強さもそのレベルより一・五倍ほど強いボスモンスターが出てくる。

そして、地下二階に行くと二十階層、地下三階にいくと三十階層のボスモンスターが出てくる。腕に自信があるものや罠解除要員がいないパーティーによく好まれるダンジョン。


 技ダンジョン

 〇ノンダンジョンに比べると、モンスターの強さは八割ほどで出現率は六割程度だが、罠が五倍ほど多く、解除難易度も三割り増しだ。解除科によく好まれるダンジョンで、逆に言えば、解除できるものを連れて行かない場合は自殺行為になる。



 知ダンジョン

 〇ノンダンジョンと比べるとモンスターの強さは同程度だが出現率は一割程度、罠も少ないが、各階層毎に謎が用意されており、クリアしないと次の階層に行けず、失敗すると極悪な罠が待っている。脳筋には敬遠されるダンジョンだ。御影には一番不利なダンジョンだぞ。



 心ダンジョン

 〇モンスター、肉体的罠は出現しないダンジョンだが、精神的トラップや、部屋には心の強さが試される部屋があり、乗り越えなければクリアできない。自我が崩壊したり、トラウマとなって引退するものが多いため、あまりお勧めできない。


 特殊ダンジョン

 〇唯一無二のダンジョンで世界に一個しかない固有のダンジョン。現在確認されている特殊ダンジョンは世界で十三。必ず一人以上はクリアできるが、必ず一人以上は死亡するダンジョンだ。



 と、以上の六つだ。その中からノンダンジョン、闘ダンジョン、技ダンジョン、知ダンジョン、心ダンジョンの中から好きなダンジョンを選んでいいぞ。そしてタイムリミットは入ってから一日後だ。難易度は一~三十の中からランダムで選ばれる。くれぐれも『ランダム』だから、運が悪くても文句は無しだぞ。


 ランダムと言われた時、胡散臭そうに、疑わしげにじと目で見ていた御影を、さも愉快そうに舞先生は腕を組み視線を逸らした。


 何も言っても無駄だと御影は第四次試験の事について考える事にした。と言っても大方絞られているのだが。


 異世界で御影は数えきれないほどダンジョンに潜ってきた。そして自分の苦手な部分も把握している。


 見透かされているようで癪だが、推理系はからっきしだし、罠解除は本職じゃない。ノンダンジョン、技ダンジョン、知ダンジョンはパスだな。となると心ダンジョンと闘ダンジョンだが、タイムリミットが一日と考えると、あのダンジョンしかないみたいだな。


「闘ダンジョンでお願いします」


 精神的強さにはかなり自信があり、あっちにはなかったタイプのダンジョンなので興味があったが、おそらく三十指定になるだろうし、その試練がどのぐらい時間がかかるかわからなかったため、今回は単純に力勝負の闘ダンジョンにすることにした。


「やはりな、そうくると思っていたぞ」


 舞先生は、管制室に指示を送り、数分後御影と舞先生を囲むように、下に魔法陣が浮かび上がる。


「クリアするとここに戻ってくるよう設定してある。私も行くが、協力は一切しないぞ。もっとも危なくなったと判断したら、その時点で失格になり助太刀するがな」


 そういいながらも、絶対に助太刀しないと雰囲気で語っており、御影も助けてもらおうなどと微塵も思っていない。


「転移準備完了しました。ダンジョン移送まで五秒前・・・・・・」


 時間になると三人はこの場から姿を消した。




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