学園編入第二次試験
「ふー、ようやく終わった。まぁ、肩慣らし程度にはなったか」
御影は未だ呆然としているユズリアの隣に座った。
「何とかクリアした。全く特別扱いも甚だしい」
「そう・・・・・・だね」
ユズリアは曖昧な笑顔で、それ以上言葉がでなかった。
最初に思ったのは驚きだ。御影を見てやるとは思っていた。二十周はもしかしたらいけるんじゃないかと。
蓋を開けてみれば常軌を逸していた。
第一次に合格した受験生も口をあんぐりしたまま御影を見ていた。いつまで経っても変わらないタイム。汗一つかかず眠たそうに一周目と変わらずに走っている。
これが異常でないと何でいえるのだろうか。
最後の方は百五十キロだ。この試験で地べたに這い蹲り動けなくなったもの、走れなくなりタイムで涙をのんだもの、突破したものも、汗だくでへとへとな状態だった。
さすが煉獄官だ。そう思っていた。
なのに・・・・・・。
彼・・・・・・御影はそれを楽々とクリアし、恐れられている癒杉先生に気に入られたみたいだ。それは嫉妬だとわかっている。しかしすぐに割り切れるほどユズリアは大人ではない。
「あなた知らない。私、高城美夜。あなたは」
「ん、俺の名前は御影友道だ。小さいのによくあんなけ走れたな」
突然ひょっこり現れた美夜の事をわかっていたのか、驚くことなく御影は普通に答えた。
「ちっこいは余計。私より走っているあなたにいわれても嫌み」
「まっ、俺は体力に自信があるからな・・・どうやらそろそろ第二次試験が始まるみたいだ」
御影の視線の向こうには道具を取りに行った舞先生の姿があった。
「そっ、次は負けない。貴方にもユズリアにも」
踵を返し美夜は舞先生のところに向かい。
「今度はなんか言われる前に俺たちも行こう」
「御影君、次は負けないよ」
「上等だ、次も負けない」
ユズリアは折り合いをつけ、御影と軽口をたたき合い、舞先生のところに向かった。
「よし、みんな集まっているようだな。面倒くさくなくていいぞ。第二次試験はこのボールを使う」
持ってきた段ボールの箱から、野球のボールぐらいの大きさをした、赤色と青色のボールを取り出す
「赤いボールは避けること、青いボールは捕まえる事、移動できる場所は中央にある×印の所から十メートル四方だ。これは一人一人行う。開始直後から透明の魔法壁ができ、ボールが不規則に飛び回る、といっても誘導型ではなく、直線型なので心配しなくていい。ボールは時間を追うごとに活動するボールは増える。合格条件はそうだな、青いボールを5つ捕まえる事にしようか。魔法も身体強化系なら使ってもいい」
そんなに難しい条件ではないのだろうか、一様に安堵の表情を浮かべる。
御影はそんなに簡単な試験なのかと、ユズリアを見るが、そんなはずはないと難しい表情をしていた。
「但し、一回でも赤いボールに当たれば試験終了だ。ボールの球速は最初から150キロ、時間が進むにつれて急速は増すぞ。最初に合格した順から始めよう。脱落者は三次試験始まる前に帰ってくれればいい」
一転して、絶望の海にたたき込まれた心境の表情になり、一人目は諦めの表情でスタート位置の×印に立ち、そこから少し離れた所で、ユズリアと御影は座った。
「なぁ、ユズリア、この試験ってそんなに難しいのか」
「そうだね。この試験自体はよくあるものだよ。合格条件も適切だね。でも失格条件と最初の急速が違いすぎるよ。同じ試験の平均は五回赤いボールに当たること最初の急速は八十キロなんだけどね。これはおそらく・・・・・・」
ユズリアは言葉を濁し、唇を噛みしめ食い入るように挑戦者を見つめる。
これ以上聞ける雰囲気ではなく御影も黙って、試験を見ることにした。
開始は、青三球、赤三球か。どうやら舞先生が頃合いを見計らって投げるみたいだな・・・・・・嫌な予感がする。
そんなことを考えているうちに合図が鳴った。
一発も当たってはいけない緊張。それが命取りだった。
「あっ」
一人目は、一球も青いボールをとることなく、開始早々リタイア。
二人目は一個、三人目は二個、四人目は三個と、全員がリタイアした。
避けるのに精一杯で青いボールを捕まえにいくにはいたらず、運良く、近くにきたボールを捕まえたといった印象だ。
舞先生は、一分ごとに赤と青のボールを同時に投げ、球速は正面上にデジタル表示され三十秒毎に十キロあがる。
二~四人目は友人同士だったらしく、立てなくなり失神している四人目を涙を流しながら両脇を抱えながら去っていったのが印象的だった。
相当な覚悟をもってきてんだな。
思えば一次試験に落ちたものも腕章組は特に真剣で、限界まで頑張っていた。
重いもんなんだな。
御影は腕章を握りしめた。
五人目は美夜の番だ。
「頑張れよ美夜」
大きな声で声援を送る御影を一瞥し、深呼吸し心を落ち着ける。
大丈夫、私ならやれる。ボールの軌道もどうすればいいのかもイメージできている。後はやるだけ。
×印の上に立ち舞先生を見る。
「始め!」
上から降り注ぐボールを避け、青いボールの現在位置を確認し、予測地点に移動する。
まずは一個。
美夜は一個捕まえ、赤いボールに注意しながら青いボールを見る。
今っ。
青いボールを捕まえ反転して赤いボールを避ける。
次も低く、股割りの体制で屈み、バク宙したり片手側転したりとアクロバテックな動きで赤いボールを避ける。
三個四個と捕まえ、残り一個になったとき、球速は三百キロに達し赤い球は十三個。
この試験落ちてもいいと思っていた・・・・・でも。
「負けたくない!」
御影にも、ユズリアにも、自分自身にも。
このままではとうからずボールに当たるだろう。
だから彼女は賭にでた。
後のことは知ったことではない。
全魔力を身体強化に使い、気も出せる限りに振り絞り飛び上がった。
「ほう、なかなかやるな」
舞先生が評価するほど、最後の速度は閃光の様に早く、着地もとれずに美夜は転がり、試験は終了した。
「五個で合格だ」
その声を聞き、小さく拳を握った。
もはや立ち上がるのも億劫だったが、気力と見栄とプライドで立ち、眼光鋭く御影とユズリアを見た。
御影は素直に驚いていた。
凄いな、あそこまで自分を追い込むことはなかなかできない。
御影の目から見て、美夜はこの試験を諦めたような感じに見えた。
だから、最後の全身全霊の一撃を見て、感嘆したのだ。
俺も頑張らないとな。
御影は気を引き締めた。
第一次試験の時は、余裕過ぎてだらけてしまったが、ある程度力を使おうと。
ユズリアの方も驚いていた・・・・・・御影とは違う意味でだが。
あの彼女がここまで追いつめられて、ようやく通った試験・・・・・・全力で挑まなければなりませんね。
美夜の後、合格したものがいないまま、ユズリアの出番となった。
ユズリアの表情は硬かった。
否が応でも考えてしまう、失敗のイメージ。
ユズリアには美夜の様な動きはできなければ、御影のようなスタミナもない。
思えばいつもそうだった。
家族の中でも一番弱く、ある事以外何をやっても適わない。
精一杯努力してきたつもりだ。家族の誰よりも遅くまで練習し、勉強だってしてきた。
それなのに、あざ笑うかのようにその上をいかれる。
ユズリアは三男二女の真ん中の次男で、長男と長女には追いつけず、三男と次女には簡単に追い抜かれた。
二つ目で呼ばれても、本来あの方と契約できるような実力もない。本当は家族のほかの誰かがなる予定だった。
しかし、『あの方』が取りなしてくれて掴んだ最初で最後のチャンスだった。
足が重いですね。
危ない思考だとは思っていても緊張で足が重くなる。
やる前から、ユズリアは呑まれていた。
このままでは一人目と同じ開始直後で終わってしまう。
そんなユズリアの事を御影は察し。
「ユズリア、今まで何のためににやってきたんだ。しゃっきっとしろ、しゃきっと」
叱咤激励する。
これで普通の状態に戻ってくれりばいいんだけどな。
じっとユズリアの顔を見て、大丈夫そうだと安堵する。
御影にとってユズリアは親切にしてくれたいい奴で、彼が不本意で終わるのは嫌だった。
その分、舞先生から睨まれてしまったのだが。
ユズリアはありがとうといった表情で御影の方を向いて頷き、×印の上に立つ。
今のユズリアに負のイメージは無い。
ただ上を見据え、目の前の試験に集中していた。
「始め」
あること以外一つだけ家族に負けない、誇れるものがある。
それは動体視力。
コマ送りの様に見えるボールを紙一重で避け、最短距離で青いボールを掴む。
ユズリアの作戦は短期勝負。
全力で一分以内にボールを三つ捕り、三分以内に五つ捕ることだった。
そして捕ったら無駄な動きはせず最小限の動きで避ける。
作戦は、四つ捕った段階までは成功しているかに見えた。
しかし、舞先生の試験はそんなに甘くはない。
怪しげな目で舞先生はユズリアを見ていた。
ふん、優等生的発想だな。面白味はないが確実的だ。だがな、おもしろくなるのはこれからだぞ。
「あー、一つ言い忘れたが四つ捕ったら、赤いボールが十個未満の場合は今あるボールと十倍に速度を二倍に増やすぞ。その後三十秒後青いボールは五個増やす」
やはり何かあるとは思っていましたが、思い通りにはならないものですね。
舞先生に告げられた言葉にも、ユズリアは冷静だった。
続々と増えるボールにも、集中力は切れず、避ける。
上体を反らし。前後左右に動く。派手さはないにしても、お手本の様だ。
さすがに、三百キロを超えた五十のボールを避けるのはきついですね。
避けても避けても襲いかかってくるボール。
最初はスローで見えていたボールも、今では倍速に見える。
一秒が凄まじく長く感じたがやがて終わりが見えてくる。
「ちっ、ユズリアは二次試験突破だ」
舞先生の悪態とともにユズリアの合格が告げられた。
ふらふらの状態ながら、感謝の意で御影を見る
「・・・・・・ありがとう。おかげで助かったよ」
「おめでとう。実力出せばいけるって信じてた」
二人はハイタッチを交わし、御影は×印の上に立つ。
さて、いきますか。
舞先生がなにを仕掛けてくるか分からない。それでもなお、クリアできる自信が御影にはあった。
だが、周りはそうは思ってなかった。
ユズリアや美夜、落ちていて見学している人達の共通の認識で厳しいと思っていた。
180センチでがっしりとした体格。こういう試験では不利にはたらくだろうと。
なんせ、一球も当たってはいけない試験だ。いくらスタミナがあっても、避けられないだろうと。
「始め」
しかし、それは開始と同時に覆された。
「・・・・・・うそ」
美夜の口からこぼれ落ちた言葉。
ユズリアも目を見開き、呆然としていた。
二人とも御影が厳しい感じだったら、声援を送るつもりだった。
開始直後青いボール三つが消え、御影の足元に転がっているのを見るまでは。
瞬きする間にと言っていいぐらい一瞬の出来事。
みているものを置き去りにして試験は続く中、唯一この結果をわかっていたものがいた・・・・・・舞先生だ。
おもしろい・・・・・・おもしろすぎる人物だな御影は。
第一次試験の時から注目していたが、これで舞先生は確信した。
彼はユズリアや美夜とは格が違う、凄腕のプロであると。
派閥や契約者の指示か、心境の変化か、それとも別の要因があるか、現段階では舞先生は分からない。
だが、湧き出てくる欲求を抑えきれない。
どこまでいけるか楽しみだぞ。
途中途中御影の文句を軽く受け流し、赤いボールだけを投げる。
良い気分になっている舞先生に水を差すものが現れた。
「これは試験と違う、拷問。早く青いボールを投げて下さい」
「そうです。いくら何でも、僕たちの試験と違いすぎるのではないのでしょうか」
ユズリアと、美夜だった。
二人とも、抗議しに舞先生のところにやってきた。
何故なら二十分ほど経過しているのにも関わらず、最初に投げた三つ以外青いボールが一個も入ってないのだ。
急速は既に三百キロを超えている。
二人は御影を通す気はないのだと思い、目を付けられるのを覚悟で説得しにきたのだ。
それがどれだけ的外れなのかを分からぬままに。
「ほう、お前等は御影を落とす気で青いボールを投げないと、そう思っているのだな」
温厚な空気で、話を分かってくれたのだと思い二人は頷く。
突如として凍てつく空気が二人に突き刺さる。
「勘違いも甚だしいな。全く持ってお坊ちゃま方は温すぎる。かわいそう? もうやめてあげて? もう十分頑張ったから? おまえ等の中にある小さな物差しで測ったつもりか。そういう人物は私が一番嫌いな人種だな・・・・・・反吐がでる。確かに今のままでもお前等はEクラスの実力はあるだろう。だがそれまでだ。今のお前等の意識では、十中八九Dクラス以上にはあがれないぞ。そして、ダンジョンで死ぬな。保険の先生である私がいうんだ間違いない。良かったな早めに気付いて。分かったのなら黙ってみてろ、何か道筋が見えるかもしれないぞ」
ゴミをみるような目で二人を一瞥した後、終わりとばかりに御影の方を見た。
さあ御影、おまえの実力私に見せて見ろ。
この会場には出入り口の他に扉が二つある。
一つは試験や訓練に使う用具室。もう一つは、学園関係者しか使えない管制室。
管制室には何個もモニターが設置しており、会場を隈無く見ることができる。さらにマイクで指示が送ることができ、今管制室には二人の女がいた。
「にふふ、舞ちゃん嬉そぉーだね憐ちゃん」
身長は150センチそこそこ、桃色の髪に髪型はツインテール、猫目でプックリとした頬にあいくるしい顔立ちは小動物を思わせる。
彼女は口元に手を当てにししと笑っている。
「そうですね、あんな表情を見るのは久方ぶりです苺。後ちゃんは余計です」
身長170センチ、青色の髪に髪型はボブカット、切れ長の瞳に均整のとれた顔立ちはどこか機械的に見える。
憐は表情こそ出さないものの、内心では少し驚いていた。
ここ数年舞先生があんな風に笑った事は見たことがなかったからだ。
と、同時に御影には同情していた。あの状態の舞先生は止まらないからだ。
ストッパー役として二人はここで指示を出してるが、どこまで効いているかどうか不明だ。
「にゃは、それにしても御影友道なんて聞いたことない名だねー」
「そうですね、先ほどから調べているのですが、該当者がありません」
舞先生の指示で、御影の事を調べているのだが、有力者や噂にもそんな名前は無く、二人も情報が無かったため、住民登録されている名前からしらみつぶしに探しているのだが今の所見つからなかった。
唯一の情報は・・・・・・契約した人物だ。
「契約者が問題ですね。フェリス・D・クリスティナ。良い噂は聞きませんし、厄介な人物です」
「にふー、この国では獣人の地位はひっくいからねー。それにDだし、小悪魔フェリスちゃんだからねー。新しい契約者を見つけたのにもびっくりだけど、あんな凄腕何処で見つけたんだろろねー」
「何にしても、この試験はこれで終わりにするよう指示を送りましょうか、これ以上は意味がないですからね」
憐は、終了の指示を舞先生に送った。
まぁこんなもんかな・・・・・・早くボール投げてくれないかな。
御影にとってこのぐらいの鍛錬は朝飯前だった。
赤いボールを避けるだけ。しかも誘導型ではなく直線。どんなに早くても避けられる自信と確信が御影にはあった。
異世界では、これより早いモンスターはごろごろいたし、数もこのボールより大勢と闘った事が何度もある。
最初の頃は今よりだいぶ弱かった。
皮膚は裂け、急所を何とかガードし、体中血だらけになりながら、何とか勝利をもぎ取ったのだ。
そういう意味で御影と舞先生は同じに思っていた。
ぬるすぎると。
だからだろうか、御影は舞先生が仕掛けた小さな罠に気づかなかった。
「ちっ」
避けたはずのボールが御影に向かってきた。
反射的に御影は親指を弾く。御影が最も得意としているものの基礎となる技を。
舞先生が口の端を吊り上げているのが見えた。
くそっ。
御影はなんだか負けた気がした。
そのすぐ後、五つの青いボールが投下され、すぐさま捕り、試験は終了した。
「やってくれな」
「さてさて何の事だかな。指弾見事だったぞ御影、これからの試験が楽しみだ。第二次試験合格者は三名。三十分休憩の後、第三次試験を始める。これが最後の休憩になるかもしれないからせいぜい心の整理をつけた方がいいぞ。次の試験は今までの比じゃないからな」
そう言って、舞先生は意味深な笑みを御影に向け管制室に向かった。
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