第15話 呪画士

 「つぅあ~~」


 特に意味のない言葉を発しながら伸びをする鬼神フェルサ。

 五日ぶりに伸ばした膝を擦っている。


 霧は嘘の様に晴れ、晴天が広がっている。

 井戸側が死骸で詰まってしまった為、横穴の奥へと進むと村の外、畑の井戸につながっていた。

 畑から見た村は完全にガレキ。その中央に小山が出来ている、何だろう。


 『蟻塚……』


 井戸から運びだされた大虫の死骸が、十メートル程の小山になっていた。

 五日間でどんだけ殺虫したよ。


 驚いたのは、村のガレキっぷりと較べて森が荒れていない事だった。

 精々嵐が過ぎた後、といった感じで五日間も大虫の大群が蹂躙したようには見えなかった。

 チキューにヤサシイのか?


 虫の死骸を漁りに、大犬や狼牛が姿を表す。


 「ごちそうさまなの」


 久しぶりのお肉美味しかったです。塩が無いとか贅沢言いません。

 フェルサは引きつった顔で「お、俺様は干し肉がまだありますんで」とか言って生肉を拒否った。


 まずは三人で井戸の掃除をする。もし村人が戻ってきてアレだったら俺ならキレちゃう自信あるわ。生活の中心に死骸てんこ盛りとか無いわ。


 死骸の小山を畑に移動させてから。

 鬼神の力を発揮して貰って、井戸の中から死骸をバンバン放り上げて貰う。

 上がったトスを俺が盾でカッキーンする。

 それを更にリンクスが尻尾で畑までカッキーンする。

 ヤベエ楽しい。


 『シールドバッシュ!』

 『テイルバッシュなの!』


 「師匠!俺様にもカッキーンさせて!」


 お前バット無いやん。


 バチィッ


 『痛ってえっ!』


 ソレはまた突然やって来た。左腕に電気が走る様な痛み。

 盾剣を抱える様にしゃがみ込む俺。駆け寄るリンクスとフェルサ。

 アノ時と同じ痛みだ。アップグレード来たか!


 「治るんですか……その病気……」


 「手なの……」


 ダウングレードだった。俺の左腕の盾剣は、普通の手になっていた。

 肘の辺りに「かさぶた」が残ってるだけだ。

 俺は「手」に戻った左腕をニギニギしてみる。感覚あるし……。

 いきなり盾剣になったかと思えば、やはりいきなり手に戻ったり。


 『伸びろ如意棒!』


 強く念じてみたが、手は手だった。

 制御不能とかどうなの?もし昨日とか井戸の中で戻ってたら、いきなり丸腰ですけど!

 人混みでいきなり盾剣なったら通り魔ですけど!その後、イロイロ恥ずかしいセリフも試してみたが、結局盾剣にする方法は解らなかった。



 「トラゴス?」


 森の中、リンクスが首を傾げて、フェルサを見上げる。

 フェルサの話しだと、この辺りは帝国領辺境だそうで、一番近い街が「トラゴス」だそうだ。

 何らかの方法で虫津波を事前に知って、避難したのだとすれば、トラゴスの可能性が高いと。


 因みに、たおんたおん村は……。

 ガレキになってた。それでも血の跡などは一つも無く、ここもやはり村を放棄したと思われた。

 大丈夫。ラティーもヤイヤもきっと生きてる。そんな気がして悲しくはならなかった。


 ここらで一番高そうな木に登って周囲を確認すると、東の彼方から西の彼方まで、幅ニキロ程、森が薄毛状態になっていた。森の中にうねる大河にも見える。

 ミュース村の方角は虫の通り道からハズてれいる。大丈夫だろう。フェルサの顔が綻んだ。


 リンクスが少女に変身して暫く行くと、街の外壁が見えてきた。

 高さ五メートル、長さうんと。街をぐるりと囲っているのか外壁の終わりは見えない。

 ニメートル程まで石積みでその上に丸太が幾重にも重ねてある。ログハウスみたいだな。


 街の門は入る人よりも、出て来る人でごった返していた。

 大きな荷車を押す人や大きな袋を背負う人も大勢いて、話し声が聞こえてくる。


 「次のカイショウは何年後だべかねぇ」


 「また村ば再建さねばまいねな~」


 「霧しかへでけだはんで、だも死なねふて済んだべな」


 「ンダンダ、イノジアッテノダネ」


 何かイントネーションが独特で、途中から何を言っているか分からない。

 たおんたおん村ではババ様達がこんな感じで話していた気がするが、ここまで独特じゃなかった。


 「そこの三人、入るならそっちに並べ。時間は掛かるぞ」


 門番に声を掛けられ小さい扉の方に並ぶ。


 『あ』


 『どうしたの?お兄ちゃん』


 俺ココ来たことあるわ。縛られて。

 たおんたおん村で不審者認定されて、トカゲに縛られて連行された街だった。

 あの時は、ヌケサクのおまけのついでに脱獄しちゃったが、俺って罪人?ヤバクね?


 「我は鬼神フェルサ。辺境周辺のカイショウの被害を調べて来た。役人に取り次いで頂ければ有り難し」


 フェルサが突然板剣を地面に突き立てて、名乗りを上げた。


 周りから「おお鬼神殿」とか、「カプロス村はどうなってましたか」等と質問が飛び始め、混乱し始める。


 「我が情報は役所に伝えておく。役所からの発表を待たれよ」


 『偉そうなの』


 『慣れてそうだから、任せてみよう』


 板剣を収め、門番に向き直るフェルサ。


 「では、よろしいか」


 「は!ご苦労様です」


 通った。

 俺とリンクスも「鬼神の連れ」と言うだけで、ノーチェックだ。

 セキュリティ甘々だな。こんなんで大丈夫か?いや、鬼神がそれだけ信用のある存在って事か。

 だが、そいつは鬼神だがフェルサだ。俺にもリンクスにもワンパンでやられて、嫁と一日中やりっぱのフェルサだ。鬼なのは下半身だけだ。……まさかエライ人なのか?


 街中に入ると、フェルサは迷いの無い足取りで進んだ。

 石造りのニ階建ての建物。周りも二階建てだが殆どが木造だからココが役所か。


 「師匠、先に報告済ませて来ますんで、その辺の店でも見てて下さい」


 フェルサはそう言うと、さっさと建物に入って行ってしまった。

 何となしに、店先らしい所を覗く。包丁から剣まで、鍋から盾まで色いろ並んでるな。道具屋みたいだ。おっとリンクス頼む。


 「ごめんくださいなの」


 「あいよ~、おや可愛いお嬢ちゃんだねぇ」


 奥から出てきたのは、いかにもッて感じの武器屋のオヤジ……では無く、女将だった。


 「お使いかい?」


 黒ずんで汚れの落ちなくなった手を、手ぬぐいで何度も擦りながら女将は店先に顔を出す。

 リンクスに手を見せてから、もう一度手ぬぐいの白い所で手を擦り、手ぬぐいが汚れないのを見せてからリンクスの頭を撫でようとする。


 が、するりとリンクスは避ける。女将が黒ずんだ自分の手をみてため息を付く。

 汚いから触られたくないのでは無い。スマン女将、こっちの事情だ。

 それでもニッコリとリンクスに微笑む女将。


 あー、良い人だな。

 茶色い髪の短いポニーテール、豊満な胸よりも更に芳醇なお腹周り。そして職人の手。

 肝っ玉母さんって感じだ。


 「リンクスなの、お兄ちゃんなの」


 「えらいわね~リンクスちゃん」


 「鱗かこう出来る?」


 「おや、アリゲートの鱗だね、拾ったのかい?……ってどんだけ出てくんのサ」


 バッグから出された鱗、その数二十。


 「盗んで来たんじゃ無いだろね?……ってお兄ちゃんのソレ、アリゲートのマントかい」


 ジト目の女将。


 「お天道様はちゃ~んと見てんだからね」


 アリゲートはそんなに大変な魔物認定なのか?お腹触るとぷにぷににて気持ちいいぞ。

 だが、これじゃ話しが進まんな……借りるか。


 「お手伝いしたらくれたの、鬼神のフェルサなの」


 「フェルサ?顎鬚の?あいつにアリゲート狩れるかね?こんなに」


 あれ?ちょっと微妙な反応返ってきたな。って言うか門での扱いが間違いでコッチが正解だと思う。……が、ここでの加工は諦めるか。


 「お兄ちゃん強いの、剣見るの」


 おお!リンクスGJ!ミュース村の道具屋もビビッてたからな。

 俺はさも当然の様な顔をして、鱗剣を取り出す。


 「鱗に柄になる芯があるなんて……あっと失礼、んで全部ナイフにして売るのかい?」


 職人っておんなじ反応すんだな。材料は安いが拵えはいい仕事してるとか言いながら、色んな角度から見たり触ったり、ちょっと爪に当てて切れ味確かめたりしてる。


 「金は前金、盗品だったらコレは没収って事で良かったら預かるよ」


 俺は、広げた鱗を十、ニ、八に分ける。


 「えっと、二本はナイフなの。八本はお金なの。それから……ちぇーんって何?」


 「あたしに聞くのかい、この十本で何作らせる気か知らないけど、金の代わりって言ったって八本は多すぎだよ。上等なアリゲートの鱗は高いんだよ?」


 どてっ


 店先で商談するリンクスの後ろを走ってく子供が転ぶ。

 子供は自分がつまずいた辺りを不思議そうに見ている。何も無い。


 「気をつけて歩くんだよ~馬車だって通るんだからね」


 「はーい、おばちゃんバイバイ」


 「お姉さんって呼びな!ばいば~い」


 店の中から転んだ子供に声を掛ける女将。こう言う口煩いけど優しいおばちゃん、見なくなったな。すぐモンスターなっちゃうからな最近のママは。


 「んで、一体なに作らせるつもりなんだい?」


 リンクスに言っても上手く伝わらないな、ん?伝えても言えない、か。

 ゴワゴワの紙が見える。刃物を包む用だろうか。


 「書いて良い?」


 「ああ、そうだね、その方がわかり易いね」



 「ひやぁあああああああああ!ひぃぃいいあああああっ」


 女将が悲鳴を上げる。

 尻もちを付いて、そのままスゴイ早さで後ずさって行く。周りにある鍋やら椀やらが、床に落ちて派手な音を立てる。

 どん、と壁にぶつかるまで下がると、上の棚が外れて、箱やら本やらが大量に落ちてくる。

 それすら意に介さず、奥の工房まで四つん這いで逃げる女将。


 『…………ど……どんだけ?』


 いやいやいやいやいや、あり得んだろ!簡単な図面走り書きしただけで、アレはオカシイ。


 『リンクス、コレ見てあの反応はオカシイよな』


 プイッ


 『……いや、リンクスこれなんだが』


 プイッ


 リンクスが俺の図面を真っ直ぐ見てくれない。

 絵心無いとかそんなレヴェルじゃ無いのか。本当に俺の絵は呪われているのか……グスン。

 店先で膝を抱えて放心する俺。店の奥で時々ビクンと震えながら、やはり放心している女将。


 「ごめんくださいなの~」


 リンクスが俺の頭を撫でながら、女将を優しく呼ぶ。

 数回の呼びかけの後、柱の影から顔だけ出す女将。


 「疑って悪かったよぉ、仕事はキッチリさせて貰うから、その物騒なモンしまっておくれよ」


 物騒……ポッケにしまった。


 「師匠お待たせ……って何で皆んなで泣きながら紙折ってんですか……」


 結局ペーパークラフトで見本作ってる所に、フェルサが役所の用を済ませて来る。


 「フェルサあんたとんでも無いの連れてるね」


 「うちの師匠ですからね」


 「し、師匠!?アンタ呪画士なるのかい!」


 「じゅ、呪画?」


 またジワリと涙が沸いてきた。たかが図面で、存在までも全否定された気分だ。


 『リンクスも折りたいの~~』


 『ダメ。人が注目してる中で物触ったら、流石にバレるだろ。』


 リンクスは折り紙したくて泣いている。

 下書きもせずにペーパークラフト作ってるから、ズレるし間違う。やり直そうと折った紙を広げると、女将が「ひっ」て、小さく悲鳴を上げて目に涙を貯める。

 紙に付いた折り跡で、SAN値削るとかどんな技だよ。


 そんなこんなで、涙無くして語れない見本は完成した。


 「面白いモン考えるね、こうはならないけど良いのかい?」


 「牧場なの」


 「牧場はもう少し帝都寄りに行かないと無いかな~」


 見本を見ながら鱗を並べ、コッチの方が……とか言いながら、職人の顔になって行く。


 「明日、いや明後日の昼においで。夜までに微調整出来る様にしとくからサ」


 女将はスイッチが入っちゃったのか、そう言って素材を抱えて工房に下がってしまった。


 さて、明後日の昼までに、ラティーを探せるかな。今日はもう暗くなるから明日だな。

 まず村からこの街に避難して来た人が居るかどうかの調査だ。


 ……俺だけ暇だな。


 さて、どうしたものか。と考えながら、道具屋の店先から出た所で。


 「ん?フェルサじゃねーか。ドサ回りはもういいのかぁ?」


 「カイショウで村が軒並み無くなったから、また職探しか?鬼神のくせに情けねえ」


 役場から出てきた二人組の男達。二人ともフェルサよりも更に縦横に大きい。

 ニメートルあるんじゃね?って巨体に兜を取ったフルプレート、板剣を背負っている。

 鬼神か?


 一方話しかけられたフェルサは、嫌そうな顔をしている。


 「腕がねえから声が掛からねえのを良いことに、暇三昧とは良い身分だなぁ」


 「鬼神の面汚しが。何でお前が剣に選ばれたか未だに判らんわ」


 周りに聞こえる様に嫌味を飛ばし、卑下た笑いをする二人の鬼神。

 この手のチンでピラーな方々とは、お近付きにならないようにずっとして来たが、スゲー気分悪い。フェルサも俯き加減で、その場を離れたそうだ。


 「あ?何見てんだぁこのチビ?」


 注目集めたいのか、見られたくないのかハッキリしろよ。ずっと見てたせいでチンとピラーに目を付けられた。

 周りの反応は「またアイツらか」って感じか。少なくとも尊敬を集めては居ないようだ。


 「ちょっとあんたら!喧嘩ならよそでやっとくれ。店先で鬼神なんぞに暴れられたら迷惑だよ!」


 不穏な空気に奥の工房から出てきた女将が、場をおさめにかかる。


 「けっ、わーったよ女将。良かったなフェルサ守って貰えてよ。鬼神のくせに守られてねーで守れってんだよ。根性ナシが」


 何でこんなにモヤモヤするんだろう。フェルサは確かに戦闘は下手だが、弱くは無いぞ。それに辺境では村人の命と生活を守って、尊敬されてたぞ。井戸だってフェルサがいなきゃヤバかったし。なによりコイツは根性がある。


 「何生意気にガン飛ばしてんだこのガキゃ!」


 チンの方が背負った板剣に手をやり、留め金を外す。


 ゴキン


 振り下ろされる前に懐に入り、板剣をもった肘に掌底を叩き込み、逆関節に折る。

 ワンパターンな上に遅い。フェルサの剣戟は音速超えたぞ。


 「なに!」


 ピラーが今頃、右腕を振りかぶって背負った板剣に手を伸ばす。

 受け身を取らせない為に、右側に転ぶ様に足払い。そしてサッカーキック。


 「おおおおぉぉ」


 周りから歓声未満、どよめき以上の声が上がる。


 「テメエ!チビ!鬼神にこんな事して只で済むと思うなよ!」


 「この街には傭兵として三十人からの鬼神がいるんだからな!」


 何なんだそのやられキャラ的セリフ回しは。何処までもチンでピラーな匂いが消えないな。

 これ以上痛めつけるのも気が引けるが、このままだとマズイ気もする。


 カサリ


 俺はポケットから紙を出してチンとピラーの眼前で広げる。


 「ひゃぇぇえええおおおお」

 「ぎょぇぇえええええええ」


 二人は叫び声を上げて、白目を向いて倒れた。


 周囲がざわめき「何を見せたんだ」「何があった」と騒がしくなった。

 遠くからピーピー笛の音が聞こえる。パターン的には警察とかだよな。


 「よーいドンなの」


 「ちょ!待っ!師匠おおおぉぉ」



 取り敢えずトンズラした。

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